第20話 トリスちゃんは勝負を選ぶ

 あのカルヴィン・ファンダメントとまさか、学院で出くわすことになろうとは思いもしなかった。


 前世に思いを馳せる。

 カルヴィンは十五年後、我がフォルネウス家を帝都から、追い出した憎き仇と言ってもいい存在だ。


 ジェラルド兄様と父様が身罷みまかった。

 フォルネウス一族は頼りとする屋台骨を失ったこともあり、指揮系統が乱れていたことも影響したのだろう。

 帝国各地で狼煙を上げた反対勢力に連敗していく。

 そんな中、帝都へと大軍を率いて、進軍してきたのがかのファンダメント辺境伯家の騎士団であり、それを率いていたのがあのカルヴィンという訳だ。


 田舎育ちの粗忽者そこつもの

 礼儀を知らない無法者。

 それはカルヴィン・ファンダメントという男の一部……外面だけを捉えたものに過ぎない。

 あの男の真骨頂は独創的な発想によるものだ。

 それにしてやられた結果、フォルネウス家の凋落ちょうらくが始まったと言っても過言ではない。


「それでトリスはどうするの?」


 エリカのいつになく、真剣な言い方に逡巡を止める。

 先程、起こったばかりの出来事を思い返していた。


 学院での授業は午前と午後の部がある。

 当然、食事を提供する施設が必要な訳だが、やんごとなき身分の学生が通う可能性を考慮され、立派な学生食堂が用意されている。

 何かがあってはならない以上、料理人の選考基準はかなり、厳しい。

 噂によれば、影が混じっているという話まであるくらいだ。


 わたしも昼食を取るべく、いつものようにエリカと連れ立って、学生食堂に向かった。

 そして、いつものように定番の白身魚のムニエルとバゲットを選び、オープンテラスの席に付いたところで邪魔が入ったのだ。


 例の目立つ二人組――カルヴィン・ファンダメントとトゥーナ・ウェルダラネスだった。


「おめえが噂の虹色の脚の娘が? オラ、たまげたぞ」

「は?」


 わたしとエリカの目は点になっていたことだろう。

 カルヴィンの容姿はカラビアの三兄弟と比べても遜色がない整ったものだ。


 その顔で突拍子もないことを言ってきたのだから、仕方がない。

 訛っていることに驚いたのではない。


 いくら辺境伯家とはいえ、あまりにも無体な言い方ではないか?

 それに虹色の脚の娘とはわたしのことなのか!?


「オラと勝負だ!」

「え?」

「ダーリン。ダメだっちゃ!」

「ティナ? なして、駄目だ?」

「勝負にはルールがあるだっちゃ」

「なるほどな!」


 トゥーナという子はまともなのかと少しは期待したわたしがいけなかったようだ。

 東部には武芸に秀でている剛の者が多いと聞いた。

 どうやら武芸を鍛えすぎて、脳まで鍛えてしまったに違いない。


「おめえ、オラと剣で戦……」

「お断りしますわ」

「ダーリン。女の子を相手にそれはないだっちゃ! 違う勝負はないけ?」


 面倒そうなので全てを言い終える前に断ったのにどうやら、トゥーナの方が厄介な相手に思える。

 エリカは面白いものが見られると期待しているのか、瞳がキラキラと輝いている。

 他人事ひとごとだと思って、呑気なものだ。


「んだば、オラと弓で勝……」

「お断りしますわ」


 間髪入れずに答える。

 これが重要!


 相手に思考させる暇を与えないだけではなく、頭に血が上り、冷静ではいられなくするのだ。

 このやり取りをかれこれ、十分ほど続けた結果、さすがにカルヴィンも疲れてきたのだろう。

 そろそろ、頃合いかな?


「オ、オラと大食いで勝負フードファイトを……いや、断るが」

「承りましてよ」

「「え!?」」


 エリカも意表を突かれたのか、目を見開いたまま、固まっているし、断られ続けていたカルヴィンに至っては顎が外れそうなくらいに大きく、開いたままだ。


 ……という熾烈なやり取りがあったのだ。

 勝負内容は学生食堂で人気のあるファストフード――切れ目を入れたバゲットに素材にこだわった大きめのソーセージと新鮮な葉野菜を挟み、特製のハニーマスタードソースをかけたパン料理の一種――を制限時間内に多く、食べた方が勝ちというルールになった。


 他人事ひとごとと思っていたエリカとトゥーナも参加するように巻き込んでやったのは言うまでもない。

 だが、そのことがわたしとカルヴィンの勝負に大きく、影響することになろうとは知る由もなかったのである。

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