02 夜に狂って

「モンスターなのに……カチコミみたいに来るんだな……」


 2階の窓から玄関に面した道路を見下ろすと、身長1メートル程度のなにかが大量に、軽トラの荷台に乗っているのが見えた。いかにも高そうなスーツや、カラフルなジャージを着込み、手には小さな体に到底不釣り合いな、白木の鞘に入った日本刀や、ナイフ……というよりドス、そして拳銃。


 そして、頭上に見えるウィンドウには……。




〈Lv.06 悪鬼小悪党ゴブリン・ちんぴら

〈Lv.09 悪鬼八九三ゴブリン・ヤクザ




 毎度お馴染みザコモンスター、緑色の肌の小鬼、ゴブリンが、ヤクザみたいな格好と武装とステータスで、僕の家の前に軽トラで乗り付けてきている。エンジンが止まり、運転席から降り立ったのは……


 〈Lv.12 悪鬼若頭ゴブリン・チーフ スライ・スライ・ゴグル〉。


 周囲のスーツよりさらに一回り高価そうな、ヤクザっていうよりイタリアンマフィアみたいなオシャレなスーツ。一体全体、身長1メートル足らずのゴブリンに合うスーツをどこから見つけてきたんだろう? それにあの、マフィア映画で偉めの人が首からぶら下げてるなんか布みたいなのをちゃんとつけて、地面に引きずっていない(用語解説※1)。ますます謎だ。若頭チーフは陽気な悪魔みたいな顔できぃきぃ喚いてる。ゴブリン語かな。


「……見えました。ステータス共有します」


 リサさんが呟くと、僕の視界にあらわれるウィンドウ。今見えていたレベルと職業と名前、ヘルプの言い方で言うと称札タグ以上のものが、見える。


〈スキル:

  悪鬼指導ゴブリン・コマンド:03

  悪鬼演説ゴブリン・スピーチ:03

  悪鬼戦闘術ゴブリン・ファイティング:05〉

  第二言語:日本語だいにげんご・にほんご:01〉


〈突出能力値:知性8+〉


 こいつはまったく……必須レベルのスキルだ。




「……ちょっと待った、あいつ、日本語しゃべれるの?」


 すでに戦闘態勢を整えている色葉が、意外そうな声を上げた。僕とリサさんも少し、顔を見あわせてしまった。




 どうして僕らがこんなことになってるかと言えば。




 学校から僕の家にたどりついたのが昨日のこと。その日はメニューから、正式にリサさんとパーティを組んで、いくつかのテスト。リサさんの管理視点サイトでパーティメニューを見るとそこには……なんというか……そこに書いてあったことをそのまま書くと……


〈血縁関係以外で、もっとも長い時間を共に過ごした者同士は、自動的にパーティとみなされる(解消不可)〉


 とのこと。そりゃ、一緒の病院でだいたいおんなじ時間に生まれたらしい僕らがそうなのは当たり前と言えば当たり前なんだけど……リサさんが僕と色葉を、羨ましそうな恥ずかしそうな顔で見ていたのが、なんだか妙に印象的だった。

 で、それからこれからの方針なんかを決めて、予測されるだろう戦闘の対処方法なんかを決めているウチ、自然とそのまま居間で寝ちゃって……


 ……なにか猛烈な声が外からするので起きてみると、家の外に、ゴブリンを満載した軽トラ。慌てて2階に逃げてきた、って流れ。


「そりゃ、ちんぴらとヤクザと若頭わかがしらなんだから、しゃべれるんだろ。それより若頭、これ……ネームドってこと? ひょっとすると、ユニーク、的な?」

「だ、だと、思います。他のゴブリンには名前、ついてません。けど……ネームドに関する情報は、どこにも……」


 〈管理視点サイト〉が練度5になっても、まだまだ隠されている情報は多いようだ。ユニークはHP10倍的な設定じゃないといいな、アレかったるすぎる……なんて思いながら僕は改めて軽トラを見下ろす。

 よくよく見ると荷台の中心には、大きな黒い球体があった。

 不思議なのは……直径1メートルぐらいの真っ黒な球が、どう見ても、浮かんでいるようにしか見えないこと。すると……?


