【KAC20226】YAKITORI HEIWA の飯テロで戦争放棄ウェーイ!

和響

平和への祈り

 これは、モスクワを拠点に、ロシア国内に焼き鳥店をフランチャイズ展開する若き日本人男性二人が、これから行うであろう飯テロを記録したものである。


――――――


 二〇二二年四月一日。我々『 YAKITORI HEIWA GROUP 』は、ロシア国内で大規模な飯テロを行うことにする。それに伴い、各フランチャイズ店は、モスクワ本店から支給された材料と串で、これから指示を出す調理を行い、各店舗及び露店販売所にて、通達が届いた日より、精力的に販売することとする。なお、この飯テロは秘密裏に行うため、口外禁止である。口外した者はロシア政府によって拘束される恐れがあるため、己の身は己で守ること。  


以上


二〇二二年三月十六日 

YAKITORI HEIWA GROUP

CEO 平 和男たいらかずお  COO 界 優世かい ゆうせい


――――――


「カズ、こんなんでどう? 」


「おお、なかなかいいんじゃね? 」


「じゃ、これあとはロシア語版作って一緒に添付でいいよね?」


ゆうちんはそういうと、さくっとロシア語にさっきの文書を変換して、それを各店舗宛に印刷し始めた。ゆうちんは俺よりも三個も年上だけど、俺を最高経営責任者のCEOにして、自分はその下で実務を執行する最高執行責任者COOとして活躍してくれている。俺の心強い仕事のパートナーだ。


ゆうちんと初めて出会ったのは、俺がまだ二十歳くらいの頃。五年ほど前のことだ。沖縄にある外資系リゾートグループ『 PEACE WOLD 』で働いていた俺はゆうちんと多分運命的に出会った。世界中に約八十ヶ所のリゾートを運営するその会社は、日本はもちろん海外でも就業できる可能性があると謳っているだけのことはあって、様々な国籍のクルーが働いていた。


俺は調理師として、ゆうちんはバーテンダーとして最初は就職したが、そこのリゾートは様々な職種をローテーションするシステムのため、ある日、たまたま一緒にステージイベント担当になったのが、仲良くなるきっかけだった気がする。


そのリゾートは、プールサイドにある常設ステージで、毎晩ファイヤーダンスなどをしていて、それも俺たち世界中から集められたクルーの仕事だった。


「ね、君さ、どこの出身? 調理師なんだよね?」


「あ、はい。俺は神奈川っす」


「お! 俺はね、埼玉」


「近いっすね」


「本当だね、ここ日本ってことで日本人も多いけど、本当いろんな国の人がいるよね」


「そっすね。俺もうちょい英語できるようになったら、海外のリゾート志望したいんすよね。いろんな国に行ってみたいつーか、で、ここに就職したんすけど。英語ってマジ難しいですよね」


「まじで? 俺も! この会社、外資系だけど、結構しっかりしてるよね。住むところはあるし、週二回の休日はリゾート内でお客さんと同じようにバカンスしていいし。結構最高かなって思ってるんだよね」


「ですよね、まじ俺もそう思います。冬はイマイチっすけどね」


「だね。あ、今更だけど、俺優世ゆうせい界 優世かい ゆうせい、よろしくね!」


「あ、俺、 平 和男たいらかずお、カズでいいです」


「てか、カズはいくつなの?」


「俺っすか? 二十歳っす」


「俺は二十三」


「先輩じゃないっすか! 三つも!」


「でもここでは同じタイミングで働き出したし、タメ語でいいよ。ここ、年齢も国籍もバラバラだし、そういうのなくてよくね?」


「マジっすか、じゃ、ゆうちんで!」


「いいねぇ! そのノリ好きだわ」


確か、そんなノリで出会って、もう五年か……。


「カズ、じゃこれ後俺やっとくわ。こんなもんメールで出したら、政府機関に見つかるかもしれないし、スタッフだって誰が何を考えてるかわかんないしね」


俺が懐かしいリゾートでの思い出に一瞬意識が持ってかれていると、ゆうちんはそう言いながらオフィスの隅にあるプリンターから既に印刷されている紙を取りに椅子から立ち上がった。深夜三時。誰もいないCEO室で、青白い光がパソコンから漏れる。今本社ビルにいるのは、俺とゆうちんだけだ。


ロシア国内の情勢がおかしくなり始めたのは、昨年末のことだった。最初は、なんとなくSNSが不穏な空気感を出し始めた。ロシアはウクライナを狙ってるんじゃないか、と言う憶測のような情報まで出回り始めた。でも、その時は、そんなことはないだろうと誰もが思っていた。そんなことを言うのは、極端に陰謀論などを唱える輩だろうと、俺も思っていた。でも、事態はどんどん動いていった。


日本にいる友人のTwitterには、ロシアがウクライナに攻め込もうとしているんじゃないか、冬季オリンピックが終わったら何か始めようとしているなどのニュースや、そんな内容のリツイートが増えていく。だが、ロシア国内では、そんな報道はなく、普通の日常がすぎていった。俺にとっての災難はそんなデマ情報ではなく、コロナのせいで全店舗の売り上げが減ったことだった。


