#5-3「俺様式墾田永年私財法」

 岩猿は、建てられるハズも無い巨大な岩石の塔を、幾つもブチ勃てた。

 遠くからでも一発で分かる様な、天をも衝く摩天楼が、ひとところで集中して生え上がる。当然ながら喰蛇と手下達が駆け付けるであろう事も織り込み済みだ。

 そして企て通り、何の前触れも無く喰蛇くいばみが岩猿から少し離れた地点へ現れた。

 白と灰色の塔や街並みが入り交じる一本道で、岩猿と喰蛇達が対峙する。


「何を仕掛けたのやら。貴方の篝火イグニスが作用する物質は此処に存在しない筈ですが」

「喰蛇つったかあ、それともクチビルミミズとか言ったかあ」


 怪訝そうに顔をしかめる喰蛇の前で、岩猿はポーズを決めていた。

 岩石で作り出した腕を、片方は顔面を覆い隠す様にかざし、もう片方は喰蛇達へと人差し指を向けている。


篝火焦爛イグニスセカンド……その存在を俺様に教えた事が、テメエの敗因だあ。目の前に勃つ、この俺様を誰だと心得ていやがる。圧倒的な力こそがテメエの宗教だって言うなら、まずはテメエの血と亡骸で、俺様のブーツを綺麗に舐め上げろお……」


 そして岩猿の隠されていた顔面から、それが露わになる。


「総員、回避せよッ!」


 喰蛇が叫ぶも、遅い。


「ィ篝火イグニス焦爛セカンドォ! 【眼窟王ゴルゴンアイ】ッ!」


 咄嗟に空間を跳んだ喰蛇と何人かの手下は、きっと難を逃れただろう。

 しかし取り残された他の手下は……都合5名は瞬時に石化する。

 彼らが助からなかったのは、岩猿の額に開いている第三の目を見たからだ。

 縦に開いた眼が爛々と藍色の光を放つ。

 その視界に入った白い街並みが、片端から灰色に染まっていく。


「尻尾を巻きやがったかあ、逃さねえぞ【国つ神の槌ギガースハンド】ォ!」


 額の瞳を見開いたまま、岩猿が横合いの壁を裏拳で殴り付けた。

 街並みの形を、まるで粘土をこねるみたいに変える。地形などお構いなしだ。

 オレは路地の陰に隠れながら、さっき岩猿が語った事を思い返していた。


 まず喰蛇の弱点として、瞬間移動が可能な場所は限られる。おそらく目視で「何も無い」と分かる場所か、事前に定めておいた絶対安全な場所だけだろう。

 他の瞬間移動が出来る篝火イグニスに対しても通ずるセオリーだ。例えば飛んだ先が壁の中なら、その時点で敢え無く生き埋めゲームオーバーとなるから。

 しかし【土喰魔喰ドグラマグラ】で生み出した空間は、全てが喰蛇の想像通り、かつ不可侵だ。これが岩猿にとって不都合だった。ならばどうするか。


「よく分かんねえ摩訶不思議マテリアルも、全ェン部、まるっと岩石に変えちまえば良い。そうすりゃ俺様の支配領域だあ、今から土喰魔喰ここは俺様の植民地だあ!」


 岩猿は長年パンドラの王者として君臨してきた経験値と、篝火イグニスの制御力を以って、土壇場で篝火焦爛イグニスセカンドを覚醒させた。副作用ノシーボも無い【国つ神の槌ギガースハンド】をここまで極めた、岩猿だからこそ出来る芸当だ。

