第五章 変身

第1話 深緑の風

 竜巻が去って、あたりは山肌が剥き出しになっていた。

 そこに残されたのは、ステラとブランとシエルだけだ。


 オラコの言った通り、腕輪によってステラの力は何倍にも大きくなり、お陰で危機を脱することができた。


 しかしステラは、虚しさでいっぱいになった。


「わたしは愛と癒しのファントーム」

 そう呟いてみても、元気は出なかった。


「お父さん、、、死んじゃったの、、、?」


 ブランが、沼を見つめながら涙ぐんだ。


「シンさん、、、こんなことに巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」


 ステラもさざ波ひとつ立たない沼を見ながら、やるせなさでその場にへたり込んでいた。

 涙が後から後から溢れ出て、拭うこともせずに、ただ茫然と沼を見つめていた。


 ―せめてシンさんの愛をブランに届けたい。


 ステラは、シンの気持ちに思いを馳せた。

 薄れゆく意識の中で、最期に考えたのは、きっとブランのことだろう。

 無念さや哀しみの底に、ブランに対する大きな愛があったはずだ。


 ステラは、沼の中へと意識を潜り込ませた。

 そしてそこから、シンのブランに対する愛だけを掬い上げると、山を吹き渡る深緑の癒しの風に乗せた。

 そしてステラは、さっきと同じように天を仰ぐと、腕輪を光にかざした。


「天よ、シンさんの愛でブランを助けて!」


 すると腕輪は、さっきと同じように、虹色の光を放った。

 虹色の光は深緑の風に溶け、あたり一面をキラキラと輝きながら吹き渡ったのだった。


 ―なんて力強い風なんだろう。


 その風には、愛と癒しだけではなく、生きていく力を体中から呼び覚ます不思議な力があった。

 細胞のひとつひとつが、風によって、新しい命を吹き込まれていくようだ。


 深緑の風に吹かれながら、いつの間にかステラとブランの目からは、涙が消えていた。


 さっきまで、もう旅を続ける気力までも失っていたかのようなステラだったが、風の力で、体中にパワーがみなぎってくるのを感じていた。

 と同時に、ステラは途端にラルフのことが気になってきた。

 

 シエルもまた同じ気持ちだったのか、


「ステラ、ラルフを探さなきゃ。きっと生きているでちよ。絶対生きているに決まっているでち」


と言いながら羽をバタバタさせた。


「ボクも一緒に探してもいい?」


 少し元気を取り戻したブランが、ステラに言った。


 ステラは、何も言わず、ただ優しくブランを抱きしめたのだった。


 ステラは、ラルフが滑り落ちていった斜面を降りていった。

 斜面に積もっている落ち葉には、ところどころラルフのものと思われる血が付いている。


 ステラの目には、なんの反応もなく、まるで死んでいるかのように斜面を滑り落ちていくラルフの姿が焼き付いていた。


「ラルフ、、、」


 ―生きていて、お願い。


 先に飛び回って探しに行っていたシエルが、ステラに向かって、一直線に戻ってきた。


「こっちでち!早く、早く!」


 シエルの案内で、ステラは地面に横たわるラルフを見つけた。

 身体中が赤い血の色に染まり、ラルフは身動きひとつせずに、横たわっていた。


「ラルフ、、、」


 ステラの声が涙で震えた。

 しかしラルフからはなんの反応もない。


「ラルフお兄ちゃんっ」

 ブランもまた涙ぐんでいる。


 ステラは、ラルフのあまりの姿に言葉もなかった。

 

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