スーパー前の焼き鳥屋さんで泣く彼氏の話

かどの かゆた

スーパー前の焼き鳥屋さんで泣く彼氏の話


 高校の時に付き合ってた彼氏がいた。


 彼は育ちが良くて、食事の仕方が綺麗な人だった。身体の肉付きが良くて、抱きしめると柔らかいのがお気に入り。その上彼はうぶで、私がからかうとすぐに慌てる。私はその大きくて可愛らしい生き物に毎日癒やされていたのだった。


 大学に上がってからしばらくして、色々あった後に振られてしまったけれど、私は時折、その彼氏のことを思い出す。特に、スーパーに行った時に、よく。






 高2の秋、彼氏のおばあちゃんが亡くなった。そのおばあちゃんと面識は無かったけれど、彼氏が葬儀で数日学校に来ないということは狭い世界に住んでいる女子高生にとって、けっこう大事だった。


 学校に戻ってきても、彼氏は別に前と変わった様子は無かった。私は随分前に祖父母を亡くしていたから、まぁそういうものなのかなと思っていた。まさか、直接「葬式はどうだった?」と聞くわけにもいかない。


「ちょっと、スーパーに寄ってもいい?」


 デートの帰りに、彼氏がこちらをちらっと見てきた。


「いいよー」


 こういうことは、珍しくない。彼はよく家族に買い物を頼まれるのだ。牛乳とか、サラダ油とか、洗剤とか、そういう重いものを一つ買って帰る。そういう生活感漂うところも、私は好きだった。


 道の街路樹が黄色く染まっていて、歩道を覆う落ち葉が一昨日の雨でぐちゃぐちゃになっている日だった。繋いだ手の体温が心地良い気温。西日に透けて、彼の髪の毛がやや茶色く見える。


 それから程なくして、私たちはスーパーに着いた。やたら広い駐車場はあまり埋まっておらず、エコバッグを提げた主婦が行き来をしている。


「珍しいね」


 着くなり、彼氏がぽつりと呟いた。


「え、なにが?」


「焼き鳥屋」


 言われて、私は辺りの匂いを嗅いだ。甘いタレの焦げた香りが漂っている。

 見れば、スーパーの前に移動販売の焼き鳥屋さんがあった。赤い車と看板。謎のちょうちん。牛串400円。やや高し。


「珍しいんだ」


 当時の私はスーパーになんてそんなに行かなかったので、これが珍しいのかは分からなかった。


「このスーパーに来てるのは、あんまり見ないかな」


 彼氏は返事をしつつも、焼き鳥屋さんから目を離さなかった。


「食べたいの?」


「うーん……食べようかな」


 私は、その彼氏の言葉がちょっと意外だった。彼はあんまり、買い食いとかをしないから、いつもだったら「食べないよ」と笑っていたと思う。


 彼氏は店員のおじさんに話しかけて、もものタレを二本買った。袋から一本取り出して、私に手渡してくる。くしにもタレがべったりついていて、手が汚れた。まぁ、後で洗えばいいや。


 私たちは焼き鳥屋さんの横で、焼き鳥を食べた。妙に柔らかい鶏肉にはこれでもかとタレがかかっていて、甘じょっぱい。味が濃いけど、すごく、美味しかった。


 彼氏は食べ終わったくしを眺めていた。そして、私にぽつりぽつりと、こんな話をした。


「……おばあちゃん家に泊まった時、よく、一緒に買い物に行ったんだ。それで、近所のスーパーに、焼き鳥屋さんがよく居てさ。孫に甘い人だったから、見つける度買っちゃうんだよ」


 口調は明るかったけれど、彼氏の唇の端は、震えていた。

 私は黙ってその話を聞いていた。まだ小さい彼。見たこともないおばあちゃんが、孫に与えた焼き鳥の味。タレの焦げた煙の香り。匂いは記憶を呼び起こす力が強いって、何かの番組で見たっけ。


「あーあ、自分で買うように、なっちゃったんだな」


 多分彼は、泣いていた。顔を隠したから、分からないけれど。涙の2、3粒は流れていたと思う。


 何だか私はその時、すっと納得したのだった。

 あぁ、人が亡くなったことに気付くというのは、こういうことなのだ。必ずしも、立派な葬式をしても、骨になったのを見ても、墓が建っても、人は気付けない。信じたくないものを、人は信じない。ただそっと、生活の中に空いたその穴に気付くだけなのだ。






 そして焼き鳥屋さんは、私にも、似た症状を運んでくるようになった。


 あれから数年経っているけれど、私は昔の恋人をまだ引きずっていて。仕事帰りに行くスーパーで、あの提灯を見る度、香ばしい匂いを嗅ぐ度、私は、恋人の喪失を思い出す。

 そして私は今日も、晩酌用の焼き鳥を、数本購入するのだった。

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スーパー前の焼き鳥屋さんで泣く彼氏の話 かどの かゆた @kudamonogayu01

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