停電
シロいクマ
第1話
管制室のテレビには、オリンピックの開会式が映し出されている。
サボっているんじゃない、仕事の一環だ。
テレビの上のモニタには、レッドアラートの文字が流れてる。
アラーム音とアラームランプはオフにした、会話の邪魔だ。
目がチカチカするしな。
「 第、、、何回だったかな? オリンピック 」
「 アルファ3号炉が温度上昇中! 自動制御可能範囲を超えそうです! 」
「 2号炉、4号炉も温度上昇中! 」
「 ベータからエプシロンまで、炉温上昇中! 」
「 ゼータからカッパも制御範囲を超えそうです! 」
「 ラムダ,ミュー,クサイの起動準備はどうだ? 」
「 進行中! 15分以内には起動できます 」
ネオ東京唯一にして世界最大の勇者発電所、その管制官席に俺は座ってる。
この場での責任者だ。
班員が俺の指示を待ってる、現実逃避も出来やしない。
「 注水20上げ、排水20上げ 」
「 注水量毎秒20㎥上げ、排水量を毎秒20㎥上げます! 」
「 連絡はついたか? 」
電話にかじりついてる班員に訊いてみる。
「 課長繋がりません! 」
「 部長も繋がりません! 」
「 社長室もです! 」
だろうな。
「 温度が更に上昇しています! 」
「 注水20上げ、排水50上げ 」
「 排水を上げるのですか!? 」
「 沸騰した冷却水に注水しても効果は薄い。 一旦炉内の冷却水を減らす、冷やすのはそれからだ 」
「 了解! 注水量毎秒20㎥上げ、排水量50㎥上げます! 」
「 緊急放出弁の確認もしておけ 」
「 判りました! 」
まぁ、この温度じゃ放出弁は溶けてて使えないだろうけど。
管制室は24時間、365日休み無しで稼働してる。
6つの班が交代で勤務しているんだが、ここにいるのは普段組んでる班じゃない者ばかりだ。
班編制を急遽変更して、
上司から嫌われ、冷遇されている者ばかりが集められてる。
イマージェンシーコール専用の、特別な者しか持てない端末が繋がらない《・・・・・》何てことはあり得ない。
まぁ、そう言うことだろうな。
「 アルファ1号炉はどうか? 」
「 ギリギリですがグリーン、正常範囲を維持しています! 」
この発電所の出力の40%は、アルファで賄っている。
アルファの中で1号炉は25%、世界最大の発電所の出力、その10%をたった1人で出力してる。
それより、どうして警告はレッドで正常はグリーンなんだろうか。
レッドが警告なら、正常はブルーで良いんじゃなかろうか。
後で理由を調べてみることにしよう、無事に部屋に帰れたら、だが。
「 課長と部長は諦める。 社長と取締役に片っ端から電話しろ。 繋がらない報告は要らない、繋がったら報告だ 」
制御卓のパネルを忙しく叩く者、電話にかじりつく者、みんな必死だ。
この発電所がダウンしたら、アジア全体が連鎖的に停電するだろう。
被害金額は想像もつかない、信頼とかナンチャラとかの見えない損害を含めると、どうなるのか。
何でこうなったんだろうな。
「 水量警報! 水量が膝より下がりました! 」
「 注水60上げ、排水そのまま 」
「 注水60㎥上げます! 排水そのまま! 」
「 本当に、何でこうなったんだろうな? 」
− − − − − − − − − −
ある日突然、地球上から全ての化石燃料が消失した。
放射性物質は、元素同位体も含んで全てが鉛になった。
天然ガスは大気に変わり、石炭は石に石油は水になった。
人類は、エネルギー源の80%以上を突然失った。
替わりに現れた物がある。
ダンジョンである。
ダンジョンは、何処かで見たような魔物を吐き出し続けた。
自衛隊は頑張った。
魔物の大半を始末出来たがそれまでだった。
魔物の第2波が確認され、弾薬も底が見え始めた段階で国は重大な決断を下した。
戦力の集中である。
国は首都と主要な基地に戦力を集中して、多大な犠牲を払いつつも守り抜いた。
その他の地域は見捨てられ、多くの国民の命が失われた。
その段階では、まだ水力発電と太陽光発電は残っていたが、戦闘により電力供給手段と共に大半が失われた。