「コア的なやつかな……縄張りを、広げにきたってところか?」


 ネットで調べたところによると、新宿しんじゅく渋谷しぶや池袋いけぶくろ秋葉原あきはばら東京とうきょうで有名な場所が、人間の生存者ほぼゼロ名の修羅の国になってるって話……まあ、ちらりとでも新宿方面を見れば、はっきりわかる。


 煌めく高層ビルの数々が、狂っている。


 正気をなくした建築家が錆と骨と腐肉を建材に、忘れ去られた神々に再び世界を支配させるため、一心不乱に踊りながら建てたような狂った巨大建造物の数々。時折元のビルの面影、繭のような意匠やツインタワー形式が残っていて、元々あそこは新宿の摩天楼だったんだ、って思い知らされる。じっくり見てると、これは現実なのか夢なのか、ネットで回ってくるバズりやすいアーティスト作品なのかがまったくわからなくなって、自分の正気が疑わしくなる。


 おまけに新宿地域全体がまるで、夜を捏ねて作ったドームのようなものに囲まれていて……朝に見るとはっきりわかる。




 たぶんもう、あそこに夜明けは訪れない。




 夜に包まれている。狂った夜に。




 永遠の夜の中、狂ったビルが、禍々しい光をぎらぎら、地球が終わるその日まで放ち続ける。それまでの日常、僕たちの平穏だった地球が、帰ってこない証として。ポエムがそんなに好きじゃない僕でも、思わずそんな描写をしたくなる景色だ。


「ちょっとちょっと、私の精神面をもっとケアしてもらえません? モンスター相手でも、日本語が通じるってなったらさすがにちょっとアレなんですけど」


 僕が狂ってしまった新宿を見ている間にも、ぐっ、ぐっ、と準備体操に余念がない色葉。


「……よし、じゃあここは逃げよう。都内を抜けて異界的な場所になってないトコに避難しよう。リサさん、適当な場所タブレットで調べられない?」

「え、あ、は、はい、ちょ、ちょっと待ってくださいね、さっきから、ワイファイが、少し、不安定、みたいで」

「もうネットがやばくなってきたかな……? いや、あの黒い球の効果かもしれない。逃げるに越したことはないな」


 僕が荷物をまとめようとしていると、色葉は大きくため息をついた。


「……はいはい、おもしろいおもしろい!」

「君が精神面をケアしろって言ったから」

「そうじゃなくて、あいつらをぶっ飛ばしてもいい理由を、なんか思いつかない? って聞いてるの。日本語しゃべるんでしょ?」

「それ、家にヤクザが乗り込んできそうな時でも考えなきゃいけないこと?」

「それそれ、そういうの」

「……あのね、あんな服を着てた人に、精神面のケアが必要だとは思えませんけどね。ありったけ改造したんだ、9mm銃弾と日本刀ぐらい防げるだろ、ちゃちゃっとぶっ飛ばしてきてくれ。僕たちもレベルアップできるんだから」


 パーティシステムの説明を(リサさんの管理視点サイト:05の力で)読むと、なんとこのシステム、経験値は分割しないらしい。1匹のモンスターを倒して10の経験値があったとして、3人で倒してもそれぞれに経験値10入るシステム。寄生プレイを捗らせたいのか? って思ったけど……パーティは4人まで。ふむ……。


「えへへへー、やっぱ私、あんたが一緒でよかったー!」

「これが体目当て、スキル目当てにされる気分か……」

「そっちだって同じじゃん? ふふ、体目当てはどんな感じ?」

「……正直言うと、悪くはない感じ」

「ね、体は自分そのものだよ、我が幼なじみくん。だから今度」

「だからって君みたいに飾り立てようとは思わないけどね」

「いーじゃん、ねーねー、1回ぐらい合わせようよー、似合うのあるからさー」


 僕たちがいつもみたいなふざけた会話をしてると、リサさんがくすくす笑った。


「……よし、緊張は解けてるか、色葉」

「……うーん……やっぱコーデの名前、変えた方がよかったかなぁ」

「何回目だよ! いいからあの名前で!」

「私的なテーマの名前は気に入ってるんだけどさ、でもせっかくメゾンでつけてる名前があるからさ、そっちにしても……」

「ボ、ボクは、いいと、思います……その……いーちゃんに、ぴったりで……」

「ほんと?」

「は、はい。その……うらやましいぐらい、似合ってます……!」

「……ね、ね、リサに絶対似合うのあるから、今度着てみない? リサぐらいの背丈だともう、人が30人は殺せそうなぐらいになるから! メイクも髪型も、私がばっちり合わせるから、ね、1回、1回だけ、ね!?」


