二〇一六年八月十四日 2016/08/14(日)昼間②

 大川の上流は、鈴峰小学校の裏手から人道橋を渡っていくと、およそ三十分くらいで辿り着く。


 この炎天下、四十前の身体にはかなり不安だったが、理代との会話が思いのほか盛り上がったお蔭もあってか、それほど苦にならなかった。


 澄子は、昔の友人に会っても基本的には近況は聞かない。そのせいで会話に困ることが多くあったからだ。ところが、この理代も澄子に対して詮索することなく、昔の思い出や、今の鈴峰町の現状などを話してくれた。

 理代と並んで歩いた三十分、小学校と中学校で一緒に過ごした九年間の中でも、これほど密なものはなかっただろう。


 澄子と理代は、道中ゴミ拾いをしながら、上流を目指した。小さな道祖神には、誰が手向けたのか、盆花が供えられている。澄子は緑を背景に、それを写真に収めた。


「あ、そこから川岸に降りられるんだっけ。今も木橋あるかな」


 理代が茂みの小道を進む。澄子も後ろを付いていくと、ヒンヤリとした空気に変わった。


 近くから大川のせせらぎが聞こえてくる。


 

 その時だった。



 澄子は、急に背後が不安になり、後ろを振り返った。


 当然、誰も何もなく、強い日差しが木々に照りつけているだけだ。



 蝉のけたたましい鳴き声。


 背中を冷たい汗が伝う。


 ――。


 風景に染み込むような、大川のせせらぎ。



 サラサラ。


 サラサラ。



 耳鳴りのような、木々のざわめき。



 サラサラ。


 サラ。



 ――あ。



 澄子の目の前に、ゆっくりと、太陽が落ちてくる。



「スミちゃん?」


 澄子が倒れ込むと同時に、理代が慌てて駆け寄ってきた。


「スミちゃん!大丈夫?」


 すぐに理代は澄子を木陰に移動させ、水のペットボトルを口元にあてがった。澄子はどうにか意識を繋げると、力ない声で理代に謝った。


「ごめん、急にフラフラって……」


「いいよ、いいよ。無理しないで。この暑さだもん、こっちこそ気にかけてあげられなくてゴメンね」


 木陰で少し休んでいると、だいぶ気分が良くなった。澄子が水を飲みつつ、立ち上がろうとすると、理代が慌てて止めた。


「ああ、ダメダメ!熱中症は本当に怖いんだから」


「でも、何もしないわけにも……」


 澄子がうなだれると、理代は困ったように笑った。


「子どもの時から、変わってないね。和泉さん」


「え?」


「いつも真面目で、一生懸命で、サボるとか、そういうのすごく嫌う人だった」


「……」


「じゃあ、チャチャッと片付けて早く帰ろう。それでもって、駅で冷たいものでも食べよう」


「う、うん!」


 澄子は、理代の言葉に動揺しながらも、カメラを取り出した。


 ――いつでも、真面目で一生懸命。


 褒め言葉のはずなのに、どこか複雑だった。


 いや、たぶん引っかかったのはそこではない。


 ――変わってないね、か。


 それは、良いことなのか、悪いことなのか――。



 二十五年前にはなかったコンクリートの壁が見える。

 それでも、草木の匂いまでは失われていない。


 愛おしい風景を澄子は次々と写真に収めた。


 一通り写真を撮ったところで、澄子と理代はバスで駅まで戻って来た。だいぶ気分も落ち着いてきたので、二人で早めの夕食をすることにした。


 食事といっても、賑やかさに欠けた鈴峰の繁華街では、昔ながらの食堂や喫茶店があるだけだ。ほとんどの店が盆休みでシャッターが下りている。


 澄子と理代が居酒屋のチェーン店に足を向けた時、同じ方向に向かって歩く男女の集団があった。


 弾かれたように、理代が声を上げる。


「ちょっと!何しているのよ!」


 振り返った面々は、誰もが澄子の記憶に触れるものだった。


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