奴隷狩りから逃げてきた少女に焼き鳥を奢る話

猪木洋平@【コミカライズ連載中】

1話

「お腹すいたなぁ……。最後に食べたのはいつだっけ……」


 少女は空腹だった。

 奴隷狩りに捕まり、奴隷として売られる直前で逃げ出してきたのだ。

 街中では、あちこちから良い匂いが漂ってくる。

 その香りに誘われるようにフラフラと歩いて行く。


「いい香り……」


 食欲をそそる香りにつられた彼女は、つい露店に近付き過ぎてしまった。

 露店の男が彼女に視線を向ける。


「おい! 勝手に食べてもらっちゃ困るぜ! 金はあるんだろうな!?」


「え!?」


「まさか食い逃げするつもりだったのか? 金がねえなら、それなりの目に合ってもらうぞ!」


「え……。わ、わたし、食べてなんか……」


 少女が弁明を試みる。

 だが、それは無駄に終わった。

 男は仲間を呼び、問答無用で少女の腕を掴む。

 少女は必死に抵抗するも、子供の力では大人の力に適うはずもない。

 抵抗虚しく路地裏へと引き摺られて行く。


「離して……!」


「そう言う訳にもいかねぇんだよ! お前みたいな奴を甘やかすと、いくらでも湧いてくるからな!」


「このクソガキが!! 覚悟しやがれ!」


 男の怒声と共に、鈍い音が響く。

 少女の身体が宙に浮き、地面に倒れ込んだ。


「ぐぅっ……」


「オラ、この程度でへばってんじゃねぇよ!」


 男の一人が倒れた少女の髪を鷲掴みにし、無理やり立ち上がらせる。

 そしてまた別の男が、容赦なく蹴りを入れた。


「ごほっ!! げほッ!! ゆ、許して……」


 蹴られながら泣く少女の声など無視し、男たちは笑いながら暴行を続ける。

 やがて、少女の顔は原形を留めない程に腫れ上がった。

 それでも彼らは満足しない。

 今度は、少女の服に手を掛け始めた。


「な、何をするつもり……? やめてぇっ!!」


 悲痛な叫び声を上げるも、やはり意味はない。

 男達の手は止まらず、彼女の着ていた服は無残に引き裂かれた。


「嫌ぁあああっ!!!」


「ひゃはははは! もっと泣け! 食い逃げの罰だ!」


 少女の目からは涙が流れ落ちる。

 しかし、男達の蛮行が止まる気配はなかった。


「助けて……誰か……」


 少女がか細い声で呟く。

 その時だった。


「何をしているんですか?」


 突如現れたの少年の声で、男たちの動きが止まった。

 少年は鋭い目つきで彼らを睨むと、低い声で言葉を発する。


「あなた達……彼女をこんなにして……。一体どういうつもりですか?」


「うるせぇ! こいつが食い逃げを……ぎぃあああっ!!」


 言い終わらぬ内に、男たちが悲鳴を上げた。


「事情は把握しました。おおかた、冤罪を吹っかけての憂さ晴らしといったところでしょうね」


 少年はそう言いつつ、男たちを殴り飛ばしていく。

 数分後、その場に立っている者は一人もいなかった。

 全員ボロ雑巾のようにされ、地面で倒れ込んでいる。


「大丈夫ですか?」


「ひ、ひい……」


 少女が怯えた様子で後退る。


「ああ、怖かったですよね……。大丈夫です、僕は君を傷つけたりはしません」


 少年がそう言うが、少女の怯えは収まらない。


「まずは体を治療しましょうか。【ヒール】」


 少年の手が淡く光り出す。

 それが少女の身体を包み込むと、腫れた顔や蹴られた腹部がみるみると治っていった。


「凄い……」


「これで信じてくれましたか?」


「は、はい……。ありがとうございます……」


 少女が頭を下げて礼を言うと、少年は優しく微笑んで返した。

 少女が警戒心を解き、穏やかな静寂が流れる。

 それを破ったのは……。

 ぐ〜。

 少女の腹の音だった。


「あ……」


「おや、お腹が空いているのですか。僕もです。ちょうど、美味しそうな焼き鳥を買って、屋敷で食べようかと思っていたのです。よろしければ一緒に食べますか?」


「い、いいんですか……?」


「ええ、勿論。では早速向かいましょう。立てますか?」


「はい、何とか……」


 少年と少女はその場を後にする。

 行き先は、少年の邸宅だ。


「お帰りなさいませ。お坊ちゃま」


 邸宅に帰るなり、使用人たちが出迎えてくれる。

 そして彼らはすぐに少女の存在に気が付いた。


「あら? こちらの方は……?」


「ちょっと訳ありでね。とりあえず、一緒に焼き鳥を食べようと思う。その後は、風呂にでも入れてあげて欲しい」


「かしこまりました」


 使用人たちはテキパキと準備を始めた。

 少女は何が何やら分からないといった表情をしている。

 するとそこへ……。


「お兄様! おかえりなさい! あれ? その子誰?」


「ただいま戻りました。この子は……えっと……」


 少年が言い淀む。


「ははーん。さては、お兄様のいつもの癖が出たのですね。お父様からも、ほどほどにするようにと言われていますのに……」


 少年の妹が、呆れ気味に言った。


「仕方ないじゃないですか。これは僕の生きがいなのですから」


「もう! お父様達には黙っててあげますから、後で私も混ぜてくださいね」


「もちろんですよ」


 兄妹が楽しげな会話をする中、少女はポカーンとしていた。

 それからしばらくして、食事の準備が整った。

 少年が屋台で買った焼き鳥をメインに、いくつかの簡単な料理が並べられている。


「いただきます」


「いた、だき、ます」


 少年に続いて少女も手を合わせる。

