第6話 真相 ~アンヌの調査結果~

 


 王宮にいるキーマン達を叩き起こしてヒアリングし、アンヌは夜が白む頃には事件の全貌のおおよそを把握していた。


 把握するにつれて、頭が痛くなった。


 あまりにあまりだったからだ。


 馬鹿の所業だ。

 ただの馬鹿ではない。

 世界チャンピオンクラスの、想定外の馬鹿の所業だ。


 過去の文献で何度も何度も危険性が警告されている禁呪を、復活させたどころか、たかが国内の政治闘争ごときに使うか普通!?


 何だよおい、「これならいけると思った」ってのたまってたんかい!?


 もっとあるでしょうが、相手の評判を落として破滅させる穏便な手段なんていくらでも。

 暗殺とか、美人局からの婚約破棄で信用を落とすとか、税のちょろまかしを調べてつつくとか、絶対に失敗する条件の任務をさせるとか、相手の部下に賄賂を送って抱き込むとかさあ。


 え?

 もうやった?

 やったけど全部だめだった?

 ケヴィンは有能すぎる上に部下の結束も固くて隙が無いからそういう手段とったら逆に仕掛けた方のダメージだけが残った?


 知らんがな。

 だったら諦めなさいよ。


 効果的な嫌がらせの手段を発見した(使えば国が滅ぶ)のに舞い上がって、後先考えずに(使えば国が滅ぶ)仕込みをして、途中でこれヤバいんじゃねって蒼白になって止めようとした(使えば国が滅ぶ)お抱えの魔術師を口封じして、いけるいける絶対いける後の事(使えば国が滅ぶ)は後になったら考えればいいってゴーサインを出したのだ。


(いっぺん死んだほうがいいんじゃないかしら?)


 頭痛と共にアンヌは嘆息した。


 もしも自分が直接巻き込まれていたのなら、首謀者全員を殺して回っていただろう。

 古い魔術書の警告文を無視し、あるいは都合よくつまみ食いして雑に解釈し、五つの国家を滅亡に追い込んだ禁呪を復活させたのだ。

 そして自分の為のくっだらない政争に使ったのだから。


 禁呪を使った馬鹿の名は、自信過剰かつ自意識過剰な第一王子ユーゴーだ。


 嫉妬深い男で、色を好み、女癖が悪いらしい。


 他人の醜聞が大好きで、誰かが傷ついたり死んだりする話を聞いて大喜びするねじくれた性格だという。

 そのくせ自分を敬えと要求し、些細な事で機嫌をそこね、暴言を吐き、暴力を振るう。

 そういう男だから、誰かから真摯に愛されたこともないし、愛したこともない。

 実母である王妃から甘やかされた結果らしいが、度を過ぎた溺愛は虐待と変わらない。ユーゴーは、他人を気遣うのに必要な想像力も共感力も育まれてこなかった。


 腹違いの弟ケヴィンを『身分の低い女の娘』と嫌い、そのくせ彼が有能な上に周りから信頼され人気が高いことを妬み、何かと嫌がらせを続けてきた。


 ところがケヴィンがその嫌がらせのことごとくを鮮やかな手段で撃退していったものだから、うっぷんが積もり積もって今回の暴走に繋がったのだとか。


 その愛人である侯爵令嬢のカサブランカも度し難い馬鹿だった。


 そう、ランカのことだ。彼女もまた頭パープリンの馬鹿だ。

 自分を振ってレティシアを選んだケヴィンを逆恨みし、報復のために第一王子の暴走の片棒を担いでいるのだから。


 調べれば調べるほどに、ランカが振られるのも当然だと呆れた。


 何しろ第一王子に色目を使って深い仲になり、あれこれ貢がせて美味しい汁を吸いながら、第三王子のケヴィンに対して「本当に好きなのは貴方なの」とのたまっている。二股だ。どうやら他にも男性にコナをかけていいように使っているらしい。


 ケヴィンもお人よしという意味でかなりの馬鹿だ。そんなランカのことを信じ切っていて、自分の為に動いてくれていると本気で信じている。


 この国の要人も馬鹿ばかりだ。


 財務大臣のオーゴールが典型だが、事なかれ主義の日和見主義でヤバい事態を放置している。比較的に平和な時期が続いてきたことの弊害だろう。


 ともあれ。


 比喩や誇張ではなく、このままでは国が滅ぶ。

 人間の世界すらも滅びかねない。

 そんな事態であるのにもかかわらず、王宮にいる連中は王位継承権を持つ者同士の政治闘争だとしか捉えていない。

 事態を正確にとらえ、まっとうな危機感を有しているのはハメられたケヴィンとレティシアくらいなものだろう。

 他の連中は論外だ。楽観的過ぎて話にならない。

 最悪でも、ケヴィンがレティシアと共に死ねば魔物が際限もなく現れてくる騒動は収まると思っている。禁呪の性質からすれば、そんなことはあり得ないのに。


 どうにかして秘匿されている解呪の条件を満たすか、解呪条件を無視して力業で無理やり呪いを無効化するか、日が経つごとに数を増やす魔物によって国が蹂躙されるか。三つに一つだ。


