異世界料理研究家、リュウジ短編集⑥〜KAC2022に参加します〜

ふぃふてぃ

星屑漂流アクアパッツァ

「ルティさんや、コレは、ちと不味いのではないかい」

「リュウジさんや、これは遭難というやつだわ」


 俺は異世界料理研究家リュウジ。異世界のあらゆるモノを調理して……。


「リュウジ、どうしょう!」


 ルティは肩より少し短めに切り揃えた黒髪をフリフリとさせ、あからさまに戸惑っている。普段ならば、もう少しは落ち着いて会話が出来るはずだが、此処は海の上。塩辛い風が、より一層の不安を煽るように吹いている。


「だから、沖に出るのは止めようって……このままじゃ、水も食糧も、もたないぞ」

「だって全然、釣れないんだもん。でも大丈夫よ。水なら、ほら」


「あくあしょっと」と控えめな声。ダガーからチロチロと流れる水をコップに注がれ渡される。俺は溜息をついた。


 自分達の住むリゼルハイムより南。カーベルンの港町の海岸……から流されて、現在地は不明。


 食料調達の為に海釣りに来て、安く船を借りられたまでは良かったが「ボウズで帰れる訳ないじゃない」とルティが怒り狂い、沖へと船を漕いだところ突如発生した濃霧によって、遭難してしまった。


「だいたい食糧わね。その鳥が食欲旺盛すぎるのよ。一週間分も持ってきたのよ。でも、その鳥が半分も食べちゃったんだから」


「食べちゃったもんは仕方ないだろ」

「ピューイはアンタの鳥でしょ。飼い主の監督不行よ」


 ピューイはグリフォンの卵から産まれた雛だ。グリフォンは濃紺とグリーンの羽根を持つ巨大な怪鳥だが、ピューイは何故か分からないが暖色系の羽色をしている。雛だからか、とても小さい。その小さな鳥が肩を離れ羽ばたく。


「ピューい、ピューい」

「怒ってないわよ。別に責めてないでしょ」


 ピューイは海面スレスレを滑空。水面下の獲物を啄んだ。自分より遥か大きな魚をボートの中にドサリ、ドサリと落としてゆく。


「おぉ、ピューイ。凄いじゃないか!」

「こんな不細工な魚……食べれんの?」

「まぁ、どうにからなるっしょ」


「クゥーくっく。ルピワグナを生で食すとかマジ笑止。寄生虫がいるかもなのです。煮るなり焼くなりした方が良いのです」


 霧の中。海面に立つゴスロリファッションの人影。黒地のメイド服を身に纏い、夜だというのに日傘をさしている。俺は驚きの余り声を失い、何とか振り絞って出た言葉が「船の上で料理なんて……」だった。


「クゥーくっく。なら、このワタリガメの背中を使うと良いのです」


 影が鮮明になって行く。海面から突如ズーンと大きな島が現れる。ニョキリと水面から顔を出す亀の顔。小柄な少女の佇む場所は、察するに島ではなく亀の甲羅の上。


 苔が生え地面のように見える甲羅。そこからシダのような蔓が伸び、それは絡まり纏り茶色の太い木へと変化をしている。


 ゴスロリ幼女の頭の上を旋回するピューイ。


「クゥーくっく。グリフィンとは珍しいのです。コレが食べたい模様」  


 そう言うと、串に刺さった焼き鳥を翳す。


「グリフィン?グリフォンじゃないのか」


「グリフィンはグリフォンの亜種。我がディシュバーニーにいた時に飼っていたので間違いはないのです。赤い羽根の奇形種。それにしても、あの魔の三ヶ月を超えたとは、クゥークック。面白いのです」


「魔の三ヶ月?」


「産まれてから三ヶ月。外部免疫の弱い雛はグリフォンに比べて、生存率が極めて低い。ディシュバーニーで産まれるグリフィンのほとんどは、生後すぐに無くなり焼き鳥へと姿を変えるのです」


