焼き鳥を食べた男 ~ウミガメのスープ的水平思考ゲーム~

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

第1話 なぜその男は命を捨てようとしたのか?


 ある店で焼き鳥を注文した男がいた。

 焼き鳥を食べた男は店主に「これは本当に焼き鳥ですか?」と訊ねた。

 店主が肯定すると、男は自殺を試みた。

 なぜか?


「などという、水平思考ゲームをやることになりました」


 出題者を任されたぼくは、じつに嫌々、ルールを説明する。

 話を聞いているのは、三名の男女だった。


「早く説明してちょうだい。時間がないの」


 女性――仮にAとしよう――に促され、ぼくは頷く。

 この場では全員の容姿が曖昧になっているので、それ以上の記号がつけられないのだ。


「あなたたちには、順番にぼくへと質問をする権利が与えられています。ただし質問は、YESかNOで答えられるものに限定されます」

「たとえば?」


 Bが問い掛けてきたので、ぼくは首を振る。


「そう言った質問には答えられないということです」

「完全に理解したのじゃ。出題者は質問者の問い掛けに嘘を答えてはならない?」

「YES」


 要領を得たらしいCが、あごひげを撫でながら問いをかけ、ぼくは規定通りに答える。

 これで、他の二名も納得したようだった。


「では、A、B、Cの順番で問い掛けてください。答えがわかったら挙手。すると、一度だけ解答権が与えられます。不正解なら、即失格。なので慎重に。もしも挙手が同時でしたら、直前に質問していた方を優先します」

「パスは可能かしら?」

「YES」


 Aの問い掛けに、ぼくは答える。

 これで全員がおおよそのルールを把握したらしかったので、ぼくはゲームの開始を宣言した。


「では、Aから質問を受け付けます」

「……なら」


 彼女は少し考えるようにして、


「男が食べたのは、本当に焼き鳥だった?」


 おっと、随分クリティカルな質問が飛んできた。

 前提の確認というのは、いつだって大事だ。

 ぼくは慎重に答える。


「YES」

「……まだわかんないわね。どうぞ、B?」

「では――焼き鳥というのは、鶏を焼いたものである?」

「――NO」

「なんじゃと? いきなり話が珍妙な方向に向かっておるのじゃが? 焼き鳥だけど鶏ではないとはどういうことじゃ?」


 C、それは質問かな?


「む。違うのじゃ、混乱しただけじゃ……そうじゃな、儂が訊ねるのは……その焼き鳥の材料は、容易に入手が出来るものかの?」

「NO」

「む、むむ」


 Cは唸り、挙手はしない。


「私の番ね。矛先を変えましょう。男はその店に初めてやってきた?」

「YES」

「次だな。男は以前にも、その焼き鳥と同じものを食べたことがある?」

「――NO」

「だろうね」


 ここで、Bが順当だといわんばかりに頷く。

 それはそうだろう。


 この水平思考ゲーム――原題をウミガメのスープというのだが――店で食べたスープと、男が昔食べたことがあるスープでは差違がある、ということが大事な要素であるからだ。


 さて、同じものを食べたことがないと理解した彼らは、はたしてどんな問いを発するだろうか?


