その思い、歌にのせて。

とは

第1話 ある日の母娘の会話。

「うんうん! 順調に受験を頑張っているひーちゃんには、やはりご褒美が必要だよね。お喜びください! 『ご褒美を出そう法案』が先程、可決されました。しかも満場一致まんじょういっちです!」


 学校での三者面談も無事に終わり、校門を出てようやく一息ついた私に、隣からあやしげな法案成立のお知らせが伝えられる。


「……それはおめでとうございます。現状において私とお母さんの二人で、どう満場が一致したのか疑問だけど」

「だって、私の脳内会議での法案だから。あ、でも確かにひーちゃんが賛成してくれなきゃ、……ふぅ。満場一致じゃないね。非満場一致に訂正いたします~!……ふぅ〜」


 会話の合間に入る母の呼吸音は、ちょっと苦しそうだ。


 丘陵地帯にある私達の町は坂が多い。

 家へ帰るために、私と母は二人で並びながら坂道を歩いていた。

 そんな私達を後ろから追い越すように、落ち葉を踊らせながら風が吹き抜けていく。


 通学のために毎日ここを歩く私と違い、学校行事がなければ母はこの道を通ることは無い。

 そんな彼女には、この長い坂を登るのはなかなか大変そうだ。

 ポケットにあるヘアゴムを出すふりをして、私はゆっくりと歩き始める。

 その行動の意図いとに気づいたのだろう。

 母は「あっ!」と小さく呟くと、不満げに口をとがらせる。


「大丈夫だよ! フーフー言っているのは、呼吸が苦しいからではなくて……。その、息を吹きかけてるだけだから」


 予想外な言葉に横を見れば、自分の手袋に向かい、フーフーと息を吹きかけている母の姿。


「じゃあ、なんで手袋しているのに、息を吹きかけているの?」

「えー、だって指先が寒いから。だからあったかい息を掛けて指先に熱を回復してるんです〜」


 かしこいでしょ? と言わんばかりの顔で見つめる母。


「でもさ。それって吐いた息の水蒸気が付いて、むしろ冷えてくるんじゃない?」

 

 おりしも吹きつける一月の冷たい風。

 それにより彼女の指先の体温は奪われつつあるようだ。

 あわててコートのポケットに手を差し込みながら、涙目になっている母を見つめる。


 ――うん、今日もこの人は残念だ。

 私のため息は、白く空にのぼって消えた。


「それでね。高校の進路も順調に決まりつつあることをお祝いしまして。今日の夕飯は外で食べましょう! お店はもう決めちゃいました」

「あ、そう。別に私はどこでもいいよ」

「つ、つれない。そこは『え、どこに決めたの? 教えて!』という母子の会話がなされる流れだよ! 仕方ないなぁ。ここはクイズ方式にて、店のヒントを差し上げましょう」


 にやりと笑うと、母は突然に歌いだす。


「♪ふっふふ〜ん! 焼くぜ焼くぜ〜、その身を焦が……」

「ちょっと待って! 何、その食欲を根こそぎ奪おうとする歌は! あと、なんで歌う必要があるの!」


 私がまくし立てるのを、きょとんとしながら隣の人物は見つめてくる。


「いや、クイズって楽しい方がいいかなぁって」


 確かに歌い主のこの人はとても楽しそうだ。


「それでは続けま〜す。♪焼けろよ鳥〜、どうして焼き鳥はあるのにぃ〜、焼き牛って無いのぉ〜」

「……それは焼肉と呼ぶからだよ。そしてお店は焼き鳥屋さんなのね」

「正解です! ちなみに『合格をとりにいく』というゲン担ぎも兼ねてま〜す! というわけで今日は『各詠かくよむ』で晩ごはんです!」


 母のその言葉に、家から歩いて五分ほどの焼き鳥屋が頭に浮かんだ。


「私、先に行って席を取っておくね。ひーちゃんは着替えて追いかけてきて〜」


 誰のゲン担ぎだか忘れている母は、子供のように駆け出していく。

 そんな彼女の後を追いかけるように吹く風を背中に感じながら、私はゆっくりと家へと帰っていく。

 私服に着替え、コートをはおり店へと向かう。

 きっと母は、私が来るまでに我慢が出来ずに先に食べ始めていることだろう。

 さて、その時の言い訳は何というのだろうな。


 くすりとこぼれた笑いを心地よく感じながら、店の扉を開き母を探す。

 熱い焼き鳥にふうふう息を吹きかけ頬張っていた母は、私を見つけるとバツの悪そうな顔をむけてから自分の隣の席を嬉しそうに指差すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その思い、歌にのせて。 とは @toha108

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