 不気味に笑うゴスロリは右手に持つ焼き鳥をパクリと食べた。


「まさか、その焼き鳥って」

「クーくっく……安心したまえ、コレは海鳥の焼き鳥なのです」


――紛らわしい奴だ。


「さて、我の夕餉が全て食されてしまった。そちらの魚を少しばかり、我に捧げよ!」


「はいはい。それは構わないけど、今は火も調理器具もない」

「君はグリフィンとフライパンを携えているというのに、面白い事を言うのだね」


 そう言って、グリフィンの首を擽ると小鳥はブワリと火を吐いた。湿ったシダに火が灯る。なんと便利なファイアースターター。


「我を崇めよ!ねっ、すごい」

「はいはい。凄い、凄い」


……凄いのはピューイだけどな。


 溜いき混じりにルピワグナをひと口大にカットし、塩を満遍なくふる。小麦粉を付けたら、フライパンを熱し、油を回し入れる。


 魚の表面を少し焦げ目が付くくらいまで焼くと、生臭い匂いが香ばしい薫りへと変わっていく。


「ほほう、コレが我に捧げる供物か」

「まだだ。摘み食いすんな」

「うぅ、腹が減ったぞ」


 巨大な亀の甲羅に付着していた貝を砂抜きする。貝の他にドライトマト、グリーンオリーブ、香草を加え。蓋をして煮込む。貝が開いたら、仕上げに黒胡椒を振る。


「ルピワグナのアクアパッツァの完成だ」

「待ったぞ、待ちくたびれたのです」

「美味しそうね」「ピューい!」


 気づけば霧は晴れ、満天の星空の下で食べるアクアパッツァ。香ばしく焼き上がった魚の身は、ふんわりと中まで火が通っている。


「クゥーくっく。なかなかの美味。我が食すのに相応しい味わい」

「うん、あの不細工な魚な、こんなに美味しいとわね」


 魚自身の甘味と塩味に加え、ドライトマトの酸味が料理全体をサッパリとさせているのも旨味の秘訣だ。香草の薫りが更に食欲をそそる。


「美味いのです。美味いのです。クゥーくっく」

「ところで、ワレは亀に乗って何してたのよ」


 ムシャムシャと陽気に食べていた少女はルティに言葉をかけられて箸を止めた。


「ワレではない。我はディシュバーニーの国家陰陽部、星詠み科所属。ルナ・ガルデニアと言う素晴らしい名前があるのです。クゥーくっく。人は我を闇からの使者。ダーク・ブリンガー・アビス・刹那とも呼ぶ。ソナタ達も……」


「ところで、ルナは何してたんだ」

「ダーク・ブリンガー・アビス・刹那は星を見ていた」

「……。だから、ルナは何で漂流してたんだ」


「キサマは陰陽機関もわからんのですか。占星。王の命令以外の星詠みは御法度。だから人目につかない海に来たのです」


 星を見る為……そんなロマンチストには思えない。ルティも疑問に思っているようだ。


「よくわからないけど、そこまですること?」


「我の友人ナノジャが、この望遠鏡を魔改造したら気づいてしまった。この世界は回っている」


「ハッハッハ、そんなの当たり前じゃないか」

「ハッハッハ、そんな訳ないじゃないの」


「へ?」「え?」


 そうだ。此処は異世界だ。日々、過ごす日常に慣れてきているのか、脳がファンタジーを受け入れている。現実世界の常識が通じる世界ではないのだ。


「リュウジ。さすがにそれはないわ。今も回ってるって言うの。地面は動いてないじゃない。大体、回ってるって事は星は丸いって事よ。そしたら、アタシ達がたってられぬのは、可笑しいわ」


「それは万有引力で……」


 一般的な説明は決定打にはならない。むしろ、今までの常識が正しいのか、考えれば迷ってしまう。


「まぁ良い。知らぬ事を知る事に意味がある。それに我が友人ナノジャに聞けば分かる事。クゥーくっく。アヤツがベスティア大陸にいるらしい情報は掴んでいるのです。我もカーベルンに上陸するのです」


「残念だがな俺達も漂流中。帰り道が分からないんだ」


 ゴスロリ少女は手を腰に当て「クゥーくっく」と高笑いをキメる。


「君達は夜空を見上げて何を見ているのです。お頭が弱すぎるのです」


「何ですって!」とルティがぷんスカと怒るのを、俺はドウドウと馬を落ち着かせるかの如く宥めた。


「星を見れば方角なんて一目瞭然。事は急を要するのです。我が旧友マーガレットの危機が迫っている。我はナノジャに会わなくてはいけないのです」


 そう言ってルナはグリフィンの翼の中を擽る。すると、小鳥は膨張するかのように大きく膨れ上がった。成獣にこそ体格では負けるが、立派な翼を広げ「ピューイ!」と声を張った。


「さぁ、グリフィン。我を船ごと引っ張るのです!」


 そう言うとルナはワタリガメに別れを告げる。先程まで存在していた孤島は夜の海の底へと沈む。


 ピューイは大きな鷲の如き脚で木船を掴むと羽ばたき一つで大空へと飛び上がった。神秘的な巨大な月を横目に、船は星屑の散りばめられた夜空を泳いだ。

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