 残念なことに、解呪条件を無視して力業で無効化する難易度は非常に高い。


 なにしろこの禁呪、厳密に言えば召喚呪文ではない。

 通常空間に穴をあけ、魔界とこの世との間に通路を築く魔法なのだ。


 それを力業でふさぐとなれば、単に結界をかけるだけの能力者(それだけでもかなりの高度な技術なのだが)では力不足だ。ぶっちゃけ役に立たない。


 次元を修復できるレベルの能力者が要る。


 恐らく第一王子の一派は、呪いをかけるのはそこらにいる魔術師でもできるから、呪いを解除するのも簡単にできると勘違いしたのだろう。


 繰り返すが、彼らが使ったのはかつて五つの国を滅ぼした禁呪なのだ。


 放置して国を滅ぼすのは論外なので、最も簡単なのは安全装置として設定されているはずの解呪方法を調べあげて実行することなのだが――


(頭が痛いわ……)


 こともあろうに馬鹿王子、解呪の条件を設定した魔術師を殺してしまったらしい。口封じのために。

 というわけで、正攻法で呪いを解く手段を誰も知らない。

 当の王子だが、『レティシアへかけた呪いだからレティシアが死んだら解けるんだろ』との誤解を信じて疑っていない。


 どうしたものか。


 禁呪を使って国が滅ぶのは因果応報にしても、この国には彼女がお気に入りのパティスリーがたくさんいる。彼らには何の罪もない。

 世界中に魔物が溢れかえれば物流も農業もダメージを受けるし、ひいてはアフタヌーンティーのおやつのグレードが下がるのはとても困る。


 解決せねばなるまい。それも、死人をなるべく出さない方法でだ。


「少々、わたくしの手にも余りますわね……」


 いつもとちょっと違う口調で、アンヌは呟いた。

 危機感を抱いた時の彼女の癖で、事態がヤバければヤバいほどに貴婦人・アンヌのお嬢様度が上がるのだ。平たく言うと外っつらが物凄く丁寧になる。


 単体で国家が持てる総戦力を上回るアンヌだが、何でもできるわけではない。

 彼女の能力はアタッカー寄りだ。


 壊すのも殺すのもついでに言えば脅すのも得意だし皆殺しは大得意だが、その逆の行為つまり治したり造ったりは苦手である。ついでに言えば料理もおおざっぱだし、お菓子作りだって憧れるけど自分の手では満足いくものが作れない。


 不器用なのである。


 だからもちろん、次元の間にある亀裂を修復し、塞ぐという芸当も彼女にできはしない。

 できることと言えば、専門家の伝手を持っていることくらいだ。


 アンヌはこの件を解決できそうな人材を知っていたし、その人材との親交もあった。


「あの子、まだ存命でいらっしゃると良いのですけれども」


 アンヌが脳裏に浮かべたその相手は、生きているのなら八十過ぎになる。

 前に会ったのは十年も昔になるか。


 伝説の人物だ。

 自称伝説級という胡散臭い代物ではない。本当に真正の伝説の人物なのである。


 幾人もの吟遊詩人が詩の主人公として謳いあげ、幾百もの冒険譚の源流となった女。



 大聖女ティアージ。



 魔王討伐を成し遂げた勇者パーティの一員にして要。

 高貴なる光にて魔界の闇を振り払った者。

 教会の最高顧問。

 法王をしのぐ崇拝を集めた権威の象徴。

 次元すらも癒す、神聖魔術の深淵の極み。


 とても優秀な生徒(・・・・・・・・)だった。


 どのくらい優秀かというと、アンヌの『聖女向けブートキャンプ上級編』を合格した上、その次の『最上級編』のカリキュラム全十講座のうち、二個もクリアできたのだ。

 三個目で発狂しかけたのでドクターストップをかけたが、人類の中ではまず間違いなく五本の指に入る実力者だった。

 あれほど張り合いのある生徒は、勇者を含めて数えられるほどだ。


 今は老いているため実力での番付は落ちるが、次元修復の特殊呪文を使えるのは彼女を置いて他にはいない。


 ティアージは十年前、法王のおわすサン・マニュエル大聖堂の敷地内にある修道院にいたので、今もそのままだろう。


「八十過ぎのご老体を駆り出すことになるなんて、気がすすまないけれども」


 背に腹は代えられない。


 もしも彼女が老衰その他の理由でくたばっていたのなら、それこそ最終手段だ。

 レティシアには悪いが、呪いの中心たる彼女を宇宙空間に放り出して永久に星の間を彷徨っていただくことになる。

 本当に申し訳ないと思うし、それは最後の最後、ギリギリまで使わない手段だ。


「まったく……」


 腹立たしい。


 前もそうだったが、どうして王子や国王はウルトラ級の馬鹿が定期的に現れてくるのか。

 第一王子のユーゴーには、後できっちりと落とし前を付けさせねばなるまい。


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