13 10フィートの棒があったところでなんの役に立つっていうんだ?

 九鬼城砦くきじょうさいでの1週間が過ぎ、8日目を迎えた朝。


 宿屋から出た僕らは、天井魔灯ランタンの、朝時間だけやたらと強くなる光に目を細めながらいつもの道をたどりっていた。




 九鬼城砦くきじょうさい、朝の壱番街は、独特な空気に包まれている。




 夕方以降の喧噪とは打って変わって人通りは少なく、ぽつり、ぽつり、さまざまな冒険者、パーティが言葉少なに歩いている。ものものしい武装に身を固めた彼らを見込んで、道具屋、研ぎ師、お弁当売り、屋台教会(御布施するとバフをかけてくれる)などが、簡易的な出店を開いている。


 けど客引きの声はない。


 彼らはこの時間の冒険者に何を言っても無駄だとわかってる。


 誰もがこれからの冒険に心を躍らせると共に、ひょっとしたら自分に、そして隣にいる友人に、恋人に、仕事仲間に降りかかるかもしれない死を、避けられないリスクとして飲み込んでいる。いつも陽気で仕方ない非定型の火炎人フレイマでさえ、この時間はちろちろ、ガスコンロのとろ火みたいにおとなしい炎をまとうのみ。とうてい表情のわからない屍人種ゾンバスでさえ、腐りかけた唇をきゅっと結んでいるのがわかる。


 2割か、ひょっとするとそれ以上の確率で死ぬ仕事にでかけるとき、生き物はみんなきっと、こういう顔になるんだろう。




 僕は少し息をついて、歩みを進めた。




 初台地下のあのタワマン的な隠れ家が恋しくなるけど、時間の流れが違うなら、クリアまでここにいなきゃならない。ちょっと目を離した隙に繚夜の中では1年2年が流れて悪鬼ゴブリンたちが手のつけられないほどレベルアップしていた、なんてことがあったら目も当てられない。


 門番に挨拶して、ワープで弐番街に入ったら、まずはリサさんの索敵、そして地図確認。彼女の趣味的なスキルだった地図作成カートグラフィは、ひょっとすると迷宮探索で一番使えるスキルかもしれない。


 悪鬼ゴブリンが作った質の悪い紙に、リサさんの手で記されていく地図。当然、5分の1ぐらいしか埋まっていない。っていうか、この紙1枚で足りるのかもわからないし、自分たちの居る場所がわかることも少ない。


 けど、これを埋めていけばいつかは最後にたどり着ける、って希望は、迷宮探索でなによりも大事なものかもしれない。


 周囲の索敵を終えたら、事前の打ち合わせ通り、中央部、繭の形をしてるビルを目指す。たしか本物の新宿では大きな本屋さんとか専門学校とかが入ってる、ランドマーク的なビル。弐番街の中ではある程度、そういう建物は再現されている。もちろん天井があるから、高さは実際の3分の1程度だけど。


 弐番街を踏査してわかったことだけど、ランドマーク的な目立つビルは悪鬼ゴブリンたちも好きらしく、いろいろ仕掛けられている場合が多い。当然、モンスターもたくさんいるし、その分ドロップや魔石もおいしい。中には発明家が隠しているお宝がある場合もある。


 ただ……今の僕たちがレベル25。


 レベルを上げられる相手はそろそろ少なくなってきている。レベル30代の相手は、あの戦車以外、弐番街でお目にかかったことはない。それでも、27や29は時々いるから、そいつらを目指すわけだけど……そんな都合の良い相手だけが出てくる狩り場、なんてのはあるわけなく、必然的に、たくさん相手にすればそれだけ出てくる確率も上がるだろう、って方式でやってかなきゃならない。ちなみにスライ・スライはゴブリンだから、人間のように同等レベル以上の相手でないと経験値が入らない、ってことはないはずなんだけど……人間とパーティを組んでいるとその限りではないみたいだ。


 途中の消耗を避けるため、極力忍びながら行動して、なんとかタワーの入り口まで、誰とも遭遇せずにやってこられた。僕らはほっと息をつく。


 普通に歩いているだけで、ここでは体力を消耗する。誰かが、なにかが襲ってくるかもしれない、それで死ぬかもしれない、っていうのは、味わったことのないストレスだ。高速道路に自転車で入ったら近い感覚は味わえるかもしれない。


 そびえ立つ、繭のようなビル。

 装飾によくよく目をこらすと、ビルの周囲に太い糸が幾重にも絡みついてて、それで繭のように見えるんだ、って気付く。さながら巨大怪獣が産み付けた蛹の繭だ。とはいえ中身は普通のビルで、幼虫が入ってたりはしない。再現する建材が足りなかったんだろうか?


