神さまのコイビト 3

「ふごっ」






 しばらくおれを見ていたユキオが、くるりと背を向けてのしのしと歩いて行った。






『胡散臭い。余計なお世話だ』






 遠ざかる大きな背中から聞こえてきた声に、おれは笑った。











 それからもユキオの嘆きが消えることはなかった。



 むしろ強く大きく聞こえるようになった。



 何故かって、それは。






 もしかしたらという可能性を、知ってしまったから。



 毛むくじゃらのイエティではなく、一見人間に見える人型に。






『兄さんみたいに、俺も………?』






 なりたいという思いと、そんなことできないっていう思いとの葛藤まで聞こえる。






 美しい母親や美しいセツへの憧れ。



 同時に何故自分はイエティなんだという嫉妬。



 イエティである父親への尊敬。



 同時に自分がイエティであることが受け入れられない自責。






 相反する感情が渦巻いている。家族への愛と感謝も確かにあるのに、あるからこそ、己を嘆く。






 おれには見える。ユキオ、おれにはそういうのも全部、全部見えるから。






 だから、お前は美しいんだ。






 早く諦めろ。



 諦めておれを呼べ。



 お前がおれを呼ぶのは分かってる。もうそうなるんだ。抗えない。



 神であるおれがそう言えば、全てはそうなるんだ。だから諦めて、呼べ。






『アイツ………本当に神さまなのかな』






 脳内にうつる大きな身体を小さく丸める姿が、愛しかった。










 ユキオはなかなか強情だった。



 なかなかおれを呼ばなかった。



 痺れを切らしたのはおれの方で、おれはまたユキオの元に行った。



 ユキオは驚かなかった。






 急に現れたおれを、毛むくじゃらの奥の黄金色の目でじっと見ていた。






 目の前に居るのは毛むくじゃらのイエティなのに。



 やっぱり。



 やっぱりお前は、誰よりも美しい。






「教えてやる」

『………何を?』

「この世界の全ては美しい。もちろんお前もだ。例外はない。お前が忌み嫌うその姿も、お前が抱くマイナスの感情も、全てがこの世界に光と彩りを齎す貴いものだ。お前の存在そのものが、存在するだけで美しく光り輝いている。お前が自分自身をどう思っていようと」

『………胡散臭ぇ』

「神の言葉をその一言で終わらせるお前は最高だ」

『………やっぱりただのバカだろ?』






 笑った。



 腹を抱えて笑った。



 仮にも神であるおれに向かって、胡散臭いとかバカって。





 笑って笑って笑って。






 おれは、ユキオに向かって手を差し出した。






「お前の願い、叶えてやる」

『………え?』






 そして。



 おれよりはるかにデカい毛むくじゃらのイエティを、抱き締めた。

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