トリは鳥獣保護管理法の対象から外されました

みすたぁ・ゆー

トリは鳥獣保護管理法の対象から外されました

 20××年、日本では鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(通称:鳥獣保護管理法)が改正され、カクヨム界隈で悪逆非道の限りを尽くしていたトリはその保護の対象から外された。


 彼の悪逆非道な行為とは、傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰、誹謗中傷、炎上マーケティング、ステルスマーケティング、トレパク、出来レース、パワハラ、セクハラ、関ヶ原、食い逃げ、貧乏揺すり――など、例を挙げればキリがない。


 結果、トリは鳥獣保護管理法の対象外となっただけではなく、特定外来生物として積極的な防除が推進されることとなったのだった。


 さらに懸賞金として1羽あたり300リワードがかけられたことも、防除が盛んになった理由のひとつかもしれない。





 漆黒の闇に包まれた深夜、トリは這々の体で場末の酒場へと辿り着いた。


 彼はこの日も懸賞金目的や謎の正義感、遊び心などで命を狙う人間たちに追い回され、体内を流れる血液には疲労物質が溢れかえっている。日頃の運動不足や不規則な生活もそれに拍車をかけたのかもしれない。


 自業自得と言えばそれまでなのだが……。




 なお、この酒場があるのは某地下鉄路線の末端にある横穴の中で、まだ人間たちにその存在は知られていない。ゆえに追われる者にとっては比較的安全に過ごせる数少ない場所となっている。


 店内にいる客はドブネズミやハクビシン、ウシガエル、ワニガメなどいずれも鳥獣保護管理法の対象外生物や特定外来生物が中心。ただ、タヌキや野良猫などのいわゆる勝ち組の動物もわずかながら見られる。


 そして店内へ入ったトリはカウンター席に腰をかけ、店主であるアライグマの粗威あらいさんに声をかける。


「おい、店主。とりあえずビール」


「いらっしゃいませ。お客様は初めて見るお顔ですね」


「あ゛? どういう意味だ、そりゃ? テメェ、一見さんはお断りだって言いたいのか?」


「いえ、他意はありませんよ。そんなにイライラしないでください。ここは我々のようなにとって、数少ない憩いの場なんですから」


 粗威さんは冷蔵庫の中からキンキンに冷えてやがる瓶ビールとジョッキを取り出し、トリの前へ出した。そして瓶ビールの栓を抜いて、ジョッキへ注いでいく。


 弾ける炭酸の音が軽やかで、泡のキメも細かい。見るからに美味そうだ。


 トリはそのビールが満タンに注がれたジョッキを翼の先端で器用に持つと、グビッと一口。


 喉ごしは最高で、体の中に冷たさとアルコールが染み渡っていく。それとともにトリの怒りも少しだけ収まる。


「ぷはぁっ! やっぱりビールは最初の一口が最高だな。――店主よ、いきなり噛みついて悪かったな。ハンターどもから逃げるために、ずっと走り回っててヘトヘトで苛立ってたんだ。許せ」


「鳥なのに走って逃げてたんですか? 私ら地べたを這いつくばる種族と違って、お客様のような鳥類なら飛んで逃げればそこまで苦労もしないでしょうに」


「バカ野郎! 鳥だからって飛べるとは限らねぇだろ。ダチョウやエミュー、キウイなんかは飛べないんだぞ? ペンギンに至っては泳ぐしか能がない連中だぞ?」


「で、でもお客様には翼が……」


「この翼じゃ、充分な揚力が得られなくなっちまったんだよ。理由は体型を見れば分かるだろ」


「あ、あぁ……なるほどですね……」


 苦笑しながら呟く粗威さん。その視線の先にはミートボールのような体型のトリとその体に申し訳程度に付いた翼がある。


 これでは確かに反重力装置や舞空術、蒼いタヌキっぽいロボットがポケットから取り出す秘密のツールでもない限り空は飛べない。


「くそ、なんで俺様がこんな目に……。やっと小説の主人公になったと思ったら、このヒドイ扱いッ! 三年前には別の個体がヤバイ女子大生に釘バットでホームランされて、夕食のおかずになっちまったし、マジでやってられねぇよぉっ!」


 トリはグビッとビールを飲むと、ジョッキをカウンターの上へ勢いよく叩きつけた。すでに目は据わり、真っ赤な顔をしてブツブツと愚痴のようなものをこぼしている。


 さらに彼は懐から小さな紙切れを取り出し、それを粗威さんへと差し出す。


 そこには『https://kakuyomu.jp/works/1177354054889046142』と書いてあり、おそらくそのリンク先にトリの別の個体が受けた酷い仕打ちが書かれているのだろう。