 そして【眼窟王ゴルゴンアイ】は、額の目で見た物質を石に変える。

 生命であれば目を合わせた瞬間に、相手を石化させる。

 つまり操る為の岩石を、この場で強制的に生み出したのだ。


「スーパーヘブンリーデリシャスな気分だぜえ、侵略開始だあ、産毛やケツの毛から来世まで、子々孫々まで土地と人権を奪い尽くしてやるぜえ、俺様式墾田永年私財法だあ!」


 地形を操る事さえ出来るなら、もう岩猿の独壇場である。

 黒い天蓋の下でコンクリが舞い上がる。壁や柱を自由自在に打ち立てる。無造作に見せつつ巧妙な迷宮を形成していく。

 岩猿が高らかに嗤う。空間の支配権を塗り潰していく。

 これで喰蛇と岩猿は対等になった。

 即ち地形戦を制し、先に相手を視界で捉えた者が勝つ。

 岩猿には「相手と目を合わせなければならない」というハンデがある。

 それを踏まえても、ついに敵の喉元へ迫ったと言えるだろう。

 石に変えられた場所は岩猿が支配している。

 岩猿は詰将棋の様に、喰蛇が自身と対面するタイミングを整えていく算段だ。次々に地形を作り変え、岩陰に隠れて立ち位置を調整し、喰蛇の隙を伺っていた。

 それだけじゃない。


「──『炎纏剣えんてんけん灯弾ともびき』ッ!」


 岩の陰から飛び出し炎刀を振り抜く。都合5つの火炎玉が喰蛇めがけて飛ぶ。

 喰蛇がチラリと視線をやると、火炎の弾丸は虚空で失せて消える。オレは舌打ちをしつつも再び物陰へ隠れる。絶え間なく岩猿が意図的に生み出す、岩石の死角へと。

 喰蛇が迷宮を攻略しようと考えれば、その隙を狙いオレが奇襲する。ヒットアンドアウェイを繰り返して、敵にプレッシャーを与える。

 喰蛇に余裕を与えず、追い詰めていく事がオレの役目だ。


 岩猿はヴェリタスのトッププロだ。

 長らくに渡って、新宿に在るバー・パンドラのチャンピオンとして君臨してきた。

 膨大な戦闘経験値は、あの藤堂紫苑にすら見劣りしない。

 アイツが今も死に物狂いで手繰っている勝利への駆け引きを、オレが支える。

 オレだってようやく最近は……ちょっとだけ楽しいんだ。それを、いきなり現れたポッと出の脇役に奪われてたまるかよ。オレ達が目指しているのは、大太法師と……そして藤堂紫苑の背中だ。絶対に打ち倒して、まだ見た事も無い景色まで辿り着いてやるんだ。

 あの寒い夜も何もかも飛び越えて──……。


「埒が明きませんね」


 ……──物陰でヤツを見張っていたオレの視界から、喰蛇の姿が消える。

 岩猿とオレの動き方は、ある程度までは事前に打ち合わせている。

 そして喰蛇がいきなり消えた時は、合流すると決めていた。

 岩猿が居るであろう位置は遠くない。すぐに岩猿の元へと駆け出す。

 ちょうどオレが駆け付けた時には、岩猿の眼前へと、喰蛇が迫っていた。

 オレと岩猿にとって、好都合の展開だ。

 岩猿は眼前で現れた喰蛇に向かって、額の目を見開く。


「【眼窟王ゴルゴンアイ】ッ!」




 そして岩猿が見開き、額の目は潰される。

 十字架みたいな形状のナイフが深々と突き刺さっていた。




「えっ?」


 呆気に取られたオレの口先から、間抜けな声が出る。

 仰け反ってよろめく岩猿の前で、喰蛇はナイフを投げた体勢のまま屈んでいる。

 喰蛇が掛けているメガネの奥から覗く目元は、瞼を閉じていた。


「嘘だろ」


 思わず零すも、目の前の現実は変わらない。

 喰蛇は目を閉じたまま、ナイフの投擲で岩猿にヘッドショットを決めたのだ。


「私が姿を現せば、その下品で醜悪この上ない眼球が向かってくる。それが分かっているならば、見ずとも造作は無いでしょう。そこへ刃を突き立てる事などッ!」


 言い切るなり目を見開いた喰蛇は、岩猿の顔面へ真っ直ぐな蹴りを放つ。

 蹴りは岩猿の額に刺さっている、石化したナイフの柄へと直撃する。

 石の刃が更に奥へ、岩猿の大脳に沈む。


「岩猿よ、愚かな土くれよ。貴様の敗因は、新たな力イグニスセカンドに溺れた事だ」


 喰蛇は言い捨てる。

 岩猿の巨躯は、膝を地面に付く。

 大きく開かれたままの、岩猿の口からは悲鳴すら上がらない。


「貴様程度の矮小な経験値が何だと言うのです。。黒澤會幹部とあろう者が、篝火イグニスに頼り切りだとでも思ったのですか」


 喰蛇は岩陰に隠れているオレを睨み付けて、凄む様に低い声で言い放った。

 思考が渋滞する。

 何を言う事も出来なければ、手足を動かす信号の出し方すら、分からない。

 滔々と岩猿の額から喉を伝う鮮血が、コンクリートを染め上げ広がってゆく。

 急速に広がる絶望感が臨界点を超え、岩猿の名を、オレは叫んでいた。


「岩猿ゥウウウウウッ!」


 オレが叫んだ瞬間に倒れてゆく岩猿の、岩石の拳が地面を叩いた。

 オレの周りから地面が捲れ上がり、球体状にすっぽりと包み込んでいく。

 視界が閉じる直前に、倒れ伏す岩猿がオレを睨み付け、嗤っているのを見た。

 岩猿は絞り出す様に、低い声で途切れ途切れに言い放つ。


「逃げな……。テメエが生きてりゃあ……俺様の、勝ちだあ」

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