9  手首、追いかける

「あぁ、あった、あった。ここだ」


 廃屋はいおくと言ってもいいような古屋が今回の目的地だった。見るからに、いかにも出そうだ。


 今回もそうさんに車を出してもらい、人狼兄弟も一緒だ。隼人はやとが鎌倉に出かけた3日後、と言っても深夜0時を過ぎたので、正確には4日後の事だ。奏さんが店を閉めるのを待って出かけてきた。時刻は既に丑三うしみどきに近い。


「うひゃあ、こりゃ出るわ」

僕の気持ちをみちるが代弁する。


「出るから僕たちが来たんじゃないか」

と、さくが鼻で笑い、

「出るって、なんか、自分が言われてる気分だ」

と、奏さんが笑った。


 楽園都市は、バーベキューに行った『こども自然園』に近く、むしろ裏山の裏って感じの位置関係だ。その裏山に隠れるように廃屋はあった。場所からして、紅実那くみなさんがらみだろうけど、隼人は紅実那さんの名を今回は出していない。


「いい時間だ……」

 鬱蒼うっそうと茂った生垣いけがきの隙間から乗り入れた車のエンジンが止まると、そう言って隼人が車を降りる。続いて僕たちもバラバラと車を降りていく。


「うーーーん、やっぱり妖怪じゃあないのかな」

廃屋の周囲をぐるりと見回してから、隼人がつぶやく。

「妖怪じゃないって?」

満が問う。

黄泉よみの国にいるべき存在、ってとこかな?」

と、隼人がかすかに笑う


 うーーーん、隼人、僕もその一人じゃないの? 人間だった僕は死んでいるのだから。


「バンちゃん」

と呼ばれ、ついギクッとする。

「どうした、そんなに驚いて?」

隼人は不思議そうな顔をして、満が馬鹿にしたように笑う。

「自分もおけのくせに、お化けが怖いんだ?」


「そうじゃないって」

僕の言い訳を無視して、

「どうでもいいからバンちゃん、ちょっと、そこの取れかけた戸から、中に入ってよ」

と、隼人が言いだす。


「え?」

「ここにみついてるのは『手』の妖怪だかお化けらしいんだ。バンちゃん、手に好かれるじゃん」


手って、頬撫ほほなぜの事か?


「ちょ、ちょ、ちょっと待てよっ!」

「首、められるかもしれないから、気を付けてね」


隼人ぉ! 僕が殺されてもいいのかよっ!


「バンちゃんはこれ以上、死なないけど、朔もミチルも奏さんも、まだ生物として存在してるから。ここはバンちゃんしかいない」


―― はい、承知いたしました。おっしゃる通り、でも、その言い方、僕の事、またいじめてるよね?


 あきらめて、こわれた引き戸の隙間から中をのぞきこむ。


「あ、いい忘れた。『手』が出てきたら、取りえずここまで逃げてきてね」


隼人が後ろから声をかけてくる。それって、やっぱり捕まったら殺されるってことなんじゃない? 本当に僕は二度と死なないんだろうか?


 内部には光が全く届いていない。ぼんやりと、何かがごちゃごちゃ置かれて荒れ放題なのがかろうじて判る程度だ。


「何も見えないよ」

と声をあげると、うっすらと明るくなった。隼人が神通力を使ったのだろう。


 恐る恐る足を踏み入れ、玄関に入り、がりがまちにあがる。きしむ廊下は奥まで続いているようだ。広い入り口のには仕切りの衝立ついたてが置かれ、その後ろは奥へと続く広い廊下になっている。その廊下をギシギシ言わせながら、僕は奥へと進んだ。廊下の両側に、やはり壊れたふすま障子しょうじに隔てられた部屋が並んでいる。仕切りが壊れているのだから、室内は丸見えだ。がされたような畳があるだけで、これと言って調度品があるわけでもない。金目かねめの物はすべて持って出た、そんな感じだ。


 肝試きもだめし気分を味わいながら進んでいくうち、きっちりと襖が閉められた部屋に出くわす。他と比べて襖の損傷が少なく、中の様子は判らない。


 これ、中を確認しておかなきゃ、隼人が怒るよね?


