4

公園の軒下に、一人の女が駆け込んで来た。


年齢は、恐らく自分より少し上、二十代後半ぐらいだろうか。


よく見ると、所々が水で濡れている。


傘は持っているようだから、私と同じく、梅雨の雨足に、傘の方が負けてしまったのだろう。


タオルで軽く、黒い髪を叩きながら、その人は私に声をかけた。


「雨、ですね」


直ぐに忘れてしまいそうな、取り立てて派手な顔立ちと印象ではない。


寧ろ、掴んでいったら消えてしまいそうな雰囲気で、そんな印象とは裏腹に、凛とした、透き通るような女の声だけが、やけに私の耳に残った。


「ああ、そうですね。かなりの雨だ」


私は、視線を目の前の紫陽花へと戻し、女に言葉を返す。


「…綺麗ですよね。ここの紫陽花」


まただ。


この女には似つかわしくない、良く通る声が、私の心に一つ、波を立てる。


「来たこと、あるんですか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る