閑話 おっす! オラ、カルヴィンよろすくな!

 ファンダメント辺境伯家は帝国の東部に領地を有する大貴族の一つである。


 帝都から、遠く離れた地ではぐくまれた独自性の強い文化と強大な軍事力を持ち、不穏な動きを見せる東方に睨みを利かせる存在でもあった。

 そして、この家の特徴はカラビア公爵家と密接な繋がりを持っていることだ。


 カラビア家の現当主モーガンにとって、ファンダメント前当主のカイルは異母弟にあたる。

 カラビアの公爵位を巡る熾烈な後継者争いは帝国であれば、一般民衆の間でも語り草になるほど、有名な話だ。

 勝者となったモーガンがカラビアの名を受け継ぐ者となり、敗者となったカイルはファンダメント辺境伯を継ぐことになった。


 だが、話はこれだけで終わらない。

 後継者争いは単に異母兄弟の小競り合いで終わる問題ではなくなっていたのだ。

 巻き込まれる形で部下を抑えられなかったカイルは謀反の疑いがありと判断された。


 しかし、ファンダメントは辺境地を守る重要な家である。

 表立って、処罰する訳にはいかない。

 皇帝マクシミリアンは苦渋の決断を下すことになった。


 カラビア家の内紛という形をとって、カイル・ファンダメントを誅殺することにしたのだ。

 この汚れ役を任されたのがモーガンの庶子ライオネルだった。

 当時、まだ少年と言ってもいい年齢だったライオネルは精鋭で構成された鉄騎兵隊を率いて、見事に役を果たした。


 カイル・ファンダメントは領地の別邸に立て籠もり、抵抗を試みたがついに力尽き、自害する。

 享年二十九歳。


 この時、ファンダメント家に残されたのはカイルの遺児カルヴィンただ一人である。

 カルヴィンはこの時、僅か二歳。

 まだ、父の死すら知らない幼子に過ぎなかった。

 産褥さんじょくにより、母親を失っていたカルヴィンの家族はいなくなった。




 ファンダメント家の陪臣であり、家宰として忠誠を誓っていた家がある。

 ウェルダラネス子爵家だ。

 彼らは先祖代々、東部に土着して生きてきた生粋の東部人だった。


 東部人は情に厚く、義を重んじる気質でも知られている。

 当代の当主カスペルもまた、その例に漏れず、主家への忠義に生きた男である。


 カイル・ファンダメントにかけられた容疑を晴らすことは出来ないまま、ファンダメントの血筋を引く者が僅か二歳のカルヴィンだけになった。

 この事実に目を逸らすことなく、立ち向かわねばならない立場にあったカスペルは家族を失ったカルヴィンに精一杯の愛情を注ぎ、育むことを決めた。


 カルヴィンはカスペルの子らと共にすくすくと育っていった。

 良く言えば、愛情深く。

 悪く言えば、我儘いっぱいに……。


 ウェルダラネス家は東部地域でも武を持って知られる一族である。


 嫡男のヒューベルトもその例に漏れず、武勇の誉れ高く、カルヴィンの良き兄代わりとして、影に日向に尽くす存在だ。


 カルヴィンと同い年の長女トゥーナは一族の男達と同様に剣をとっても弓をとっても後れを取らない腕前の持ち主である。

 同時に愛らしい少女として、姫君のような扱いを受けていた。


 そんな個性的な兄妹と共に育ったカルヴィンが二人に負けじと武芸に通じていくことは自ずと明らかだった。

 頑健な肉体を持ち、腕白な子になるのも致し方ないことなのである。


 そして、かつて社交界を賑わした美丈夫である父と傾国の美女と謳われた舞姫である母の血を色濃く受け継ぎ、眉目秀麗な美少年に成長していった。


「オラ、都で一旗あげるべ。おめえも来てくれるが?」

「もちろんだっちゃ! うちはあなたのこと好きだっちゃ!」


 静かに沈んでいく太陽を見上げ、恥ずかしそうに手を握り合う美しい容姿の少年と少女が帝都に一波乱を起こすことになろうとは誰も知る由がなかったのである。

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