第24話 トリスちゃんと悪鬼喰らい

 父様の病(本当はただの過労なんだけど……)による電撃引退は盟友である軍務卿モーガンの引退に繋がった。


 政界は大きく、再編されることになったのだ。

 新政権は大幅な若返りが図られた。

 とはいうもののウィステリア卿とザカライア枢機卿という老練な政治家が脇を締めている。

 特に問題はないようだった。




 問題は父様とモーガンがこれ幸いとばかりに公爵家の当主の座も降りようとしていることだ。

 父様は既にジェラルド兄様に当主権を委譲している。

 前当主になって、隠居生活を楽しむ気満々にしか、思えない。

 フォルネウス家の屋台骨が揺らぐことは恐らく、ないだろう。

 ジェラルド兄様が健在である限り、安心そのものだ。

 ナイジェル兄様もいるし、何より、シリルという頼りになる優秀な弟までいる。

 何も憂慮することがない。


 わたしが心配しているのは実はカラビア家の内情である。

 次男だが嫡男のリックが後継者として、指名されている。

 これは貴族である者は知らない者がいないほどに有名な周知の事実。


 長男であるライは庶子であることを理由に後継者候補から、既に降りている。

 カラビア家は家督争いで骨肉の争いを繰り広げてきた一族としても知られていた。

 それを未然に防ぐという意味でもライの行動は、賞賛に値するものだ。


 彼は武功により、オセ男爵となった。

 自分の力だけで勝ち取ったのだ。

 男爵でありながら、実は領地持ちである。

 ただ、その領地というのが西方の辺境地であり、魔物が闊歩する危険地帯なのが頭を悩ませるところだけど。

 ライにとっては大した問題でないらしい。


 彼は既にライオネル・オセとして、生きることを選んだ。

 家臣団に生じていたライ派とリック派という対立構造も霧散した訳だ。

 リックが正式にカラビア公爵となれば、ライはいずれ帝都も離れる腹積もりらしい。




 ライの浮かない顔はそのせいなのだろうか?

 わたしの目の前で彫像のように整った顔にどことなく哀愁を帯びた表情を浮かべている。

 気にするなと言われても気になる。


「どうした? 俺の顔に何か、ついているのか?」

「いいえ。何でもないわ」


 ライから視線を逸らし、誤魔化すようにモンブランを口に運んだ。

 本当に誤魔化せているのかは正直、分からない。


 今日は学院は休みだ。

 だから、年齢も近く、仲が良い者同士で過ごした方が有意義と言える。


 そういう訳でディアクローディアカルカルヴィンティナトゥーナ、ネイトは郊外にある牧場見学に出かけている。

 牧場と言っても、牛や馬がいる訳ではない。

 気性が穏やかな小型のドラゴンが飼育されている『竜の牧場』を見に行っているのだ。

 感情を露わにすることがあまり、ないネイトが珍しく、乗り気だった。

 なぜか、エリカも付き合わされているようだが、引率役には程遠い。

 エリカ自身が騎乗竜に興味津々で前がかりなのだ。


 留守番となったわたしは今日一日、とてものんびりと過ごすはずだった。

 ライがすぐに売り切れると評判の洋菓子店のモンブランを土産にやってくるまでは本当にのんびりと出来ていたのだ。

 どうにも調子が狂ってしまう。


「まだ、足りないんだ」

「何が? ライはのにたまに変な言い方をするわね」

「トリスは分からなくて、いいんだ。これは俺の問題だからな」

「変なの……」


 頭まで鍛えたと言うといつもなら、お道化たようにわたしの頭を撫でながら、誤魔化すのがライという男だ。

 明らかにおかしい。

 ライの癖に黄昏ているなんて、おかしいではないか。


 それ以上におかしいのはわたしの心臓だろうか?

 兄様達と同じように思っていた兄のような存在であるライ。

 それなのに彼が何かを思い詰めるような顔を見ていると胸の鼓動が高鳴って、止まらないのだ。

 心無し顔まで熱を帯びたように感じるのは気のせいではないと思う。

 わたしの体がおかしい。




 その日の二人だけのお茶会はいつも以上に会話は少なかった。

 ライの顔もまともに見られない。

 愁いを含んだ彼の瞳に見つめてられるとどうにも、心が落ち着かなかったのだ。

 美味しいモンブランもほとんど、味を感じなかった。

 勿体ないことをしたと思う。

 滅多に食べられないのに……。


 しかし、そんなことは些細なことに過ぎなかったのだ。

 モンブランよりもずっと大事で失いたくない一時が失われることになるなんて、思いもしなかった。

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