走馬食堂ー最後の晩餐の物語ー

雲霧宇多

理不尽な世界とサヨウナラと

『星空ってこんなに明るかったんだなぁ・・・』

今宵は新月の夜。

真っ暗な空間には、夜の主役を奪わんとばかりに色とりどりの星が蠢いている。

そういえば・・・

今日見えないあの白く巨大な巨星は、太陽の光を反射しこの世界に白い光を送っているので星の灯りを弱めるのだという。

『まぁ・・・どうでもいいけど』

そう・・・そんなことは今のボクにとってどうでも良いことなのだ。

ただただ進めどもこなせども終わることなき仕事にとにかく疲れた。

『先輩もーみんな何もかも何でもボクに押しつけるんだ・・・もうイヤダ・・・疲れ果てたよ・・・』

そんな恨み言を呟きビルの屋上を縁にむかい歩み進める。

夜風は、堅い決心を思いとどまるように詩歌い。

フェンスが思いとどまってとボクの行く手を阻むよう待ち受ける。

そんな障害にたいしボクは気にも留めず、着実に目的地へむかい一足一足歩み続ける。

「コツン」

その足に当たる感触はきっとパラペット。

コレがあの世とこの世の境界線である事に紛うことないのだ。

後少し・・・ふみだせ・・・そうその勇気。

あと少しでボクを蝕む真っ黒な世界から脱出できるのだ。

『サヨウナラ』

歪んだ夜空を見やり名残惜しむよう目を閉じボクは最期の歩みを進めた。



「カランコロンカラーン」

唐突な甲高い音に驚き目を開く。

そこにあったのは、ギシギシと鳴る木造の床真っ白く清潔そうな漆喰の壁、天井でクルクルと回転するプロペラ。

見覚えないその風景ー。

一体ここはどこだろうか?

気がつけばボクは見たことない部屋の入り口に立っていた。

そう、先ほどまでビルの屋上にいたはずなのにである。

『そうか・・・ココが黄泉の国と言う場所なの・・・か?』

そんな事を思いつつうっとうしくも陽気な音を立て続ける物を見上げる。

「カランコロンカラーン~カランコロンカラーン!」

音の主は、ドアについている昭和レトロな喫茶店にありそうな鐘だった。

ついつい物珍しくおもしろくなっていたずらにドアを開け閉めしてみる。

するとバタバタと奥の方から慌てた物音と共に澄んだ声が響いてきた。

『はいはーい。今行きますからね~!

 あっ!おまたせしてすいません。お客さーんこちらの席へどうぞ!』

ボクは思わず振り返りその声の主に導かれるように歩み始める。

席に座るのをじっと待ち彼女は水の入ったコップを無造作に置く。

ソレをボクはむさぼるように飲み干した。

氷のように冷たい物は、ボクの胃をキリキリさせ生きてることを実感させるのであった。

『あらあら・・・よほど喉が渇いていたのね』

呆れ声でうなずく彼女は呟きながら空になったコップに水を注いだ。

幾度かそんな事を繰り返し落ち着いたボクはそのコップを見ながら辺りをうかがい問いかける。

『ここは・・・どこなんですか・・・?』

見渡せばいくつかの木製テーブルの周りに椅子が置かれており、奥の方には厨房のような設備が存在するー

そこはそう、昔小説で見たノスタルジックなパブみたいな場所であった。

そのコトバを待っていたかのように彼女はパチンと指を鳴らし答える。

『あの世とこの世の境界線!走馬食堂へようこそ~!』

ボクはそう言い深々と下げるその頭をきょとんとして見つめていた。

『あの世とこの世・・・?』

『そうなんです!

 ここは、その境界線にある食堂なんですよ。

 ほら言うじゃないですか・・・ニンゲンがお亡くなりにナル前に食べる物。

 えっと確か最後の晩餐と言うのでしたっけ?』

ビシッと指さし満面の笑みで答える彼女は、漆黒のメイド服に身を包んだ同い年くらいの女の子だった。

何かしらのコンプレックスがあるのだろうか?