 自分が色葉みたいな格好をするところを想像してしまったのか、ぼん、と音が聞こえそうな勢いで顔を赤くするリサさん。


「いーから! もう、色葉! 連中、全員玄関まで来てる!」

「はいはーい……よーし、じゃ、行くよ……」


 僕は窓に手をかけ、彼女と目を見あわせた。




正装ドレス・アップ……!」




 もこもこでふわふわな色葉の部屋着が、まばゆい光に包まれていく。




武装コマンドロリィタ、

  流法モード

   星空スターリー・スカイ!」




 16歳が言ってる、って思うと結構ヤバめな技名シャウト。

 でも、その言葉の後にあらわれた現実は、もっとヤバい。


 ひらひら、長いサテンリボンが揺らめく、星と月の金チャームが眩い瑠璃紺色サファイア・ブルーのヘッドドレス。

 輝いているみたいに真っ白な、立ち襟の姫袖ブラウス。首元には青い薔薇を模したコサージュとリボン。中央にはアンティークの翡翠ブローチ。

 星座と回転木馬をあしらった群青色ネイビー・ブルーの膝丈ジャンパースカートドレス。コルセット風のレースアップで、ただでさえ細い腰を締め付け、子どもらしさと同時に、女性らしい体の曲線を強調して、恥じるところはなにもない、と言わんばかりに豊かな胸を張って。

 そして均整のとれた、野生動物みたいに綺麗な脚を、ジャンスカとおそろいのプリントサイハイソックスに包んで。

 最後に足下は、いかにもお嬢様みたいなチョコレート色のスカラップシューズで全体を引き締める。




 お姫様になりたい、お嬢様みたいになりたい、そういう幼い夢。

 そんな他愛もない夢に、えげつない大人の全力でアンサーを返す服。


 ロリィタ服。




 見ていると少し僕にも、彼女がこのコーデを、武装コマンドロリィタ、と名付けた理由がわかった気がした。もっとも「流法と書いてモードと読むの!」と熱弁していた気持ちはわからなかったけど……ボカロ曲の歌詞考察みたいな中二病でも真顔で「カッコいいじゃん」と言える彼女には、少し嫉妬混じりの、こいつヤベえなって思いしか抱けない。

 そして僕は中学生の時、色葉に聞いた言葉を思い出す。




 ロリィタ着たら、無敵だもん。




 たしかに、今の彼女になにか言えるヤツなんて、いない。




 中二病だのポエムだの言ったって、ぶっ飛ばされるだけだ。




 どれだけ少女趣味な服を身に纏っていたとしても、その顔にはまるで、厳しい戦争に打ち勝って故郷に帰ってきた将官のような誇りが溢れている。同時に、学校が休校になったと知らされた、ぴんぴんしてる小学生みたいな喜びにも。生きてるのがサイッコーに楽しくて嬉しくて誇らしい。そういう顔だ。

 そんな顔した16歳の美少女に、一体全体、なにが言えるっていうんだ?


 ……まあ、そんな服を着ている彼女の横を並んで歩く時間が多かった僕には、色々、言いたいことがあったけど……どうしようもない。彼女はあてつけるように僕の隣を、稼いだ金をじゃぶじゃぶとつぎ込んだロリィタ服で歩き、洋服に興味なんか1ミリもない僕がそれ系の用語にかなり詳しくなってしまった。まったく、幼なじみってやつは……。


 そんなことを思いながら、僕は窓を開け放つ。今自分が、やれやれ、と思いそうだった、いや言いそうだった、と気付いて笑ってしまいそうになるのを我慢して。


「一丸色葉! してまいる……っっ!」


 通過していく特急電車なみの速度で、武装コマンドロリィタは窓から飛び出した。滑らかに煌めく、艶やかで長いツインテールを風になびかせながら。


 いつか言ってみたいよね! と、昔から言っていたセリフと共に。


 ったく、これは本当に……まったく……。


「やれやれ、だ」











※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

※用語解説

※1 マフィア映画で偉めの人が首からぶら下げてるなんか布みたいなの

シルク製のストール、マフラー。サラシを首にまいているのではない。




※後書き

 日本ではカワイイ文化の発達により、あらゆるシーンでロリィタ服の着用が常識となっています(ぐるぐる目)。できるビジネスパーソンの日常○イデン、オフィス○ノワ、勝負デートのモテ○TSSB、愛され○ンプリ、○タモコーデなど、盛んにファッション誌で取り上げられるほどで、日本人の約97%がロリィタという統計があり、さらに今季国会ではツインテールのヘアケアに対し、政府が一定の割合で助成金を給付する、いわゆる「5分の2法案」の可決を巡り、与野党が激しい議論を戦わせています(白黒反転目)。


(正気に戻って)この作品がそういうことになっている世界の話、というわけではないですよネンノタメ…………

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