 ビルの入り口でわずかな小休止。

 自分たちの装備、スキル、戦術を再確認。




「よし……じゃ、行こう」




 そう言うと、みんなが言葉なく頷く。




 ビルの入り口はまるで、校門みたいだった。

 大きく開け放たれたそこは、戦車が四台は余裕ですれ違えそうなほどの広さで、薄暗い内部は杳として知れない。戦車、ってことでイヤな予感が頭をよぎったけど、建物内部に出してくるほど悪鬼ゴブリンもバカじゃないだろう。自分にそう言い聞かせ、僕たちは歩き出す。




 門をくぐる。




 ……。




 ……。




 ……。




 空気が重く、暗く、湿っている。




 体にまとわりついてくる。




 まるで洞窟の中みたいに足音が響く。




 杖に灯りをともす。

 1階はホールのようになっていて、反対側の壁もはっきり見えない広さ。僕らは左手を壁に伝わせ、ホールをぐるりと回ってみることにする。




「ボス戦でもできそうな広さだな……」




 あまりの広大さに、思わず、呟いてしまう。




「フラグみたいなこと言わないでよー」




 でも色葉は、少し楽しそうな口調。




「でも今なら、あの戦車でもワンチャンあるんじゃないか、って気がしてるよ」




 レベルをあげ、スキルを積み、経験を重ねた。1週間前の僕らと比べて、遙かに成長を実感できている。冗談のつもりで言ったけど、言ってみたら案外そんな気がしてくるから不思議だ。




「あはは、ちょっと、ね。あくまでワンチャン」


「ふふ、そうかもしれませんね……ボク、ずっとあの戦車相手の対策を考えてるんですけど、案外なんとかなるかも、って策は結構できました」




 と、僕らが会話していると




「……ふぁ、ふぁ、ふぁ……」




 スライ・スライが嗤い、その声がホールの中に響いた。




「なんだよ、僕らが調子に乗ってる、って言いたいのか?」

「いいや、戦いにあっては大いに調子に乗るべし、がゴブリンのならいよ。後ろ向きな戦士など、甘さを抑えたお菓子程度の意味しかない」


 それはそれで結構意味があるのでは、と思ったけど……甘いもの好きのゴブリンにしてみれば、最高時速30キロの新幹線、ぐらい意味のわからないものなんだろう。


「まあ……でも、思うよ、この4人なら、なんとかできるってさ」

「もー、死亡フラグみたいなこと言わないの」

「あははは、でもさ、思わない?」




 かち。




 その音がしたとき僕はとっさに、フラグ回収早すぎだろ、って思いと、嘘だろ弐番街には罠がないんじゃないのかよ、って思いが同時に来て、たいした反応はできなかった。唯一、色葉だけがなにか、素早い動きを見せていたような気がするけれど……




 ……遅かった。






「…………はい?」

「………………あ、そういう……」






 気付くと、僕と色葉は見たこともない部屋にいる。






 全身の皮膚が波打つような奇妙な感覚……転移の感覚だった。

 壱番街から弐番街にワープするときも、こんな感じがした。

 つまり僕らはワープの罠を押してしまった、ってところだろう。


 部屋、というか……小さめの教室、大きめの会議室、ぐらいの場所。長机にパイプ椅子、ホワイトボード。ごくごく普通の蛍光灯の白い明かりが周囲を満たしている。今にも、スーツの大人たちが入ってきて打ち合わせを始めそうな空間。




「…………ここでは剛力を試す。準備ができたら、扉を開けよ……」




 ホワイトボードに乱暴に殴り書かれた日本語を、読みあげる。


 僕と色葉は顔を見合わせて、それから辺りを見た。




 誰もいない。

 僕ら以外には。




「じゃ……向こうでは……知略を試すのかな」




 古典的なパーティ分断トラップ。

 ゲームで僕の覚えているやつだと、パーティを2つに分けて2つの塔の左右に上っていって、屋上で同時にボスバトル、みたいなやつとか、性質の違うパーティじゃないと入れないフロア、なんてのがあって、2パーティを運用しなきゃいけないダンジョンとかがあった。これも、その手のヤツだろう。

 でも弐番街でそんなものがあるなんて、誰からも聞いたことがなかったけど……


 ……この迷宮、九鬼城砦くきじょうさいは、悪鬼ゴブリンたちが日々運営中・・・・・のものなんだ、と考えると、おかしくはない。




 連中、アップデートしやがった。




 ……ったく、熱心な運営で助かるね。




 とはいえ僕は、そんなに怯えちゃいなかった。


 九鬼城砦くきじょうさいは誰もが経験値を稼いで強くなる場所、って建前がある以上、即死トラップは絶対ない。その場合経験値が罠制作者にしか入らないから、誰にとっても単純に損なのだ(悪鬼ゴブリンたちだって当然、パーティを組んでいる)。それに知恵を試すっていうなら、リサさんがいれば……


 ……と、そこまで言って、色葉が青い顔をしていることに気付いて、僕も気付いた。


「スライ・スライが、いない」

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