「儂の番じゃが、よしひとつ賭けてみるか。男が食べた焼き鳥は、特殊なものである?」

「YES」

「なら、私はこう訊ねるわ。その焼き鳥は、食べるとなんらかの薬効がある?」

「YES」

「ふむ……焼き鳥の材料は、調達が難しい?」

「YES」

「焼き鳥の材料は、現実的なものではなかったりするかのう?」

「YES」


「「「――――」」」


 三人の間に、緊張が走った。

 必要な情報は、ほぼ出そろったからだ。

 Cが勢いよく手を上げる。

 Aもあげる。

 同時。

 ゆえに。


「Cの解答を優先します。答えは?」

「焼き鳥の材料は猛毒の生物――あるいは生焼けで雑菌が繁殖していたのじゃ! だから男は死んだ! どうじゃ!?」


 答えは。


「――NO」

「そ、そんな」

「では、Cは失格とします」

「待ってくれ、儂には病気の孫が――」


 そこまで言いかけたところで、Cの姿が消滅した。

 この輪廻から外れたのだ。

 彼にはもう、このゲームへと参加する権利はない。二度とを訪ねることは出来ない


 消えたCを見て、Aは顔を青ざめさせ、Bは首を伸ばした。

 ……長い沈黙。


「これ、私は解答しなきゃいけないのかしら……?」


 おっと、そういえば、そのあたりのルールは決めていなかった。

 ぼくは「お好きなように」と答える。

 彼女はしばらく悩んだ末に、


「質問を続けさせて頂戴」


 と、言った。

 了承する。


「何かがおかしいのよ。焼き鳥を食べて死んだのなら、それは毒物である可能性が高い。でも、答えは違った。なら、何かが間違っている。私たちが、錯覚し、読み違えている。それはなに……?」


 ブツブツとつぶやく彼女は。

 やがて「パス」と告げた。

 自分の質問が、利敵行為になることを避けたのだ。


 質問の権利が、Bへと移る。

 Bは何も変わらない様子で。


「男は本当に死んだ?」


 と、問うた。

 Aが顔を跳ね上げる。

 その視線が、ぼくへと集中する。

 ぼくは――頷いた。


「NO。男は自殺を試みただけだよ」


 Aは挙手しようとして、ギリギリのところで思いとどまった。

 Bが、まったく動かなかったからだ。

 それは、この情報を持ってしても、決定打にはおよばないことを意味していた。

 彼女は考える。

 必死で、命の全てを費やし、これまでの人生をなげうって、この狭間はざまの地――異界の店屋で推理に推理を重ね、沈思黙考ちんしもっこうし。


「――あ」


 やがて、真理に巡り会う。


「……男が食べたものは鶏ではない。毒物でもない。以前に食べこともなく、調達は難しい。なにより、食事のあと、男は自殺を試みたが――


 つまり?


「質問、男が食べたものは――不死鳥の肉?」


 問いの答えは。


「YES。それはフェニックスの肉だ」


 Aは挙手した。

 Bはそれを黙ってみていた。


「解答。男はフェニックスの肉を食べ不死身になった。だからそれを試すために自殺した?」


 ぼくは満面の笑みを浮かべ、拍手を送った。


「YES。正解だ、A。君は、ここでのゲームに勝利した」

「や、やったー!」


 諸手を挙げるA。

 彼女のまえに、どこからともなく湯気を上げた焼き鳥が現れる。

 彼女はそれを手にすると、迷うことなく口にした。

 咀嚼そしゃくし、嚥下えんかし、彼女は忘我の笑みを浮かべる。


「出題者さん、最後にひとつ質問させて」

「…………」

「私はこれで、不死身になった?」


 ぼくは。

 ぼくは当然の答えを、彼女へと返した。

 即ち。


「YES」


 ――と。



§§



 かくて、Aは不死身となり、現実へと帰って行った。

 あとには、Bだけが残り。

 やがてBは、翼を大きくはためかせてみせる。


 ぼくは訊ねる。


「あなたは、これで満足なんですか? というか、なんのために、こんなゲームを?」


 それは。

 Bは。

 焼き鳥の材料であるBirdトリは、答えた。


「なに、気まぐれだよ。不死身の人間ほど、面白い玩具おもちゃもないからね。知っているかい? 彼女は自分を裏切った人間に復讐し、その親族、一族郎党を根絶やしにするため、不死身になったんだよ?」


 それは、それは。

 なんとも趣味が悪いことで。


「はっはっは。同族はみな、悪趣味なのさ。そうだな……なんなら君も、死ねない身体になってみるかね?」


 店の外、因果の彼方かなたへと飛翔していきながら、不死鳥はそんな問いかけを投げてきた。

 ぼくはひとつため息を吐き。

 この場にいた質問者達にならって、誠実に心情を吐露するのだった。


「絶対に、NOです」


 ――と。

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