アデリナの選択(この娘、悪役令嬢につき)

「私の頭を弄るってどういうこと? いい加減、どういうことなのか薄情なさい」


 だんだんだんだんと、腹が立ってきた。

 ジュゼッペが言っていることが無茶苦茶なことは、今にはじまったことじゃない。

 今まで幼馴染だったという記憶は、実はニセモノでしたっていうのは、実のところあまりダメージを受けちゃいない。だって、こいつが嘘つきだっていうのは知っているもの。さすがに年齢詐称というところまでは、知らなかったけれど。

 そもそも。私にとって一番重要なのは、母様の命の安全であって、ローゼンクロイツの存続なんか目指しちゃいないんだ。あくまでアレクが見逃してくれそうもないから、手段として彼女の恋愛フラグをボキボキ折らせてもらおうと思ったのであって。

 それがなにか? 人に貴族のずぶずぶの癒着に加担しろとのたまってきたり、錬金術で好き勝手しようとか言ってきたり。そもそも媚薬だって一回しか使ってないじゃないか。

 前にひとりで一気に呷ったのだって、そもそも本物の媚薬だったのかすら怪しいじゃないか。

 カリオストロはこちらをさも馬鹿にしたような顔で眺めてから「そうだねえ」と言って、クイとこちらの顎を掴んできた。

 こいつほんっとうに腹立つな。なにが腹立つって、自分の顔がいいってことをわかっているところだ。


「アデリナ、君がもっと愚かであったのだったら、ただ教会の異分子を追い出すための駒に使おうと思っていたさ。最近はなにかとネズミがちょろちょろ動いているからねえ」

「あなた、本当にそういう言い方ばかりなさるのね」

「失礼。それが性分だからねえ。でも今の君は、凜々しく。世界に戦いを挑もうとしているように見えるさ。実に美しい」


 全然そう思ってないだろ。本当に口から出任せばっかり。こっちを一瞬でもときめかせて、そのまま操り人形にしようとしているでしょ。あれだ。私がなにかとアレクに気に入られたから、それで予定を変えたんだ。このままアレクの動きを拘束するために、私を懐柔する方向に。

 ほんっとうに、腹が立つ。

 私はパシンと彼の手を払った。


「やめていただけます? あなた、本当に調子がいいのね」

「性分だからねえ……それに私は君が気に入っているのは本当だよ」


 そう言ってなおも顎を掴んでくる。このままキスができそうなほどに、顔を近付けてくる。本当に顔がいいってわかっている奴のやることなすこと、腹が立つ。

 なにが一番腹が立つって、私は少なくとも、幼馴染だったはずのこの男に騙されていたとわかっていても、嫌いじゃないってことだよ。

 私はそのまま爪先立ちをした。そのまま彼の唇を奪うと、カリオストロは一瞬だけ驚いた顔をしたあと、私の唇に吸い付く。

 そして、私の口になにかを流し込んできた……このツンとする匂いは知っている。

 ああ、そうか。こいつ。私を操り人形にするために、媚薬を仕込んでいたんだ。でも、残念。私も。

 口に流し込まれたものを、私はわざとらしく飲み干して、ようやく踵を床に付けた。

 カリオストロは驚いた様子で、こちらを見てきた。


「……フロイライン。君は……」

「残念。私に媚薬は効きませんわ。だって、とっくの昔にあなたに惹かれていますもの。でも、あなたはどうかしらね? 私のことをずうっと利用しようとしていた詐欺師さん?」


 ジュゼッペを探している間、私は唇に媚薬を塗っていた。彼がもし私にちょっかいをかけてきた場合は、キスをして無理矢理私に気持ちを傾けるつもりだった……この学問所で起こっている、訳のわからない闘争はもうこりごりだったから。

 カリオストロに……ううん、ジュゼッペに私は告げる。


「ローゼンクロイツを、安全な方向で解体なさい。いくらなんでも、この学問所に通う生徒の家を全て没落させるようなことになったら、一年や二年じゃ混乱は治まりませんもの。アレクだって、ルドルフ様だって、他のグローセ・ベーアだって、社交界の癒着を取り払いたくとも、社交界の没落自体は望んではいないはずですわ」