 そして二人は同時に、目の前の料理を口に運んだ。


「美味しい……。こんなに美味しくて温かいご飯は初めてです!」


「ふふっ。まだまだたくさんありますから、遠慮なくどうぞ」


「はいっ!」


 元気よく返事をして、再び少女は食べ始める。

 少年は優しい笑みを浮かべていた。


 その後も、少女にとって夢のような時間が過ぎていく。

 焼き鳥をお腹いっぱいに食べた後には、風呂に入って綺麗になり、服まで着せてもらった。


「あの、本当にありがとうございました。こんなによくしていただいて……」


 少女が深々と頭を下げる。


「いえいえ、気にしないでください。それよりも、これから行く当てはあるんですか?」


「それが……」


 少女が言いづらそうにしていると、少年は察したように言葉を続ける。


「もし良ければ、しばらくの間ここに住んではいかがでしょう?」


「え!? ほ、本当に良いのですか!?」


「勿論です。その代わりと言っては何ですが、一つだけお願いしたい事があります」


「わたしに出来る事なら、何でもします!!」


 少女が勢い良く答えると、少年は笑顔で答えた。


「では、こちらの首輪を付けてください」


「……えっ。これは、隷属奴隷の首輪では……?」


 少女が驚きの声を上げる。

 奴隷には、いくつかの種類がある。

 例えば借金奴隷は比較的制限が緩い。


「やっぱり、隷属奴隷の首輪を付けるのは怖いですよね……」


 少年がそう言う。

 隷属奴隷は行動制限が厳しい。

 隷属とは文字通りの意味で、主人の命令に絶対服従しなければならないのだ。

 その反面、隷属奴隷の契約を結ぶためには、厳格な条件がある。

 最も厳しい条件は、奴隷となる者が心から契約を望むことだろう。


「い、いえ! 怖くなんてありません! ただ、びっくりして……」


「お察しかもしれませんが、僕はそれなりの身分でしてね。お母様が心配性で、隷属奴隷の方以外は雇わないと仰るんですよ」


 少年は申し訳なさそうな顔をしている。

 少女はしばらく考え込んでいたが、やがて決心したように顔を上げた。


「分かりました! わたしを隷属奴隷にしてください!」


「ふふふ。良かった。では、早速付けましょうか」


 少年の手が動き、少女の身体がビクッとする。

 そして、彼が魔力を込めると、少女の全身が淡く光った。


「これで完了です。気分はどうですか?」


「えっと、何だか不思議な感じがしますね……」


 少女は自分の手を見ながら、首を傾げている。


「そうですか。とりあえず、隷属契約が無事に結ばれているか確認しましょう」


「はい! ……でも、どうやって……?」


「簡単なことです。普通なら躊躇してしまうような命令を出し、従うかどうか見ればいいのです。ふふふふふ」


「な、なるほど……?」


 少年の不気味な笑みに、少女は不安になったようだ。

 そんなことはお構いなしに、少年が口を開く。


「では、最初の命令だ。服を脱げ」


「……えっ?」


「聞こえなかったのか? 服を脱ぐんだ」


「じょ、冗談ですよね……?」


 少女が恐る恐る尋ねる。

 だが、彼女の体は意思に反して動いていく。


「嫌……。なんでこんな事を……」


「ふふふふふ。どうやら、隷属契約はしっかりと結ばれたようだ。まったく、少し優しくしただけで心を許すとは、頭の中がお花畑らしいな」


「え……?」


「まだ分からないのか? 全部芝居だったのさ。お前に隷属契約を結ばせるためのな」


 少年が楽しそうに笑う。


「で、でも……。あの怖い男の人たちから助けてくれて……」


 哀れな少女がそこまで言ったところで、部屋の扉が勢い良く開いた。

 そこにいたのは、見覚えのある男達だ。


「ギャハハ! そのご様子だと、作戦は無事に終わったようですね」


「坊ちゃん、あのとき本気で殴ったでしょう? ポーションを使っても、まだ痛みますぜ」


 男達が少年に話しかける。


「芝居は臨場感が大切だからな。仕方ないだろう。しかし、おかげで隷属契約が結べたぞ」


「ギャハハ! それは何よりです。それで、報酬の方は……」


「もちろん出すさ。俺がこいつに飽きたら、下賜してやる。……ああ、先週堕とした奴は飽きたから、もうお前らの好きにしていいぞ」


「ありがとうございます!!」


 少年の言葉を聞き、男達は嬉しそうに叫ぶ。

 そして、部屋から退出していった。


「さて。始めるか」


 少年が部屋の扉を閉め、そう言う。


「あ……あ……」


 少女はようやく状況を理解したのか、青ざめた顔で震え出す。

 しかし、もう遅い。

 隷属契約を望んだのは、他ならぬ彼女自身なのだから。


「まずは、立場を分からせてやろう。這いつくばって、尻をこちらに向けろ」


「い、いや……」


 少女は抵抗の意思を見せるが、隷属契約の前に身体が言うことを聞かない。

 少年が少女の体を蹂躙していく。


「う……うう……」


 少女が苦しみと悲しみ、そして若干の悦びが入り混じった声を上げる。

 こうして、哀れな少女の命運は尽きてしまったのだった。

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奴隷狩りから逃げてきた少女に焼き鳥を奢る話 猪木洋平@【コミカライズ連載中】 @inoki-yohei

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