新しいノート

避野歌猫

始まりの色

 テンションが上がること、人それぞれあると思う。生きてるうちに人はテンションが上下する。辛い時は下がるし嬉しい時は上がる。

 今、ちょっと辛い。時期的なものじゃ無い。春だから別れがあるとかじゃあない。

 思うようにいかない。それだけ。よくあること。人間生きてれば思うようになんていかない。つらいことばかりだ。なんでこんななんだ、輝いてる人は世の中にごまんといるというのに、僕はそうなれない。

 曇天模様が続く空を見上げて早く太陽が出ないかと思う。きっとそれと一緒。

 早くこの心に晴れて欲しい。

 だからテンションを上げたい。気持ちを晴れやかにしてこの陰鬱な状態を抜け出したい。思うようにいかない現実から目を背けて、辛くても悲しくてもそれが気にならないように。


 だから新しいノートを買った。


 まっさらなノート。新品の、何も汚れのないノート。

 百均で購入した、ハードカバーのノート。

 かっこよくて、髪を捲る時の音が気持ちいいノート。

 それは自分の可能性を見ているようで、とても心地よい。

 これからどんなものを書き込んでいけるのだろう、その期待が胸のときめきを取り戻してくれる。ワクワクが、テンションを上げる。

 新しいノートを開いて、ペンを握る。

 なにを書こうと決めたわけでもない。ただひたすらに、思ったこと、感じたこと、安らぎ、好み、希望、不安、焦燥、恐怖、なんでも書く。

 書いて書いて書いて書いて、ページが埋まっていくのを見ると、自分が何かを成し遂げているかのような気分になれる。

 何者にもなれていない自分の不安を拭い去るように、書き殴っていく。

 でもふと思うのだ、ページを埋めることが一筋縄ではいかないと。

 最初はいつだって勢いがある。やってやるという気持ちでなんでも始める。気持ちはいつだってフレッシュで、いつまでも爽やかでいたい。

 先が見えるまでは、そう思えるのに。

 真っ白なページが続くのを見ると、途端に心が曇る。

 ああ、まただ。また曇った。

 まっさらなノートに記していくと、先の綺麗さが恐怖に変わってしまう。この先このノートに僕はなにを書けるのだろう。書き続けることができるのだろうか。

 このノートは何冊目だろう。

 定期的に買っては書き殴って、不安になって書かなくなる。

 また買って、綺麗さにウキウキして、書き殴る。

 いつだって自分はやり直せるんだ。まだ可能性はある。

 きっといつかきっといつかそれがいつまでも続く。

 なんでこんななんだろう。

 輝くってなんだ。

 なんでみんな輝いてるんだ。

 つらいよ。

 くるしいよ。

 だれか、たすけて

 

 よく聞く言葉がある。

「できるかできないかじゃない。やるかやらないかなんだ」

 そんなことはわかってる。だからノートを買うんじゃないか。だから新しいことを始めようとするんじゃないか。だから、いつまでも、このままなんじゃないか。

 

 いつか、僕はノートを使い切る日が来るのだろうか。

 綺麗なノートが、文字で埋まって、味が出たなと思う日が来るのだろうか。

 ページが埋まるたびに想像する。これは自分が歩いた道なんだと。

 積み上げることで、塵でもいつかや山になるんだ。


 自分に言い聞かせて、今日、僕は新しいノートに書き始めた。

 それはいつかのために。

 それは今までのために。

 それは自分のために。

 始まって、いつか消える僕のために。

 ここに記す。

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新しいノート 避野歌猫 @sadomaru-tyann

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