後日談

 

 後世の歴史家から希代の悪女と称されるアンヌ・ジャルダン・ド・クロード・レヴァンティン女伯爵だが、気が向けば慈善活動をすることもある。


 その日も、ほどよく暖かい晴れだった。


 瀟洒しょうしゃなお屋敷にあるテラスで、穏やかな陽だまりと深々と澄み渡る清涼な空気に包まれて、アンヌは令嬢しぐさを極めていた。


 彼方にいる純朴な領民たちが畑作業にいそしむのを『ご苦労様』と内心でねぎらいつつ、馥郁ふくいくとただよう紅茶の香りにうっとりと微笑む。


「平和ね」


 見晴らしのいい丘の上に、手入れの行き届いた庭があった。


 約束の報酬がようやく手に入ったとの報を受け、持ち運びの出来る机と椅子とを設置して、最近できたばかりの友人と二人でささやかなティータイムにしゃれこんでいた。


 高級な白磁のお皿の上には、本日のメイン、名店キューティ&クロアージュのパティシエールが限定販売している“とろり濃厚チーズケーキ”。


「ね? 他じゃちょっと出せない味でしょ?」


 自慢げに、アンヌが新しい友達へにっこりと笑う。


「手に入れるの大変なだけあるわね」


 ケーキのひとかけを口にして、ランカことフランチェスカ侯爵令嬢は赤銅色の目を見張った。


「でも、本当に良かったの?」

「何が?」

「ケヴィンからせしめたお金も領地も、全く手を付けずにご祝儀として返しちゃって」


 ランカの無罪判決と名誉回復、ついでに実家からの勘当取り消しされた後に、アンヌはあっさりと契約書をケヴィンの前で焼き捨てた。


「ふふん」


 アンヌは、小馬鹿にしたような含み笑いを浮かべた。


「いいこと、お若いお嬢さん。わたくしこれから物凄く良いことを言うから、よく聞きなさい」

「何?」


 どうせくだらないことだろうな、と思いつつ。

 ランカは耳をそばだてた。


「愛情と友情は、お金じゃ買えないのよ」

「愛情は分かるけど、友情ってどこから出てきたの?」

「私と貴女」

「…………」

「今回の件で楽しいお友達が増えたわ。私はそれで満足。とても満足。一人で食べるケーキも美味しいけれど、友達と分かち合うケーキはものすごく美味しいのよ」


 てらいなく言う絶世の美女。

 まあ、確かに、ケーキは美味しい。お茶も美味しい。

 アンヌは変わった人だけれども、けっこう面白い。


 お茶会で一緒に過ごす時間は、天国のように平和でのどかだった。


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全員殺して解決する悪役令嬢が失恋を見届けた時の話 鶴屋 @tsuruya

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