 私がにこやかに笑って言う。それにカリオストロは首を掻きむしりながら、頬を赤らめて言う。


「……フロイライン。君、とんでもないことを言っているのをわかっているのかね? 社交界がそう簡単に金を生み出す雌鶏を手放したいと、考えると思うかい?」

「私、少なくとも父様には何度も何度もローゼンクロイツから手を引けって伝えていますもの。父様は金の亡者ではあるけれど、どこに金をかけるかくらいはわかっていますわ。ねえ、ジュゼッペ。あなたはどうかしら?」

「……まさか、媚薬だけで本当に大立ち回りするなんてね。私の負けだよ」


 彼はくるりと回ると、見慣れた金髪のジュゼッペに戻っていた。本当に、怪しげなことばかりしてくるし、どうなるかと思ったけれど。


「まあ、それでグローセ・ベーアがどう動くかだけどねえ……ねえ、アレク?」


 そう言われて、私は肩を跳ねさせた。

 柱の後ろにはアレクがいたのだ……全部、聞かれた? ああ、どうしよう。彼女に嫌われてもしょうがないのに。彼女だって、納得しないでしょ。ローゼンクロイツは解体するから、許してなんて言っても。

 私があわあわとしていたら、アレクはぽつんと言った。


「アデリナ。君はもしかして、私のために……?」


 ……なにを言っているんだ、あんたも。


「勘違いしないでくださる? 私、病弱の母様がいますもの。うちが没落したら、母様が困りますもの」

「……君は、どうして私がローゼンクロイツに宣戦布告しようとしていたことを?」


 そこを突かれるととても困る。まさか前世であなたが主役の乙女ゲームをしていたし、あなたの生い立ちにはものすごく同情しているけれど、それが原因でうちの母様が死ぬのはものすごく嫌だったなんて、どうして説明できようか。

 しばらく押し黙っていたら、ジュゼッペはからかうように言った。


「まあ、彼女は昔から予知夢を見ることがあったからね。それを外すことはまずなかったから、それに抗いたくなった。そうだろう?」

「ええ……?」


 私は変な顔をしてジュゼッペを見てしまった。

 でもよくよく考えると、どうして『ローゼンクロイツの筺庭』の中で、アレクが狙っている攻略対象を落とそうとしてきたのか、説明つくのかも。

 私が前世持ちだからって理由だけでなく、アデリナがそういう体質でこのままいったら実家が没落するからだったら、ただの尻軽女ではなかったと説明できるのか。と今の今まで誤解し続けていたアデリナの性分に、少しだけ納得した。

 アレクは少しだけ困ったような顔をしたあと、「私は……」と訴えてくる。


「私は君のことを妹のように思っていた」

「あら、失礼ですのね。私たち、同い年じゃないですか」

「でも、今は違う……私は、君と友達になりたいんだ」


 あら、まあ……。

 私は少しだけジュゼッペを見ると、ジュゼッペはやれやれと言う顔をしてみせた。

 まあ、もう敵対する理由はないしねえ。私は頷いた。


「いいですわよ。私、男は爵位以外で興味ありませんが、女は爵位では見ませんもの」

「君、私のこと……」

「勘。ですわ」


 私は手を差し出すと、アレクはそれを取って握手した。


 ジュゼッペにはやってもらわないといけないことがたくさんある。

 シュタイナーの妹の病気の治療薬はつくってもらわないといけないし、ローゼンクロイツを危険視しているルドルフやオスワルドを説得してもらわないといけない。

 相変わらずティオとニーヴィンスは平和だろうし、媚薬でこちらの考えに賛同してもらったウィリスは安全牌だろうけれど。

 乙女ゲームとして、ラブロマンスがなかったのはどうなのかと思うけど、まあいっか。

 足りない分は多分ジュゼッペが補ってくれるだろうし。

 なにより、ヒロインと悪役令嬢が友情を結ぶエンディングだって、あってもいいはずだ。


<了>

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悪役令嬢(媚薬つき) 石田空 @soraisida

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