燃料が無く、機動力の殆どを喪失した状態で誰もが最善を尽くした。
それでも、皆が幸せになれる訳では無かった。
見捨てられた地域の生存は困難を極めた、助けを求める手段すら無かった。
時間と共に飢餓と病気が蔓延し、更に死者数が積み重なった。
そんな中、人類に希望の光が見えた。
能力者の誕生である。
ある者はダンジョンに入り戦って、ある者は自宅で怪我人を治療していて、突然能力に目覚めた。
能力者の数が、生き残った人数の30%を超えた時、人類の反撃が始まった。
剣で、槍で、あるいは指先から光や火を出して、次々と魔物を駆除していった。
彼等は魔力を操り、人類を滅亡の淵から救い出した。
いつしか彼らは人々の希望となり、勇者と呼ばれるようになった。
やがて地上の殆どの魔物は駆除され、ダンジョンの中に押し込められた。
開放された人々は喜んだが、全世界規模の被害の大きさを知らされると絶望した。
殆どの街は放棄され、食料生産が盛んな街だけが国の保護対象となった。
それから100年が経過した、人類はまだ復興の途中にある。
− − − − − − − − − −
「 班長 」
「 どうした 」
俺より年上で、俺より役職が下の田中、副班長だ。
こいつは俺より、会社から睨まれてると思ったんだがな。
「 このままじゃ、あと30分持ちませんぜ 」 田中が小声で告げる。
「 だろうな 」
俺も小声で返す。
「 勇者の一部は、暴走の傾向が出てます 」
「 だな 」
モニタにちらりと目をやる、勇者達のバイタルサインは最悪だ。
魔力暴走、魔力を長時間を練り続けると発生する、人体の崩壊に伴う爆発だ。
勇者発電は、
練り上げられた膨大な量の魔力は、体内を循環する際に遺伝子や細胞を損傷し続ける。
治癒魔法を掛けなくても、スリ傷なんか舐めときゃ治るのと同じ。
汗だって、暑けりゃ勝手に出てくるだろ。
能力者でも無能力者でもそこは変わらん。
だが、意識的に冷却を抑えている場合は別だ。
冷却を抑えつつ細胞を自己修復し、んで、魔力循環してるから大変らしい。
細胞の自己修復が間に合わなくなった勇者は、遺伝子が崩壊して魔物と化す。
魔物になった勇者は理性を喪失し、練り上げられた魔力は制御を失い爆発する。
魔力量が多いほど、練り上げる時間が長いほど爆発は大きくなる。
そう。 このまま行けばだ。
副班長の目が、俺の席、その机上にだけ設置されてる特別な端末に向く。
使えってことだよな。
この端末は、日本国大統領とのホットラインだ。
使えば、使った奴の首が飛ぶって言われてるスゲーやつだ。
どうでもいい用件で使ったら物理的に首が飛ぶらしい、俺は使ったことは無い。
「 いいのか? 」
使えば確実に責任者=俺の首 は飛ぶ。
確実に、最低でも、最高に良い結果でも無職は確定だ。
その場に居た者も共同責任で良くて減給だろう。
多分、全員の懲戒解雇は、もう確定してるだろうけどな。
「 今さらでしょう? 」
そう言って、田中は部屋の中を見回す。
俺も釣られて室内を見渡す。
嫌われ者と冷遇されてる奴等、会社にとってはどうなろうと構わない者達のクビ。
このままでは確実に爆発が起こる、ネオ東京の2/3が吹き飛ぶ爆発だ。
諦め、覚悟、色んな感情があるんだろうが、一言で言えば。
「 判った、 『 今さら 』 だな 」
ポケットからキーを取り出し、鍵を開ける。
田中もキーで鍵を開ける。
透明なケースに収められた端末を手に取り、耳に当てる。
『 大統領補佐官です。 何か問題でも? 』
「 勇者発電所、夜間担当管制官の裏杉です。 大統領に取り次ぎを願います 」
『 用件を 』 冷たい女性の声だ。
「 勇者炉の魔力爆破まで残り、、、27分です 」
『 しばらくお待ち下さい 』
流れるような事務的な対応だ。
ネオ東京の2/3が吹き飛ぶ位じゃ、慌てる理由にもならないってか。
テレビには、何かを喋ってる白人のオッサンが写ってる。
同時通訳のテロップは見えない。
俺のメガネは何処行った?
