真夜中のけんた

福守りん

真夜中のけんた

 真夜中。

 うちのぞうきん猫が、あやしい動きをしていた。

 マンションの部屋の台所のあたりで、ふしゃふしゃ言っている。

「けんた。どないした」

 ぞうきん猫の名前は、けんた。ケンタじゃなくて、けんた。おれのこだわりだ。

 暗がりの中で、おれを見あげる気配がした。なーんと言った。

「まさか。はらへったとか、言わんよなー。真夜中やで」

 ごはんは、たっぷりあげてるはずだ。そう思いかけて、思い直した。

「野良は、夜行性かもなー」

 おれが寝た後で、ひとりではしゃいでいたのかもしれない。そのせいで、ひもじくなってしまったんだろうか?

「出してみるかあ」

 洗っておいたごはん皿を床に置いて、カリカリを少し出してやった。うわーいみたいな気配がして、食べはじめた。

「まじか……」

 本当にひもじかったらしい。


 けんたは、ごはんをぺろりと食べて、水を飲みはじめた。

「飲みすぎは、あかんで」

 うなーいと返事が返ってきた。

「猫って、こないしゃべるんやな」

 うちにつれてきてから、野良だった時よりも、もっとしゃべるようになった気がする。

 おれが預かると決めてから、いきつけの獣医さんを決めて、全身のチェックと、避妊手術をお願いした。幸い、病気はなさそうだと言われたので、ほっとした。

 けんたがいた野良のグループは、かなりの大所帯で、子猫もおおぜいいた。こんな大きな体のけんたを育てるよりも、子猫を数匹引きとったほうが、地域社会のためにはよかったのかもしれない。

 ただ、おれは、けんたの体に描かれた、まるで宇宙の真理をうつしとったような謎めいた黒と茶と白の模様にノックアウトされてしまったので(ぞうきん猫は、けんただけだった)、とにかく、この猫をうちの子にしたいという情熱に突き動かされていたのだった。

 まともにしたことはないが、恋愛に近かったかもしれない。


 けんたと過ごす時間は、おれにとって、いやされるばかりだった。

 おれは漫画家で、うちで仕事をすることがほとんどなので(打ちあわせ以外は)、けんたもさびしくはないだろうと思う。

 少し前にてっちゃんがうちに来て、けんたに猫缶をくれた。

 てっちゃんを見て、けんたが威嚇するかと思ったが、しなかった。てっちゃんは、おれの親友なので、それを察してくれたのかもしれない。


「けんた。寝ないんか」

 遊びはじめてしまった。あっというまに駆けあがったキャットタワーの最上段で、どやっている。

「暗いとこで調子のっとると、ケガすんでー」

 なーいと返ってきた。ないらしい。


 どうせけんたが起きてるなら、明るくしてもいいかと思って、作業机のスタンドライトをつけた。

 ペンタブを起動するほどではないが、描きかけのネームの見直しをしたい。今は連載は一本だけで、それも、三巻の売りあげによっては、はんぱなところで打ち切りになりそうな空気を感じていた。

 正念場だ。


 集中して直しを入れていたら、明け方になっていた。

「あかん。もう、こんな時間か」

 けんたの姿を探した。まだ、起きてるんだろうか?

 いつもの寝床(おれのベッドの上)で、すやすやーと寝ていた。

 神々しい姿だった。


「かわいいなあ……」

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真夜中のけんた 福守りん @fuku_rin

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