第3話 帰還、これからの方針

 ひたすらに森を駆け、街道らしい場所に出たユースウェインとアリスは、その道の先にあばら家を見つけた。

 恐らく、長く使われていなかったのであろう小屋だ。扉はなく、壁もところどころひび割れており、屋根にも幾つか穴が開いている。決して住みたい環境ではないが、一晩だけ間借りをするならば良いだろう。


「主よ。今宵はここで過ごす」


「は、はい……お任せします」


「心配めされるな。夜の間、何者にも襲われぬよう配慮する。何者たりとて、我が主には近付けさせぬ」


「はい……」


 とはいえ、アリスの表情はやはり曇ったままだった。

 やはり色々と不安なのだろう。それもそうだ。つい先ほどまで、一回の村娘に過ぎなかったアリスに、このような行くあてもない旅は厳しいのも当然である。どうにかして安心してほしいものだが、そのような心情の機微にまでユースウェインは通じているわけではない。

 ここは、しっかりとアリスを守ることで信頼を得るのが一番だろう。


「では主よ、お休みくだされ」


「あ、あの……ユースウェインさん、は?」


「我が名に敬称は不要。ユースウェインとお呼びを。我が主よ」


「ええと……ユースウェイン、は……寝ないん、ですか?」


 そんなアリスの言葉に、ユースウェインは微かに笑む。だが巨躯の鎧が醸し出す無表情は、そんな小さな表情の動きなど表に出さない。


「我には、少々やることがある」


「やること……ですか?」


「準備を整え、陣営を強化する。安心めされよ。されど従僕たる我が身に対する慈悲深き言葉、やはり我が主には名君となるべき器があろうぞ」


「あ、あの、わたしそんな」


「では、主よ。我は少々席を外す。なるべくすぐに戻るが、代わりに結界の呪を張っておこう。我はあまり呪が得意ではないが、人間程度ならば通さぬ結界は作れよう」


 ユースウェインがそう言うと共に、あばら家全体が淡く光る。代わりに、ユースウェインの懐から出した一枚の札が燃え、そして消えていった。


「それは、一体……?」


「符だ。知り合いに、様々な呪の効果を秘めた符を作ることのできる者がいる。安くはないが、主の一夜の安全と比べれば大したことはない」


「そ、そんな大事なものを?」


「後生大事にとっておいたところで、何も変わりはせぬ。こういったものは、使いどころを間違わないことが必要なのだ」


 そして、ユースウェインは振り返り、アリスに向けて頭を下げる。右膝をつき、右拳を落とし、立てた左膝の上に左腕を添える――騎士としての忠義の所作。

 それは僅かな暇とはいえど、己の主から離れることとなるユースウェインの儀だ。


「主よ、御側を離れること、ご容赦を」


「え、あ、はい!」


「では、失礼を」


 言葉と共に、ユースウェインは別の符を取り出す。

 それは職業安定所で渡された、転移の呪が刻まれた符だ。これを使用することで、ティル・ナ・ノーグとこの世界を一瞬で渡ることができる。ユースウェインはそれを右手に、軽く念じて。


 一瞬、世界が揺らぐような感覚。

 それと共に現れたのは、先ほど見た気がするカエル顔の職員だった。


「……む」


「お帰りなさいませ、ユースウェイン・シーウィンド様」


「……何故、貴様が?」


「初回の転移は、当安定所に再び来ると言いましたが……覚えておられませんか? ひとまず現状、二時間二十五分の業務を行われておりますね。もう用意はしておりますので、受け渡しカウンターで自宅用の転移陣を受け取ってください。あと、帰還用の転移符がなくなりましたら、また当所に来ていただければお渡ししますので」


 てきぱきとした職員の言葉に、ユースウェインは頷く。

 そして、この場にいるならば丁度いい。聞きたいことがあった。


「職員」


「はい?」


「我が主……アリス様の魔力マナ総量は、如何ほどだ」


 ユースウェインは、『華の将軍』の血を引く存在であり、相当な魔力マナを消費する。それは先ほど、この職員から聞いたばかりのことだ。

 その総量次第では、ユースウェイン以外の者も召喚することができるだろう。もしもまだ余裕があるならば、ユースウェインと同じく『建国王の十信徒』の末裔である者も、召喚をすることができるかもしれない。

 ユースウェインの召喚に必要な魔力マナ量は、百万。職員も規格外の必要魔力だと言っていたし、相当高いのだろう。ならば、他の者でも召喚できるのではないか。


 だから、そう聞いたのだが。


「主殿……アリス様、ですね。魔力マナ総量ですが……」


「うむ」


「まず、説明させていただきます。ユースウェイン・シーウィンド様を一日現界させることに必要な魔力は、およそ百万です。私の扱ってきた案件に、五万を超える方はいません。そもそも、ユースウェイン・シーウィンド様を御すことができる、という時点で相当な規格外なのです」


「……それはもう聞いた。我が聞きたいのは」


「一般的な魔力マナの高い、と言われている召喚者が、凡そ五万です。それで消費の少ない方なら二名、基本的には一名を派遣いたします」


「だから早く言えと……」


 職員の迂遠な物言いにうんざりしながら、ユースウェインは催促する。

 カエル顔の職員は最後に一つ、ゲコ、と不満そうに鳴いてから、大きく溜息を吐いた。


「アリス様の魔力マナ総量は、一億です」


「……………………は?」


「一億です」


 ユースウェインが一人で百万。

 なんとその総量は、ユースウェインが百人。

 規格外というレベルを遥かに超える、異常な魔力マナ総量だ。


「……我以外も、召喚は可能なのか」


「可能です。恐らく、ユースウェイン・シーウィンド様と同じ条件だとしても、あと二十名は大丈夫でしょう。自然回復で二割回復すると考えれば、ですが」


「それは……あまりにも、異常だな」


 ユースウェインは、内心冷や汗を拭いながら。

 しかし、ユースウェインと同じく悶々としているはずの友人を思い出す。

 奴らには、随分と反対された。職安に行ったところで、戦いを出来る場なんてない。だから無駄な努力はやめておけ、と。

 奴らならばきっと、ユースウェインに。

 そしてアリスに。

 協力してくれるだろう。


 高揚する。誰も率いることのできない、最強の軍勢を率いるアリスに。

 そして、その先頭に立つ自分に。


「ふははははははは!! 待っておれアリス殿!! 我が主に、最強の軍勢を!!」


「ですから、早く受け渡しカウンターで受け取って帰ってくださいよ」


 カエル顔の職員が、溜息と共にそう呟いた。

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