妙に胸元を強調したような装束に身を包んでおり意識せずにもついそちらへと目が移ってしまう。

『全く・・・レティシア。御客様にいきなりなんですか』

『あっ?!マスターお客様がご来店ですよ!』

レティシアと呼ばれた彼女は声の主へ向い元気に答える。

その視線の佇んでいたのは白い帽子に白いエプロンを着けたヒト。

いかにも「私がコックです!」とアピールせんばかりのゴツい男性が腕を組み立っていた。

『御客様いらっしゃいませ!走馬食堂へヨウコソおこしくださいました!

 その元気な娘が何か御迷惑をおかけしませんでしたか。

 本当にいくら注意してもこんな感じで困っているのですよ』

やれやれを肩をすくめる彼の名はウルティモと言う名の料理人。

コントのようにアレコレとやりとりしてる二人にあっけにとられボクはその様子をただただ眺めていた。

『コホン。失礼しました・・・御客様、料理は何になさいますか?』

『そうそう~何を食べたい~?』

『コレ・・・レティシア・・・』

『ほらほら~男の子でしょ!ズバッとビシッとイマ食べたい物言いなさいよ!』

その圧倒的な勢いに気圧され助けを求めるように目が泳ぐ。

だが視界には無機質な白い壁が映るばかりで何か料理が描かれた物は見当たらなかった。

『えっと・・・何かメニュー表みたいなものないですか?』

『はぁ・・・ほんと素人様はコレだからぁ!?』

そう呟きニヤリと小悪魔的に微笑む彼女の脳天に訪れた一閃の拳がそのコトバの続きを遮った。

『全く・・・レティはしばらくそこで黙ってなさい。

 御客様ココハの思い出の料理を何でも食べる事の出来る食堂なのです。

 そうなので決められたメニューと言う物は存在しないのです。』

『そうなんですか・・・』

急に思い出の料理ーそう言われても悲しいかな何も思いつかない物である。

うーむ・・・思い出と言われるとお袋の味という物がそうなのだろうか。

ボクは思案に暮れているとふと脳裏に子供の頃食べた懐かしい味が思い浮かんだ。

『えっと。料理の名前は解らないのですけど・・・』

『大丈夫ですよ。どのような料理なのか御伝え頂けれると幸いです』

『本当ですか!

 えっと甘い味のする野菜と卵の炒め物なんですけど、コリコリとした独特な食感の食べ物なんですよね。

 子供の頃よくご飯のおかずで食べていたんです』

『かしこまりました!

 今から御作りしますので今しばらくお待ちください』

ウルはそう答えお辞儀すると音も無く厨房の奥へと消えていった。

『うぅぅぅぅ・・・いったいなぁ・・・

 それにしてもお客様は変わった食べ物がお好きなんですね』

テーブルの脇で頭をさすり目に涙を浮かべたレティが奥の方を気にしながらささやいた。

『そうなんだよね。

 お袋の味って言うのかな。ボクのとっての懐かしい思い出の味なんだ』

『へぇ・・・思い出の味かぁ・・・いいねぇそういうの!』

『レティシアさんだっけ?君にはそういう思い出の食べ物ってないんですか?』

『ふふふ・・・私はあくまでメイドさんだからねぇ。そういった思い出とかはないんだ』

そう暗く悲しげに呟く彼女にボクは「そうなんですか」と答えるのが精一杯だった。

『それにしてもあなたはほんと馬鹿ですよね。

 なんで屋上から飛ぼうと思ったんですか。ただただ痛いだけじゃないですか』

その問いかけにボクは堰を切ったように淡々と仕事の不満を口にした。

先輩のこと理不尽なクレームのことーそんなボクのくだらない話を彼女は真剣に聞いていた。

ひとしきり話し終え一息つこうとコップに手を伸ばしたボクに、彼女は首かしげ素朴な疑問を投げかけた。

『それって誰かに相談しようと思わなかったんですか?

