2014年6月3週②

あごの涎を掬った指は、マリさんの口の中に吸い込まれた。

あまつさえ『美味しい』と言葉を残して。

その口が耳元にやってきた。

『利き耳』とか言ってた。

『探す』とか言ってた。


わたしの右で囁きながら、指で左耳を弄ぶマリさん。

『可愛い』とか『エッチ』とか言われてるけど、そんなことよりも触られてる左耳がくすぐったい。

『可愛い』なんてこんな距離で言われたことないし、恥ずかしい。

『エッチ』なんて人に言われたことないから、もっと恥ずかしい。

でもそんな恥ずかしいがどうでもよくなるくらい、くすぐったい。

指の腹で耳の輪郭をなぞられて、くすぐったい。

爪で耳の中を触られてくすぐったい。

みみたぶをぐにぐにされて、くすぐったい。

くすぐったくて息が漏れる。

我慢を繰り返してたら、ずっと息を吸いっぱなしだったみたい。

いつの間にか肺が空気でいっぱいになってて苦しかった。


「ひゅぅっ!」


右耳が舐められた。

今までささやかれてた右耳にマリさんの舌が這う。

マリさんの涎の音がぺちゃぺちゃ聞こえる。

キスの時と比にならないくらい、直接響く水音。

どこを舐められてるのか分かんない。

もう耳が全部舐められてる。

耳の穴まで舌が侵入してる。

マリさんの吐息が当たる。

それもくすぐったい。

アマガミされる。

ぐりぐりと歯が押し付けられる。

痛くすぐったい。


「ふぅ。ようやく声が出たわね?強情ね?」

「そ、そんなこと…………。」

「約束の3つ目。『声を我慢しない』。こういうことよ?分かった?」

「…………。わかりました……。」

「うん、素直でよろしい。この後はもうちょっと声出ると思うから。我慢しないでね?」

「…………はぃ。」

「あと、声漏れたとき気持ちよかった?」

「あー、たぶん…………?」

「たぶんって……。そっか、いつもあんな風にちゃっちゃかイって終わらせてるんだもんね。よく分かんないよね?」

「ちょっ、そんな言い方。」

「でも事実でしょ?認めちゃいなさい。そして覚えときなさい?あれが気持ちいいってことよ?」


言い終わるが早いか、左耳に水音が響く。

舐められた。

穴の中まで。

全部。

右耳には爪がたてられる。

こしょこしょ小刻みに動くように爪が当てられる。

くすぐったい。

左耳からマリさんの吐息が響く。


右耳から手が離れる。

唇に指が触れる。

マリさんの涎でべとべとした指が、わたしの唇に触れる。

ゆっくりと唇の輪郭がなぞられる。

マリさんの涎を塗り付けるみたいに。

汚い。

汚い気がするのに、嫌な気持ちにならない。

きっと、わたしの耳を気持ちよくしてたものと一緒だから。

今も左耳は、これと同じ液体に汚されてる。

不思議と嫌な気持ちじゃない。


指が唇の中心でとまる。

ちょっと舌で突いてみようかな。

唇を開く。

開いた隙間から舌を出すよりも早く、マリさんの指が滑り込んでくる。

ちょっとしょっぱい。

くぁたしの舌がまとわりついてるのか、マリさんの指が躍ってるのか分からない。

けど、2つだったものは、1つになったみたいに動く。


歯茎の隅から隅まで指でなぞられる。

それを舌で追いかける。

口の中で追いかけっこが始まる。

ぐるぐる回る。

追い付けない。

マリさんの指が先回りしてる。

追いかけてるはずだった舌は、いつの間にか追いかけられる立場になっていた。

ぐしゃぐゃになる。

指が出ていく。

わたしの口の中から出ていく。

それを追いかけてわたしの舌も外へ出る。

舌が外界へ顔を出した。


舌が、何かに包まれた。

マリさんの顔が目の前にあった。

いつの間にか耳でなってた水音もしなくなってた。

代わりに顔の正面から、水っぽい音が響く。

わたしの舌がマリさんに吸われる。


キスとは違う。

でもキスみたいに気持ちいい。

キュッキュッと音を鳴らして、わたしの舌を吸うマリさん。

マリさんの目と視線がぶつかる。

ニコっとまた目が笑う。

チュプッという音と共に舌が解放される。


呼吸が荒い。

全力疾走した後みたいに肺が辛い。

わたしの顔の上でマリさんはニコニコしてる。

なんか恥ずかしい。


マリさんが後ろを向く。

体が離れる。

え、ちょっと待ってよ。

おいてかないでよ。

体を起こす。

でも、マリさんは跨ったままだった。

だからわたしは腕をついて、上半身を起こすだけ。

それ以上は動けない。

わたしの体が起き上がった時にはマリさんはこちらに向き直っていて。

スマホを向けられた。

カシャリ。


あ、写真撮られた。

え、ちょっと! まって!写真 !?

それはちょっと!


「慌ててるわね?どうしたの?」

「いやだって、写真!それはちょっと、やばいじゃないですか!止めてください! 消してください!」

「消してあげるわよ?当然じゃない?」

「え、じゃあなんで。」

「今あなたどんな顔してるのか分かってる?そんな顔で外出たら一瞬で襲われるわよ?」

「え、どんなって。襲われるって。」

「後でこの写真見せてあげるから。そのあとちゃんと消してあげるから。」

「…………。」

「キスだけでどんなふうになるのか、これを見て理解しなさい。そのための写真よ。」

「……はぃ。」

「うんうん。やっぱりちはるちゃんは可愛いわね。」

「ちょっ、だから可愛いなんて。」

「『可愛い』と思うのは私の感情よ。人に指図されることじゃないわ。だからいくらでも言うわ。可愛いわよ?ちはるちゃん。」

「…………。」

「さて、だいぶ疲れてる顔してるけど、まだ前戯の前半が終わった程度よ?まだまだ続くからね?」

「え…………。」

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