火取り魔の一人飲み

水定ゆう

火取り魔、焼き鳥を食う。

 夜もふける頃、人々は家路いえじを急いで帰路きろにつく。

 昔は提灯ちょうちんの灯りだけが、心細い夜の静寂せいじゃくから身を守る唯一の手段だったものだが、今となってはネオンの灯りが、眩しく町の中を彩る始末だ。


 そんな時代、こんな田舎でもない町の一画で、私は人間を装って生きていた。

 私は火取焔ひとりほむら。人間としてはそう名乗り、非常勤の消防士をしている。

 しかし私は火を食わない。昔から、そんか変わり者の火取り魔としてこの地に生きて来たからこそ、人間の食事が身体に馴染なじんだ。


「今日はこの店にするか」


 そんな町の中をふらふら歩いていると、スッと足が路地の方に向かい、そこにあったのは赤い提灯ちょうちんが目印の、古めかしい雰囲気のある居酒屋だった。

 提灯には『焼き鳥』と書かれている。

 じゅるりと口元をよだれしたたる。


 ガラガラガラ

 私は横開きの引き戸を開けた。

 すると中には疲れ切った顔の会社員達が、ビールや焼酎しょうちゅうを片手に、楽しげに飲んでいた。

 店内にはもくもくと煙が立ち込め、その先には炭火で焼かれる鶏肉が、じっとりとあぶらをとろけさせる。


「いらっしゃい、お一人?」

「あぁ」

「カウンターでいいかい?」

「構わない」


 私はぽつんと端っこに空いていた、カウンター席に腰を下ろす。


「お客さん、何にします?」

「とりあえず生で」

「へいっ、生一丁ね」

「それから、あー、ねぎまと軟骨なんこつもらえる?」

「あいよ、ねぎまと軟骨ね」


 私は少し渋めなものを頼んだ。

 するとすぐに生ビールが届く。


 きっちり7:3で割られた生ビールは、ジョッキの中で踊っていた。

 白い泡は今にも溢れそうで、ジョッキはキンキンに冷やされているからから、しもが降りている。


「最高か」


 私はジョッキを持つと、一気に飲んだ。

 喉の端から端まで、入口から出口へ、冷え冷えのビールが流れ込む。

 旨い。比率もそうだが、雰囲気やその他の手間隙が感じられた。


「旨い」

「そりゃあよかった。はい、ねぎまと軟骨ね」

「ありがとうございます」


 私は自分の目の前にねぎまと軟骨の乗った、皿を置く。

 緑色でとろみのあるネギ。それから、炭のついた焼き鳥のマリアージュが素晴らしい。

 軟骨も脚のものだろうな。ぷりっぷりしていて旨そうだ。


「いただきます。うん、旨い」


 口の中を芳醇ほうじゅんな甘みがとろけだす。ネギの食感と鶏肉のハーモニーが、絡みつき口の中いっぱいを癒してくれた。

 それから軟骨。こっちもいい。コリコリとした食感がちょうどいい歯応えになって、音共に快感をもたらす。


「お客さん、いい食べっぷりだね」

「どうも」


 私はスルッと流す。

 それは火取り魔が、人の灯りを奪い去るようにぬるっとしていた。

 そんな感覚が、今にも私には残っている。だからこそ、私は人の灯りに惹かれてしまうのだろうな。

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火取り魔の一人飲み 水定ゆう @mizusadayou

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