『 私だ。 正確な残り時間は? 』
端末の向こうから声がする、おっさんだ。
「 正確な時間は不明です。 停止シーケンスがあるんで、恐らく20分以下ですね。 私のカンですが 」
勇者炉は急には止まらない、止められない。
炉心の圧力を急激に下げると、発電機に続く配管の方が圧力が高くなってしまう。
逆流はしない、逆止弁があるからな。
でも、行き場を失った圧力は全て炉心の勇者を襲う。
すると、どうなるか。
俺はその結果を見たいとは思わない。
『 停止を許可しよう 』
「 ありがとう御座います 」
端末を持ったままお辞儀してしまうのは、きっとサラリーマンだからだ。
やだねぇ。
班員に停止手順書の番号を指示する。
こう言う時は助かるね、マニュアルってやつは。
『 停止後の再稼働だが・・・ 』
田中が隣で固まってる、汗も流してるな。
大統領って言っても端末の向こう側だ、そんなに緊張しなくても良いだろうに。
「 ラムダ,ミュー,クサイが稼働を開始 」
「 ゼータからカッパ停止完了。 クールダウン中! 」
「 ベータからエプシロン、まもなく停止します! 」
「 メディックに状態を確認しろ、再稼働時期を
急いで部屋を出て行く者がいる。
炉心付近には連絡手段が無いから、直接メディック達に話を聞くしか無い。
炉から出た勇者達は、メディック達に手当てして貰う。
メディック達は1流の治癒魔法が使える、ポーションも在るから何とかして欲しいものだ。
「 バックアップが再稼働を開始しました。 これで3%の出力は確保出来ます。 再稼働は勇者達の体調次第ですね 」
『 それで、こうなった原因は? 』
何を言ってるんだ、このオッサンは。
いや、おれもオッサンだが。
「 限界出力の140%ですよ? 定格じゃなくて、限界出力の140% 」
判るかおっさん?
俺もオッサンだけどな。
「 せいぜい保って、40分ですよそんなもん。 だから、この
全世界に、新生日本の復興と、勇者発電の有効性をアピールするため、強引に勧誘され開催されてるアジアだけのオリンピック。
来賓は他の国からも来てるらしいが。
俺は反対した、電力需要を賄いきれないから。
報告書にまとめて関係各所にも送信した。
そしたら開発部門から深夜の管制官に飛ばされた。
勇者の主力パーティはもちろん、交代要員もバックアップモ全員含召集した。
高濃度栄養剤の胃への直接投与と、高級ポーションを惜しげも無く点滴して何とか保たせた。
だが、もう限界だ。
「 御確認を 」
端末にデータチップを差し込んで、報告書の送信を許可する。
送ったのは俺が作った報告書、その原本だ。
『 確認した。 原本だな。 140%で40分、その後は20%の出力が2~3週間続くのか。 勇者の損耗状態では、低出力期間が更に長引くんだな? 』
ついでに、管制室の操作データも送ってやろう。
管制室の監視・・モニタのデータは、会社がガチガチにセキュリティ掛けてるんで手が出せない。
誰が誰を、何の為に監視してるのか分かるってもんだ。
『 よろしい。 社長はこちらで対応しよう 』
そういえば、来賓として出席してるんだよな、バカ社長。
『 彼からは、140%で4時間は大丈夫と聞いているんだが・・・ 』
信じる方がバカだ、そんな数字。
『 私の
端末の向こうで少し笑ってるだろ、このクソ大統領。
次々と出力を落とし始める勇者炉、何故かアルファだけフル稼働中だ。
『 もっと早く開会式を終わらせる予定だったんだが、来賓の挨拶が長くてね 』
1人3分の予定が、1人で45分も喋ってる奴がいるんだと。
そんな奴が何人も居るとか。
来賓って何なんだ、黙って座ってりゃいいんだよ。
ジジイばっかりなんだし、立ってるだけで辛いだろうに。
『 そうそう。 電力は特別区と、1
「 失礼します 」 端末を置く。
「 この期に及んでオリンピック優先かよ。 そんなに大事かねオリンピックが 」
田中が頭の汗を拭いてる、髪の毛無いと便利だな。
「 アルファ1号から通信要請です! 」
よく保ってたな、通信機。
そう思いつつ端末を取る。
『 ・・・・・・停止はしないぞ 』
モニタにはアルファ1号炉の勇者パーティ、リーダーの和也が映し出されてる。
世界最強の勇者パーティ、リーダーの和也はまだ18歳だったはずだ。
ハレーションを起こしつつある、モニタは全体的に白っぽい。
勇者パーティーのリーダー、その殆どが10歳代らしい。
中2病は現代でも有効、そう言うことだろう。
「 ご苦労様、大統領から出力低下の許可は貰った。 後はコッチで何とかするから、休んでくれ 」
『 それは出来無い 』
和也の頬が崩れ落ちる。
直ぐに修復が始まる、アルファ4号の治癒魔法だろうが、明らかに治癒スピードが遅い。
「 それ以上は無理だ。 魔力爆発を回避す 『 それは出来ない! 』 」
和也は何に拘っているんだ?
