第23話 勧誘-凶甲虫-

「まず申し上げておきますが、ティル・ナ・ノーグにおける平行世界への戦力の派遣という仕事は、基本的に職業安定所で行っております。その理由として、魔力マナを提供していただける契約者様の魔力マナ量に応じた者を派遣するからです。これはティル・ナ・ノーグ労働基準法にも定められていることです。それを個人的に行うことは法律違反となります。それは建国王の十信徒が末裔であるユースウェイン・シーウィンド様であれ、例外ではありません」


「……うむ」


「つまり、私どもが訴えればユースウェイン様はすぐにでも拘束される状況にある、ということをよくお考えください。勿論、通報などは致しません。私がユースウェイン様の状況を知っているからという理由もありますが、そういった法律をユースウェイン様がご存じないということも分かっていますので。ただ、一歩間違えれば衛兵に拘束されてもおかしくない事態であったということはご理解ください」


「うむ……その、すまなかった」


「反省していただけるのならば結構。それでは、具体的な話に移りますが」


 カエル顔の職員から丁寧ながらも説教を受け、ユースウェインは巨躯を限りなく小さくしながら反省する。

 ティル・ナ・ノーグにはきっちりとした法があり、それを守るのは国民の義務だ。それを怠ったユースウェインに非があるのは、誰がどう見ても明らかである。


「ユースウェイン様は、新たな戦力をお求め、とのことで間違いありませんね」


「ああ。出来れば、それなりの戦闘力を持つ、魔力マナが一万程度の者を百ほど揃えたい」


「承知いたしました。ひとまずオーダーは魔力マナ一万程度、戦闘職を百、という形でよろしいでしょうか。外見に指定はございますか?」


「あまり人型から乖離していない者を頼む」


「では、異形種は除きましょう。半人でもよろしいでしょうか」


「それは構わない。そうだな……レティシアやアーデルハイドくらいまでならば構わぬ」


「レティシア・ポロック様とアーデルハイド・クリムゾン様ですね。なるほど……期間としてはどのくらいの雇用が可能でしょうか」


「ひとまずは、長期だ。アリス様が国を支配下に置くまで付き合ってもらう」


「承知いたしました」


 カエル顔の職員が、ゲコゲコ言いながら手元のコンソールを操作する。

 このように細かい依頼ができるのであれば、最初からしておけば良かった。


「私どもの推薦でそのまま向かわせてもよろしいですか?」


「いや……一度話はしておきたい」


「承知いたしました。では、ユースウェイン様は別室にてお待ちください。適応している方がおりましたら、そちらの別室に案内させます。ユースウェイン様から確認して合格であれば、こちらの転移符を渡してください。その場で転移をしていただいて結構です。アリス様の近くに出るよう調整してありますので。初回の転移は必ず当施設に戻り、その際に受け渡しカウンターから自宅用の転移符を受け取るように話をしていただけると助かります。そして、不合格であれば列にもう一度並ぶようお願いします」


「分かった」


「こちらへの滞在八時間を迎えられたら、戻られますよね? その時点で百に達していなかった場合はどうされますか?」


「……それは、そのときにまた考えよう」


「承知いたしました。全てのカウンターでこちらの依頼を受け付けます」


 とんとん拍子に話は決まり、カエル顔の職員から案内された別室の、小さな椅子へと腰掛ける。

 既に二時間――残りは、六時間。

 カエル顔の職員がどれほど捌くことができるのかは分からないが、全てのカウンターで受け付けてくれるならば、かなりの人数が集まるのではないだろうか。

 そう、ひとまずユースウェインが大きく息を吐いて。


 そして、扉が叩かれた。


「し、失礼、します……」


「うむ、入ってくれ」


 それは、先ほど、にべもなく逃げられた『凶甲虫ソルジャービートル』の少女。

 そして少女もユースウェインに気付き、思わず後ずさりする。


「ひっ」


「すまぬ、怪しい者ではない。職員に言われて、この部屋に来るように言われただろう。職安に依頼を出しており、適応している者はこの部屋へ案内してくれるよう頼んでいるのだ」


「そ、そうなん、ですか……?」


「ああ。具体的な話をしよう。どの程度、職員から聞いている」


 まだ警戒心は残るが、どうやらこちらの話を聞いてくれる気にはなっているらしい。

 このように手順さえ踏めば、ちゃんと信用してくれるのだ。残念な騎士も、ようやくそれを理解できた。


「えっと……戦闘職を、百くらい募集しているところがある、って言われました。それ以外には特に」


「そうか。では、まず名乗ろう。俺はユースウェイン・シーウィンドという。かつての建国王の十信徒が一人、『華の将軍』が末裔だ」


「――っ!」


 ユースウェインの名乗りに、少女がたじろぐのが分かった。

 それも当然だろう。建国王の十信徒といえば、ティル・ナ・ノーグで知らない者はいない。誰もが、幼い頃の寝物語で彼らの偉大なる王への貢献を語られたはずだ。

 現在、末裔がどいつもこいつも残念であることは知られていないが、それでも敬愛されるべき存在なのだ。


「貴様の名は」


「は、はいっ、『凶甲虫ソルジャービートル』のルビー・ヘラクレスと申します!」


「必要な魔力マナはどれほどだ」


「え、えっと、職員さんからは、八千だと言われました」


「うむ、ちょうどいいな。我々は今、異世界におけるとある少女に仕えている。この少女は農奴の出自ではあるが、腐った権力が横行する世界を変えようと、王になる決意を持っている。そして、現在は小さな村を一つ占拠しているのみだが、これから国奪りに向かおうとしているのだ」


「は、はい……」


「ゆえに、戦力が必要だ。長い戦いになるとは思うが、その一助となって欲しい」


「え、ええと……」


 そこで少女、ルビーが少しだけ考えて、そして、小さく頷いた。

 人格としては、信用しても良さそうだ。悪辣な考えなど持っていないだろう。


「わ、私は、元々誰かのために戦いたいと思って、ここに来ました。戦うことくらいしか出来ない私ですけど……よろしくお願いします」


「良い。では、これを渡そう」


 カエル顔の職員に言われた通りに、転移符を渡す。

 あとは、これでアリスの近くに出るはずだ。ミナリアが近くに控えているだろうし、どうにかしてくれるだろう。


「こ、これは……?」


「転移符だ。念じれば、その転移符に従って世界の転移ができるようになる。ええと……初回の転移は、この職安から行われ、職安に戻ることになる。最初に戻ったときに、自宅用の転移符を受け渡しカウンターから受け取るようにしてくれ」


「わ、分かりました……」


 ルビーは転移符を受け取り、そして、念じる。

 念じ方は人それぞれだが、どのように念じても問題はない。だからこそ、ルビーの姿も一瞬でかき消えた。

 あとは、ミナリアに任せよう。


 そして、さらにコンコン、と扉を叩く音。


「あのー、失礼しまーす」


「入ってくれ」


 これを最低でも、あと九十九回やらなければならないのか。

 そう考えるだけでユースウェインはげんなりとしつつ、次の客へと対応した。

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ヴィーゼル皇国戦記~女帝は怪異と共に戦場を駆ける~ 筧千里 @cho-shinsi

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