第40話

 僕の話は宣言通りあちらこちらへと脱線しながら、しょっちゅう詰まったり、言い淀んだりの繰り返しだった。それでも彼方さんは変わらない表情のまま頷き、耳を傾けてくれた。

 おかげで、なんとか伝えたいことの全てを言葉にすることができた。


「……だから、僕は彼方さんに感謝されるような人間じゃないんです。彼方さんを自分よりどこか弱い人間だと下に見てて、それで自分の心を守ってました。……言い訳にしかならないんですけど、今はそんなこと、全く思ってません。ただ純粋に、彼方さんに会って、こんなふうに話すことが僕にとって一番の支えになってるんです。脆いのは、最初から僕の方でした」


 話しながら、どんどん勝手に口が動いていくような気がしていた。もしかすると、僕はずっと前から誰かの前でこんなふうに自らの全てを吐き出したかったのかもしれない。

 エゴで、自己中心的な吐露にすぎなかったけれど、それでも彼方さんはちゃんと最後まで僕の話を聞いてくれた。膝の上で震える手を、彼女の綺麗な手が包んでくれていた。

 受け入れられている、という実感があった。


「話は、これだけです」


 どのくらいの時間話し続けたのだろう。使いすぎた脳が弱く痺れている感覚がしていて、乾ききった喉は既にほとんど枯れていた。


「うん、全部聞いた。遥の言葉、ちゃんと全部聞いたから」


 彼女に礼を言おうとした、そのときだった。

 僕の体を、白い両腕が抱えこみ、そのまま引き寄せられた。気づくと、顔のすぐ横に彼方さんの耳があった。心臓の鼓動の音が、二つに増えた。

 暖かい。現状を冷静に考えるよりも先に、そんなことを思う。いつか懐かしいと思った洗剤の香りが鼻腔をくすぐり、そのまま目頭の方まで届いた。

 じんわりと切なさが駆け上がってきて、喉が締め付けられるような苦しさに襲われた。

 窓の外から、風の音と、何かが地面にぶつかるような音が聞こえた。

 そして、僕は泣いていた。


「あ……え……?」


 頬を滑り落ちるそれらは為す術なく、僕を抱き寄せる彼方さんの服に染み込んでいく。


「天気予報見てなかったの? 今日ね、雨予報だったんだよ」


 耳元で彼方さんが囁く。その言葉が嘘か本当か、僕は知らない。どっちでもいい。

 むしろ雨のせいなら、どれだけ泣いてもいいんだ。次から次へと溢れ出てくる涙を、別に止めたいとも思わなかった。僕を抱く彼方さんの力が少し強くなった。

 いなくならないでください。

 今にも吐きだしてしまいそうな声を堪えながら、僕も彼方さんのことを抱きしめた。


「全部口にするのは、ものすごく怖かったよね。頑張ったね。最後までちゃんと話してくれて、本当にありがとう、遥」

「彼方さんが聞いてくれたからです。……全部、彼方さんだからです」


 どれだけ強く抱きしめているつもりでも、僕たちは一つになれない。違う体で、違う頭で生きていて、死ぬのも生きるのも、それぞれの決められた道を辿っていくことしかできない。

 分かりきっていることが、どうしようもないほど悔しかった。

 涙でぼやけた視界に、ふと窓の外が映る。

 こんなときに限って、雨はひどく優しく降っていた。

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