第26話
後日、あたしは一人でアスランの下にやってきていた。
「君には本当に感謝している。遅くなったが、義足の礼金だ」
「たしかに、頂戴しました」
アスランは爽やかな笑顔で受け取ると、机の引き出しに仕舞った。
アスランに成果を報告し、成功を喜び合う。
「また何か頼むことがあると思う。その時もよろしく頼む」
「喜んでお受け致します」
心地の良いやり取りにユルケは一つ頷いて、踵を返した。
帰ったら子供達の昼食を用意しなければならない。
帰路で店に寄って食材を買おう。アスランを訪ねたのは、あくまでもその寄り道だ。
「あ! ユルケさん、お聞きしたいことがあるのですが、いいですか?」
慌てて呼び止められる。アスランの視線はあたしの足下に向けられていた。
「その靴についてです。どちらで手に入れたものか、教えていただけませんか?」
「――これか?」
ユルケは右脚を蹴るように伸ばす。
茶褐色のスニーカーだ。足首を覆う部分が低く作られていて、くるぶしが出る。履きやすい反面、走ると簡単に脱げそうになる。
「五年前の戦争の傷跡が残る街に寄った時に、徳の高そうな女性が売っていた」
「ユルケさんが購入された靴以外にも、似たような靴は売られてませんでしたか」
「たしか、子供用の小さめのを売ってたように思うが……それがどうかしたのか?」
話を聞くに、アスランにはスロッドという兄がいて、五年前の内戦に出兵したまま行方をくらませたのだそうだ。
あたしの履いている靴が、スロッドへと繋がる手掛かりであるらしい。
「黒いローブを羽織った若くて美しい女性だった。靴を売ったお金で子供の食べ物を買うと言われてしまってはな。結果的に、なかなか良い買い物だった」
履いてみた感じ悪くなかったから、なんとなくで使い続けている。早いものでもう五年か。
「その方のお名前や住所はご存知ありませんか?」
「まさか。会ったのもそれっきりだ」
「そうですか……。ありがとうございます! 助かりました」
ユルケには良く分からないかったが、アスランは満足そうにしている。
「もし彼女のことで何か思い出したら、君にも教えるよ」
「はい、お願いします」
今度こそ踵を返して立ち去る。
「ユルケ?」
と、一分も経たずにまたしても呼び止められる。
シルクが正面に立っていた。こんな細道で偶然に再会するなんて、天の思し召しだろうか。
「…………シルクか、元気そうだな」
「うん、ユルケもね」
気不味い。
あの時に残したわだかまりが、重い空気を呼び寄せる。
「祭典の日に義足で踊る子供を見たの、あれユルケが教えたでしょ。凄かった、私感動したわ」
「見てたのか……。ファラエスは天才だよ」
「私よりも?」
シルクは眉を歪める。
「ふふ、良い勝負だな」
ユルケの失笑に、シルクは拗ねたような子供の顔をした。
「むぅ。色々言いたいことあったんだけど……とりあえず、いつも通りのユルケの顔見たら安心したわ」
「そうだ、もし時間があるなら昼食を食べに来ないか?」
「ユルケのスープ!?」
「そのつもりはなかったが、来てくれるのなら好きなだけ食べさせてあげる」
「行くわ! 絶対行く!」
シルクは跳んで喜んだ。……こうしていると、昔に戻ったみたいだ。シルクを迎えた日にご馳走してから、あたしがスープを作ると聞くとこの調子だ。
買い物して孤児養護施設に戻る道中で、決別してからの出来事を互いに話した。
旅団を解散させたことも、掘り返して話し合った。もう喧嘩にはならない。シルクは今の生活に、等しくやり甲斐を感じているようだった。
昼食を子供達と一緒にとった後、ファラエスがシルクに挨拶をする。二人には通ずる何かがあったらしく、すぐに打ち解けあっていた。
こうして次の世代から次の世代へと、物語は紡がれていくのだな。その一助になれたのだと思うと、あたしは幸せだ。
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