第14話

 ひゅうううううううううう………

 

 

 

 

 

 冷たい風が頬を撫でる。

 

 

 

 

 

 やめろ。やめてくれ。誰かこれは夢だと言ってくれ。

 

 

 いや、セツが夢なのは嫌だけど。

 

 

 セツは現実でいい。忘れたくない。でもこれは。これは、これは嫌だあああああっ‼︎

 

 

 

 

 

 

「いいいいいやあああああだあああああっ………‼︎」

 

 

 

 

 

 落ちる。

 

 

 こわい。こわすぎる。

 

 

 だって。だって俺は。

 

 

 だって、だって、だって‼︎

 

 

 

 

 

 セツに抱えられて、空を。

 

 

 空を、飛んでる。

 

 

 

 

 

『私たち、風になってる‼︎』

 

 

 

 

 

 なんて、かの有名なアニメのワンシーンの再現のようだ。

 

 

 風になってる。ああ、確かになってるさ。俺は今上空で風になって飛んでるさ。

 

 

 

 

 

 だがしかし‼︎

 

 

 

 

 

「おおおおおちいいいいいるううううう」

「………倫、うるさいよ」

 

 

 

 

 

 

 うるさいって、うるさいって言われても。そんなこと言われてもだ‼︎生憎だが俺は高所恐怖症なんだよ‼︎

 

 

 落ちたら終わりのこの現状を、あのアニメの女の子たちのように楽しむなんて、できるわけないだろ、コンチキショー‼︎

 

 

 しかも俺は毛布でぐるぐる巻きにされていて、セツにしがみつくこともできない‼︎オーマイガッ‼︎

 

 

 

 

 

 これは時速で言うと何キロなんだ。風だから風速か?

 

 

 ってかもはやそんなことはどうでもいい‼︎

 

 

 とにかくこわい‼︎こわいっつったら。

 

 

 

 

 

 こわいんだああああああっ。

 

 

 

 

 

「死にたくねえええええっ」

「………だからうるさいよ」

 

 

 

 

 

 あまりの絶叫に呆れるセツをよそに、俺はただただ叫び続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここでいい?」

 

 

 

 

 

 そう言って着地したのは、リフトの頂上だった。

 

 

 まだ時間が早くて、リフトは動いていない。誰もいない。

 

 

 

 

 

「倫、立った?大丈夫?手を離すよ?」

 

 

 

 

 

 毛布でぐるぐる巻きの俺を雪の上に立たせてくれたセツが聞いてくれる。

 

 

 多分大丈夫って答えた俺の声は、叫びすぎてかれていた。

 

 

 

 

 

 はらはら、はらはら。

 

 

 

 

 

 セツの涙が大粒になる。

 

 

 

 

 

「………セツ」

「ごめんね、とまらないんだ」

 

 

 

 

 

 また来るから。

 

 

 またセツに。また会いに。

 

 

 

 

 

 抱き締めて言えたら、どんなにいいだろう。

 

 

 約束のキスができたら、どんなにいいだろう。

 

 

 

 

 

「………ごめん」

 

 

 

 

 

 助けてもらったのに、世話になったのに、ありがとうさえ………言えない。

 

 

 

 

 

「倫」

「………ん」

「忘れて、いいよ」

「………え?」

「僕のことは、忘れて」

「忘れねぇよ‼︎」

 

 

 

 

 

 泣きながら、セツは笑っていた。

 

 

 雪のようにキレイに、雪のように儚く。

 

 

 

 

 

 忘れない。忘れたくない。

 

 

 確かに惹かれ始めた気持ちが、ここにあるんだ。だから。

 

 

 

 

 

「僕はもう消える」

「は⁉︎消える⁉︎」

「ほら………。もう、消えてしまう」

 

 

 

 

 

 そう言って差し出した手が、本当に。

 

 

 透け始めて、いて。

 

 

 

 

 

「何で⁉︎何でだよ、ちょっと待てよ‼︎意味分かんねぇ‼︎どうしたらいい⁉︎どうしたらいいんだよ⁉︎セツ‼︎」

 

 

 

 

 

 セツが毛布を外してくれた。

 

 

 ガシャンって板とストックが落ちる。

 

 

 

 

 

 はらはら。はらはら。

 

 

 

 

 

 パニクる頭の片隅で、雪の中に佇むセツが、世界で一番キレイだと、思った。

 

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