今度は肩が崩れたぞ。
『 出力を落とすって事は、停電するとこがあるって事だろ? 』
「 そうだな。 今の計画だと、停電しないのは会場が在る特別区と、行政機関が集中してる1区だけだな。 後は無理だ 」
バックアップのバックアップも招集して再稼働かけてるけど、トップパーティの魔力量には遠く及ばない。
全部稼働しても出力8%が精一杯だろう。
再起動時の突入電流もあるし、他の街にも給電しないと。
とてもじゃないけど、他の区には給電できない。
『 ・・・・・・今日、妹の手術があるんだ。 2区で、ちょうど今だ! 』
「 ほ~ 」 そうなんだ。
『 長い間待ってた手術なんだ! 失敗は出来無い、だから停電になんかさせない! 』
田中に目配せする。
モニタ外に移動した田中は、班員に何か言ってる。
俺は机上の端末を指差す。
ここの端末は特別だ、何時でも何処にでも繋がる。
過去や未来には繋がらんけどな。
「 手術とは珍しいな 」
治癒魔法が使えるようになった最近じゃ、殆ど手術は行われない。
簡単な傷から骨折までは治癒魔法で何とかなるし、内臓の疾患も臓器を摘出してポーションと治癒魔法をブッかければ終わる。
わざわざ手術するのは、上級国民が重体の時か、治癒魔法じゃ治らない重体か。
もしくは、、、
『 妹は生まれつき心臓が弱いんだ 』
「 移植か 」
治癒魔法でもポーションでも、産まれつきの病気は治せない。
んで、ただでさえ見つかり難いドナーが、人口が大幅に減ってる日本で見つかったのか。
よりによって今日、おまけに開会式の時間帯に手術と。
海外での放映時間、海外のゴールデンタイムに合わせたんで、今は深夜03:00時だ。
なんじゃそりゃ。
『 やっと手術出来るんだ。 俺に出来ることは何でもやる 』
「 お前、それパーティメンバーは知ってるのか? 」
「 当たり前だ 」
全員覚悟の上か、じゃ仕方がないな。
俺はそんなのは許さん。
「 アルファを送電網から切り離す。 一気に出力が落ちるぞ、関係先に停電警報を出せ 」
『 よせ! やめろ! 』
和也も分かっているはずだ、パーティメンバーも。
「 班長 」
「 どうだった 」
「 話は本当のようですな 」
田中の部下、その彼女の友人が国営病院でナースをやってるんだと。
彼女だとさ、くたばれリア充ども。
移植手術が出来る病院なんて、日本じゃそこだけだ。
「 まだ時間が掛かるようですぜ 」
電力の予備率が2%を切った、また給電を停めなきゃいけない。
「 4区の給電を停止する 」
『 ・・・・・・ 』
「 停電警報から5分経過。 いつでも給電を停止できます 」
「 停止 」
「 3・2・1 停止。 残る給電箇所は1区~3区、それと特別区です 」
「 了解だ 」
和也の映ってるモニタに目を戻す。
「 まず出力を落とせ。 話はそれからだ 」
『 ・・・・・・ 』
「 半分だ、50%まで落とせ。 バックアップも稼働してる、このままじゃ手術が終わる前にネオ東京の3分の2が吹き飛ぶぞ 」
『 ・・・・・・分かった 』
「 アルファの出力を落とせ。 50%だ 」
「 3区に停電警報発令します 」
「 アルファ出力低下中 」
「 給水10下げ、排水10下げ 」
「 注水量毎秒10㎥下げます、排水量毎秒10㎥下げます 」
あとは何時まで粘れるかだな。
「 手術の連絡は? 」
「 終わり次第、来る事になってます 」
伊達に長年副班長やってた訳じゃないな、田中は気が利くやつだ。
じゃ、粘れるだけ粘ってみますか。
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