でも、その俺がデマかもしれないと思ったそれは、俺の知らないところで、やはり真実として進行していて、ロシアの大統領がこの数カ月もの間、ウクライナを攻撃して侵攻するつもりはないとテレビで繰り返していたにも関わらず、二月二十一日に停戦協定を破棄して、ついには二十四日。ロシアは陸海空からウクライナ侵攻を一斉に開始した。俺はマジでありえない、と思った。


俺とゆうちんが出会った沖縄のリゾートの支配人は、ゾリヤナと言う名前で、ウクライナ人だった。異例の出世で、女性で支配人になった美しい人だった。そして、愛が溢れるような優しい人だった。


ロシアとウクライナにルーツを持つその支配人は年齢としては三十代後半くらいだが、頭も良くて、努力家だった。日本語の難しい言葉なんて、俺よりも上手に話せるくらいだった。そして、とても魅力的な美人で日本にはなかなかいないようなスタイルのいい女性だった。そんなゾリヤナは、俺たちにいろんなことを教えてくれた。休みの日には飛行機に乗って本土に出かけて行っては、


「カズ、京都ノ焼き鳥ハ、スゴク美味シカッタデス。スパイス、エットナンテイイマシタカ? 有名ナ、サ、サン……?」


「山椒っすか?」


「ソウ! ソレサンソウ!」


「山椒っすね。美味いっすよね、京都はそういう薬味のまじいいやつ売ってるんで」


「ソウソウ、清水寺ノトコデ、ナンテイッタカナ……?」


「あぁ、ありますね、でも俺知らないっす!」


「モウ、モット勉強シテ! ココデ使イタイノニ!」


「マジっすか、それはキッチンチーフに言わなきゃですね。俺からは無理なんで、ゾリヤナから言っといてくださいよ」


「デモ、彼ハ、インド人……。ワカルカナ?」


「多分無理っすね」


なんて会話を交わしながら、美人で気さくなゾリヤナと交流を深めて行ったっけ。そんなことをまた思い出していたら、ゆうちんが、プリントされた紙を持ってきて俺に言った。


「カズ、さすがにこれ全店舗俺一人じゃ無理だし、お前もやれよ」


確かに、いつもは全てを任せているけど、今はロシア人の事務員もいない。俺も作業をしなくてはと思った。なぜなら、ロシア国内のフランチャイズ店は三百を越しているからだ。俺たちがロシアで日本の焼き鳥屋をこんなにも手広く展開できたのも、ゾリヤナのおかげだった。


「カズ、ユウセイ、日本ノ食文化ハトテモ豊カデ素晴ラシイ! 私ノオジイサンガ、モスクワニイルカラ、紹介シテアゲル。モスクワデ、焼き鳥屋サンヲスルナンテドウ? 初期投資ハ出資シテアゲル。アナタタチナラ絶対デキルワ!」


ゾリヤナのその言葉に俺たちは若さもあってか背中を押され、勢いに乗ってモスクワで焼き鳥屋を始めた。それが、見事にはまって今に至る。今や、ロシア国内にフランチャイズ店が無数にある。だからこそ、だからこその飯テロなんだ。


「本当にやるんだな? カズ」


「本当にやるよ。ゆうちん。だって、俺たちの今があるのは、ゾリヤナがモスクワで焼き鳥屋をやったらいいって勧めてくれたからだ。でも、そのゾリヤナも、二年前に実家に戻って、今ウクライナのキエフの近くの街にいるはずなんだ。そのゾリヤナと、連絡がここ数日一切取れないんだよ。これは、もう今するしかないじゃないか」


「俺もそう思う。ロシアは政府によってプロバガンダされている。国営テレビを見る年代層の人はプーチンを支持しているし、支持して無い国民も、投獄を恐れて何も動けないでいる」


「だからだよ。だったら、みんなで一斉に捕まっちゃえばいいんだ。そのメッセージを、作戦決行日の四月一日までにばらまくんだ。飯テロとして!」


「だな。この焼き鳥の串には、食べた後しか読めない様に刻印で、NO WARって書いてあるもんな。食べた人しか読めない」


「そう。QRコードをのせたパラフィン紙がツクネの中にも仕込んである。破格の値段で焼き鳥五本セットで販売すれば、経済制裁を受けているロシア国民の多くはきっとこれを買うだろう。いや、破格と言わずとも、無料でもいい。それをロシア国内で配りまくるんだ!」


「まさに飯テロ。本当はそう意味じゃ無いかもだけど、ここはそれでいいよなカズ。ロシアの国民全員が捕まったら、国家として成り立たない。だからこそ一斉にやるんだ」


「そうだ。だからこそ一斉にだ。ゆうちん、これが俺たちのゾリヤナの、ゾリヤナのルーツに対する恩返しだよ」


そう言って、日本人の若き勇者はロシア国内にあるフランチャイズ店にこの機密文書とともに、無償で材料を提供したのであった。


***


こうして、ロシアのウクライナに対する侵攻は、ロシア国民の大多数が投獄されたことにより、ロシアという国が国家の意味をなさなくなってしまったことで、平和的に集結した。


そしてその真相は、この二人の『YAKITORI HEIWA』の飯テロだとは、一切誰も口外しなかったのであった。


世界が優しい光に包まれ、戦争のない世界になりますように、祈りを込めて。



―――黙祷。

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