 そしたらこんなことはしなかったんじゃないですか?』

『それが出来なかったからこうなったんだよね・・・』

ため息をつきながら答える。

『あはははは・・・そうですよね。ソレだからー』

『コレコレ・・・ここは御客様にくつろいで頂くための憩いのなのです。

 余計な事はしてはダメじゃないですか』

大きな皿を持ったウルがレティをたしなめる。

『全く、何度呼びかけても御料理を取りに来ない。

 あなたはあくまでただのメイドなのですよ。

 御客様の御話相手ではないのです。しっかりとしてください。

 いい加減お仕事を覚えて頂かないと愛想が尽きますヨ?』

『あわわわわ・・・ごめんなさい。次からはキヲツケマス!』

そんなやりとりが繰り広げながら目の前に置かれた一つの大皿。

『あぁ・・・この見た目。懐かしいなぁ。』

緑と黄色の目にも鮮やかなコントラスト。

そこに橙色と朱色の物体が料理にアクセントを加えてるこの一品。

そしてどことなく漂う甘い匂い。

まさに幼い頃食べていた料理と瓜二つだった。

『そういって頂けて光栄です。

 御味はいかがでしょうか?御口に合いますと幸いなのですが』

ボクは恐る恐るその料理を箸でつまみ口へと運ぶ。

『うん・・・ありがとうございます。

 あの頃と全く・・・同じ味です・・・』

走馬灯のように思い出される記憶ににじむ涙でゆがむ視界。

「故郷のお父さんやお母さんは元気なのだろうか」

気づけばその懐かしい思い出と共に味をゆっくり噛みしめご飯と一緒に平らげていた。

その様子を眺め満足げに頷くウル。

『御客様が思い出の料理は、醤油に砂糖で味付けほうれん草と卵の炒めた物に切り干しダイコンを混ぜた物でございました。

 恐らく御口に合わなかった料理を御子様に食べさせようと考えた御母様の愛の結晶だったのでしょうかね』

『ありがとうございます。

 もう少しがんばろうと・・・なんだか元気が出てきました・・・』

お手拭きで止めどなく流れる涙を拭きながらボクは呟く。

そんなボクの背中をレティさんが優しくなだめるようにさすった。

『よく・・・今までがんばりましたね。』

その暖かなコトバにボクはただ号泣するのだった。



『ごちそうさまでした。

 ありがとうございました』

ここは思い出の味を嗜む最期の場。

御代はこれから十二分に頂きますので御気になさらずとも大丈夫ですよ。

そう言い手を振り笑顔でボクの事を見送るウルさんとレティさん。

『世の中まだ捨てた物じゃなかったのですね・・・』

そう呟くと入ってきたあの賑やかな音のするドアに手を掛ける。

『ありがとう・・・本当にありがとう。

 またココにこれることを楽しみにしています』

最期にそう言い残すとボクはドアの先へを足を運んだ。

とー不意に訪れる空を掴むような浮遊感。

忘れていた感覚にボクは呑まれ身体を打ち付ける強い衝撃。

後悔は十二分ある。

それでもー薄れゆく意識の中ボクは満足感に酔いしれゆっくりと目を閉じる。



来訪者の去った食堂で片付けをしながらウルはため息をついていた。

『全くヒトの取る行動というものは理解に苦しみます。自ら命を絶つとは理解に苦しみます。本当に因果な生き物ですね』

『マスターそんな事言わないの。それだからこそ私たちだってこうして楽しく生きてけるんじゃない』

悪魔のように恍惚とした笑みを浮かべ少女はせせら笑う。

『レティ・・・まぁ・・・それはそうであるのですが』

『ここはあの世とこの世の境界線にある最期の食堂。

 忌々しい神様の加護が届かない、月に1度の月が現れない夜しか営業できないのよ。

 絶望を糧とする私たちにとって、数少ないゴチソウにありつけるタイミングなのですから!』

クルクルと回る天井のプロペラを見やりウルは肩をすくめてみせた。

『カランコロンカラーン』

狭い食堂にアノ鐘の音が鳴り響く。

ウルとレティはその音のする方へくるりと向き直り笑顔で出迎える。

『いらっしゃいませ!ココハあの世とこの世の境界線!走馬食堂へようこそ~』

どうやら今晩は忙しい日となりそうだ。

やれやれとため息をつきながら今日も料理を作るのであった。

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走馬食堂ー最後の晩餐の物語ー 雲霧宇多 @kumokiri

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