 そっと襖を開けようとしたが、そうは問屋とんやおろさない。廊下と同じでギシギシきしませながら、やっとの事で僕は襖をあけた。


「……」


 12畳かな? 広い部屋だ。その広い部屋の真ん中に、屏風びょうぶが立っている。絵柄がこちらに向いていて、色鮮やかな十二単じゅうにひとえがまず目にはいる。百人一首を連想しそうだ。顔がない。――顔がない!?


「う、うわっ!」

 十二単の女性の手はおうぎを持っている。百人一首ひゃくにんいっしゅなんかだと、その扇で顔を隠しているもんだ。でも、でも!


 屏風の中で扇が手から落ちる。そしてそこにはあるはずの顔がない。いや、そもそも、絵だぞ? なんで扇が落ちる? そして扇を持っていた手が動く?


「隼人!」

 叫ぶが早いか僕はけだす。動き出した手は、絵の中からスルスルと伸びて、僕を追いかけてくる。


 首を絞められるなと隼人は言っていた。捕まったら首を絞められるという事? 頬を撫でるどころじゃすまされない! 入り口の間の衝立を蹴飛けとばして、僕は外におどり出た。


「はい、ゴール!」

 隼人の声が聞こえ、勢い余った僕を朔が抱き止める。朔に抱き止められながら振り返ると、スルッと『手』が建物の外にまで伸びてきたところだ。


「はい、捕獲ほかくぅ~」

再び隼人の声がして、玄関横に控えていた奏さんが『手首』をつかむ。


「%$△◎!!!」

叫ぶような声と言うか音がして、次には家の中から物がぶつかり合う音がし始め、それがどんどん近づいてくる。


 ガシャーーーン! ついに屏風が玄関の引き戸にぶち当たった。『手』が伸ばしていた腕(?)を縮めて屏風に帰ろうとしたのに、奏さんに捕まえられていて、逆に屏風を引き寄せた。


「ふーーーん。綺麗な着物だね。十二単?」

 屏風を覗き込む隼人の後ろから、

「その、絵の足元にある扇、最初はそれを持ってたよ」

と僕が言うと

「扇ね、これも綺麗だね。でも関係ない」

と、隼人が馬鹿にする


 あ、そうですか、余計な情報ですいません。


「さぁて、どうしようかな? 手首、切り落とそうかな? それとも十二単、脱がせちゃおうかな?」

 奏さんに掴まれたままの『手』がガタガタ震えているように見える。


「隼人、女性の服を脱がすのはどうかと思うぞ?」

奏さんが意見する。


「そんなに力いっぱい手を握っているのもどうかと思うよ?」

「だったら離すか?」


えっ? 奏さんが隼人の返事を待たずに『手』を離した。『手』は絵の中に戻り、扇を拾うと、を隠し動かなくなった。一見ただの絵だ。


「案外、簡単だったね」

と隼人が言えば、

「そうだな」

と奏さんが答える。

「んじゃ、引き揚げよう」

奏さんが屏風をかついで、車に戻った。


「ねぇねぇ、その絵、どぉすんのお?」

 奏さんにまとわりつくように満が問う。

「駄目だ、満、何でも欲しがるな」

朔が満をたしなめる。

「うちの玄関に置こうよ」

「邪魔なだけだ」

朔はとりあわない。


 てか、そんな屏風、置いて大丈夫なのか? それより、屏風が置けるほど、朔たちの住処は広いのか?


 屏風はパタパタと折りたたまれ、車の荷台に奏さんが積み込んでいる。それを見ながら隼人が

「奏ちゃんが明日、雲大寺に持ってく。住職が供養くようしてくれる手はずになってる」

と、言う。


 雲大寺の住職は奏さんの知り合いで、隼人をはじめ、僕も人狼兄弟も、門の前までしか行けない。隼人は異国の神だし、人狼兄弟は大口真神おおぐちのまがみの子孫だし、僕に至っては吸血鬼だ。お寺に行けるはずがない。


 ただ、奏さんだけは神でも、お化けでもない妖怪だから、境内に入れるし、住職とも付き合える。隼人と組んで、人間に危害を加えないと奏さんが決意してかららしい。


「供養って?」

 尋ねる僕を隼人がチラリと見る。


「その昔、あの屏風の前で首を切り落とされた女の血が、あの屏風に飛び散った。女はうらみと生への未練で夜な夜な首を探し回っている。ってところだね」


屏風を積み終わった奏さんが、タバコに火を付けて、煙の行方を見守っていた。

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