 粗威さんは静かにその紙切れを受け取ると、同意するようにしみじみと頷く。


「お客様、ご苦労なさってるんですね……。で、オツマミは何に致しましょうか?」


「そうだな、今日は焼き鳥にするか。特にレバーは疲労回復に良いらしいからな」


「や、焼き鳥でございますかっ!? あの……それでは共食いになってしまうのでは……っ?」


 狼狽える粗威さんを尻目に、トリは即座にキレてカウンターを蹴飛ばす。


「トリが焼き鳥を食べて何が悪いッ? マグロだってイワシやアジなんかの小型の魚を食うだろ! スズメバチだってミツバチを襲うだろうが! それに例え同族だったとしても、共食いなんて自然界では当たり前のようにあることなんだよ!」


「そ、そう言われてみればそうですね……。では、焼き鳥をお持ちします……」


 粗威さんはすごすごと奥へ引っ込むと、焼き鳥の準備を始めた。


 一方、トリはカウンターの上に置いてあった塩を当面のオツマミアテにして、ビールをグビグビと飲んでいく。





 それから十数分後、粗威さんは焼き鳥の盛り合わせが載った大皿を持ってきて、それをトリに差し出す。


「お待たせしました。焼き鳥です」


「おう、待ちかねたぜ。やっぱ鳥を食べるなら焼き鳥が一番だよな! ――って、ちょっと待て! 貴様、この俺を犯罪者にするつもりか!」


 出された焼き鳥を見るなり、トリは激怒した。頭からマグマが吹き出し、粗威さんを呪い殺す勢いで睨み付けている。


 だが、その怒りに全く心当たりのない粗威さんはポカンとしながら首を傾げる。


「へっ? どういう意味です?」


「この焼き鳥だよ! これはツグミだ! 禁鳥だと知らなかったとは言わせねぇぞ!」


 禁鳥とは鳥獣保護管理法で保護されている鳥類のことで、狩猟鳥として指定されている野鳥以外のものを指す。狩猟鳥としてはマガモやキジなどがこれに当たる。ツグミは狩猟鳥ではないので、当然ながら禁鳥となる。


 ちなみにニワトリやアヒルなどの家禽かきんは野鳥ではないので、鳥獣保護管理法の対象外となっている。





 さて、トリの言葉を聞いてようやく事態を理解した粗威さんは、鼻で笑いながら素っ気なく応対する。


「ツグミが禁鳥だってことは存じてますが、それが何か? 私たちは人間じゃないんですから、人間の法律なんて関係ないですよ。ツグミだろうがクジラだろうがトキだろうが、なんでも自由に食べていいんです」


「……あ、なるほどな。確かにそうだ。悪かっ――うっ! 体が痺れ……て……」


 突然、トリは手足や唇を震えさせながらカウンターの上に突っ伏してしまった。持っていたジョッキは床に落ち、けたたましい音ともに砕け散る。


 一見すると急性アルコール中毒のようにも思えるが、分解酵素を多量に持つ酒豪のトリが瓶ビール1本で倒れるというのは不自然だ。


 そんなトリを粗威さんは冷めた瞳で見下ろしている。


「やっと薬が効いてきたみたいですね。お客様が見ていない時、ビールに痺れ薬を混ぜておいたんですよ」


「ど、どうして……そんな……こと……を……」


「お客様を食材にするために決まってるじゃないですか。そのツグミのように……ね……ふふふ」


 その言葉を聞くと、トリは瞬時に酔いが冷めて真っ青になった。だが、抵抗しようにもすでに体の自由は奪われている。



 もはや手遅れ。まな板の鯉ならぬカウンターのトリだ。



 もちろん、粗威さんはアライグマであって人間ではないので、どんな動物だろうが狩猟しても何ら問題はない。人間の法律は適用されないからだ。


 そして粗威さんは隠し持っていたナタを取り出すと、怪しく微笑みながらヨダレを飲み込む。


「やっぱりトリを食べるなら焼き鳥が一番ですよね。お客様と意見が一致して安心しました。お望み通り、焼き鳥に加工させていただきますっ♪」


「ぴぎゃああああああああぁ~っ!」



 その夜、酒場にはトリの断末魔の叫びが響いた。



〈了〉

 

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