トラが風邪で休みなので…

サムライ・ビジョン

ある日のサーカス団

「…今なんと?」

「だからぁ、トラくんが風邪ひいたから代わりに出てくれって話!」

今まで散々振り回されちゃあいたが…


この俺にしろだと!?


イヌワシ…タカ目タカ科のこの俺が?

「いやいや支配人…そういうのって陸上の動物がやるから盛り上がるといいますか…」

「分かってないなぁ…」

チッチッチッ…じゃねぇよムカつくなぁ!


「知っての通り、我らサーカス団の観客動員数は毎月少なくなる一方…まさに『火の車』だ。火の輪くぐりだけに」

別に上手くねぇよ…

「そうだ! ねぇトシ、せっかくだし本当に『火の車』に乗っちゃえば? 燃えさかる車、そのハンドルを爪で…」

「やるわけないでしょう! 無茶ぶりも大概にしてください!」


…結局、マジで俺が火の輪くぐりをすることになってしまった。

「…っていう内容だから、まずは段取りを頭に入れといてくれ。トシは賢いからそこは大丈夫なはず。あとはそう…自信だな!」

自信だな! じゃねぇよ!


「どうしよう…あと30分しかない…」

支配人が見えなくなって、ようやく俺は弱音を吐いた。

「災難な目に遭ったなぁ…」

ツキノワグマのジョニーは同情してくれた。

「つっても今日だけ…しかもトシの出番はほんのちょっとでしょ? 気楽にいこうぜ!」

ピエロの兄ちゃんは笑い飛ばしてくれた。

でも…

「やっぱり緊張するよ…火の輪くぐりはフィナーレなんだぜ? トリが俺かよ!」

「「トリだけに?」」

やかましいわ!


30分後…とはいっても客が入り始めたのが本番の10分前からだから、実質20分しか練習する時間がなかった。

ついに始まった…出番はまだまだ先だけど緊張でもう吐きそう…


ジョニーの玉乗り…ああ…

ピエロの一輪車お手玉…あああ…

団員の空中ブランコ…ああああ…!

やばい…もう俺の番じゃねぇかよ…!


「ついに最後のショーとなりました、トラの火の輪くぐり! …という予定でしたが、急きょイヌワシのトシが代役を務めることとなりました!」

支配人のやつ…代役がどうとか言うもんだからざわめきの中にところどころ不満の声が聞こえてきてるぞ!?

「ちなみにイヌワシはタカ目タカ科です。タカ目タカ科のトシで〜す!」


ざわめきはさらに大きくなった…

「タカなのにトシでワシだと?」

「ややこしいわ!」

いろいろ聞こえてくる…ええい!!

こうなったらもうブーイングを吹き飛ばすくらいのショーを見せてやろうじゃねぇか!


——トシは覚悟を決めて、飛び立った。——

通常であれば地面にしかない火の輪も、トシの特徴を活かして天井付近にも備えつけられている。

(よし…まずは天井まで飛んで…床へ!)

重力のままに落下したトシはバサリと翼を広げ、綺麗な弧を描き地面の火の輪をくぐった。

観客の反応にもエンジンがかかった。

(このままターンして…5連続!)

丸い客席に沿うように5つの火の輪が立っている。滑空したトシは、それらをくぐるうちにも体を半回転させた。

「おお〜!」

「かっけぇ…!」

そのような声を聞いたトシはご満悦だった。

(よし! この次は上向旋回じょうこうせんかいだな!)

サーカスの地面に火の輪がひとつ。そこからソフトクリームのように上の、さらに上の火の輪へと回転しながら頂点を目指す。

昇る途中、空中ブランコが見えたトシ…

(…今日は俺が主役だ。少しくらい好きにやってもいいんじゃねぇの?)


空中ブランコの持ち手をくわえたトシはそのまま振り子のように落ち、地面に近づくにつれて羽根に力を込めていく。

「あんなの台本にないけど…まさかトシ…とうとうお前にもプロ意識が…!」

そのころ支配人は勝手に感動していた。


力の限り回るトシはふいにくちばしを離し、勢いそのままに途中の火の輪を

「すげぇ〜!」

「トラよりずっと面白いじゃん!」

自信のないトシはもういなかった。頂点にある止まり木がわりの鉄パイプに一旦とどまったトシ…


団員は大きな輪を3つ、それぞれの階から差し伸べた。今までの火の輪よりもより轟々と燃えさかる。


(いくぞ…)

力を抜いて、そのまま頭を下にして…死んだように落ちていった。


1つ…火の輪をくぐり羽根を構え。

2つ…徐々に羽ばたいていき。

3つ…力強く、しかし優しく…


ヒーローのようにトシは降り立った。

その瞬間、彼の周りから炎が立ち上がる。

イヌワシは、赤いクジャクのようだった。


しばしの沈黙ののち、歓声が巻き起こった。

トリを飾るトリのトシ。

団員たちもまた、拍手を送ったのだった。




「お疲れ! 素晴らしい出来だったよ!」

支配人が珍しく素直に褒めてくれた…

「やるねぇ、トシくん」

「これからはトシの時代だな!」

ジョニーもピエロも持ち上げてくれる…

疲れた…けどなかなか良かったぞ!


「思いのほか好評だったし、これからは火の輪くぐりはトシに任せようかな!」

支配人…こいつはまた…いや、待てよ…?


「俺は全然かまいませんよ。火の輪くぐり…客が楽しんでくれるならいくらでもやりますよ!」

「トシ…お前変わったな…う…うう…」

泣くほどのことかよ。バカ野郎…




「焼き鳥にならない程度に頑張りますわ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トラが風邪で休みなので… サムライ・ビジョン @Samurai_Vision

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