串打ち三年、焼き一生

高村 樹

串打ち三年、焼き一生

串打ち三年、焼き一生.


串打ち三年はわかる。


やっぱり、串に刺す鶏肉が均一に焼けるように刺す技術は必要だ。

きっちり具が揃っていると美しい。

とりも喜んでる。

りっぱな役割だ。


しかし、焼き一生はどうだろう。


焼き台に一生はやっぱりさ。

きついよね。

とくに夏場はさ。

りんしたいけんしちゃうよね。


「俺は人間をやめるぞ、徐庶ォオ」


徐庶は外国人バイトで打ち方二年目。

故郷にいる家族に仕送りを続けるナイスガイだ。

向こうの発音では違うが、三国志ではお馴染みの人物と漢字が同じだったので、他のバイトも親しみを持って「ジョショ」と呼んでいる。


「武乱堂サン、何言ッテルネ」


徐庶の奴はまだ焼き台の辛さを知らない。

この七月下旬の過酷な暑さを。


WRRRRRYYYYYYAAAAAAA


俺はTシャツを引き裂き、胸筋を誇示する。

これほど露出してもちっとも涼しくない。


その時だった。

徐庶は顔の皮膚を爪で引き裂いた。

傷口の下から現れたのは金属だった。

そして次々、顔の表皮をはぎ取っていき、金属質な骸骨の様な顔が現れる。


「おい、何してるんだ」


なんてことだ。

人間をやめていたのは徐庶の方だった。

ロボットなのかサイボーグかわからないが、言葉が少しカタコトだったのは、機械だったからなのか。


「二年間、アナタヲ観察サセテモライマシタ」


どけとばかりに徐庶が焼き台に立つ。


見事な手腕だった。

うちの店はこだわりの炭火なので焼き加減の難しさは『焼き鳥器』の比ではない。

短時間で材料の内部まで火が通るため、焦がさないように表面をカリッと仕上げるのは長年の経験が必要なのだ。

奴は自らが串打ちした焼き鳥を絶妙なタイミングでひっくり返していく。

この串打ちもよく考えれば見事だった。

焼き鳥において串打ちは非常に重要だ。

このやり方を間違えたり、未熟だったりすると、串がクルクルと回ってなかなかうまく焼けなかったり、具が崩れたりしてしまう。


「熱感知センサー、サーマルカメラ、コレニヨリ焼き加減ヲ完全ニ把握シテイマス」


徐庶は無駄のない動きで次々と焼き鳥を焼いていく。

認めよう。正直、俺のよりうまく焼けている。


「コノ国ノ焼キ鳥ノ技術ヲ会得シ、本国ニ、持チ帰ルノガ、私ノ使命デス。タレモ、成分分析調査済ミデス」


何ということだ。先代から引き継いだこの店の味をそんなに簡単に奪われるわけにはいかない。


「確かに、技術は身についているようだな。だが、なぜ焼き一生といわれているか、わかるか。そんな少量を丁寧に焼けば、ある程度の奴ならできるだろう。しかし、一生焼き続ける忍耐。耐久力。それをテストもせずに会得したなどと豪語できるのか」


嘘だ。そんなの俺にも無理だ。

現に今、弱音を吐いたばかりじゃないか。


「ワカリマシタ。証明シテミセマショウ」


機械、意外と騙されやすい。

かつて徐庶を名乗っていた機械は、自分の力を誇示するかのように次々と焼き鳥を焼いてはトレイの上に盛り上げていく。


俺は奴のペースに負けないように次々と冷蔵庫の中の焼き鳥をさばき、串打ちしていく。冷凍庫の中の鳥を解凍しておくことも忘れない


そうして戦いは三日三晩続いた。

シャッターも締め、店は開店休業状態だ。

時折、シャッターを叩く音と誰かの文句が聞こえたが、今は店の味を守ることが先だ。


もう焼き鳥を置く場所すらない。

ミネラルウォーターで水分補給しながら、そんなことを考えているとついに奴の身体から煙が立ち込めだした。


「オカシイ。体内ノ、ハイネツ処理ハ、カンペキダッタハズ」


そう、お前の耐久力は凄まじかった。

正直、人間を越えていたよ。


だから、俺は上げたのさ。エアコンの温度を。


武乱堂は、エアコンを冷房から暖房に変えていたのだ。

その気温設定は三十度。

さらに客席側に置いておいた冬用のストーブまでつける念の入れようだ。

焼き台の温度を加えると室内温度は、計り知れない。

俺が熱中症になるか、お前が壊れるかの勝負だったのだ。


「ナゼダ、ナゼダ、ナゼダ、ナゼダ、ナゼ、ダ、ナゼ」


奴は壊れたレコーダーのように疑問を口にし、やがて沈黙した。


テクノロジーに根性が勝った瞬間だ。


人間が長年かけて研鑽し、継承してきた技をAIなんぞに盗まれてたまるか。


武乱堂は椅子に腰を下ろし、満足げに一息つくと大変なことに気づいた。



この大量に作ってしまった焼き鳥はどうすればいいんだよお。











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