#4-4「地獄までひとっ飛び☆パスモ鉄道」

※この物語は、実在の人物や団体、ICカード乗車券等とは一切関係ありません。




「一馬よお、テメエは事前にキッチリ相手をリサーチして、勝ち筋を決めてから戦うタイプだったよなあ」


 店の玄関をくぐるより前に、岩猿は聞かれてもいないのに切り出してきた。


「岩猿様のありがたァ~いご神託だあ。三半規管かっぽじって脳ミソに叩き込めえ。とは言え俺様もヤツと会った事が無えから、人づてに聞いた話だがなあ。まずは……ここのチャンピオン『パスモ』の篝火イグニスだがよお……」


 オレの場合は借金返済が懸かっていた。とにかく負けたくないから、暇さえあればパンドラに出向いては戦う可能性のある奴を片っ端から分析していた。

 とは言っても、たいてい岩猿に挑む奴は何かしらの策を講じる。なのにオレの癖を把握していたって事は……ヴェリタス実施店めぐりを始めたこの2週間で見抜いたか、それより前……パンドラに居た時から知っていたか。



 バッドメディスンの地下は、鉄骨やコンクリなどが剥き出しのまま組まれた無骨なステージだ。円形の闘技場をぐるりと囲って、すり鉢状の観客席が見下ろしている。パンドラと似ているレイアウトだ。

 岩猿が言うに、ここも都内では有名な店らしい。ヴェリタスのチャンピオンは例に漏れず、どいつもこいつも頭のネジが1本2本3本10本は軽くブッ飛んだ、イカれ野郎ばかりだそうだ。


 ここのキング・オブ・イカレ野郎はどんな益荒男かと、オレは少し張り詰めつつも待ち構えていた。

 カウボーイ姿にショートヘアの女性レフェリーが、ハスキーボイスでチャンピオンの名前を叫ぶ。

 スポットライトが向かいの入場口に当たり、果たしてその男は姿を現した。


「続いて、待ち受けるは皆さんお待ちかね! 立てばヤク中、座れば廃人、歩く姿は生ける屍! 人間失格の生きた見本! バッドメディスンに君臨するチャンピオン、コードネーム『パウダースモーキー』こと、略してパスモ先輩のお出ましだぁ!」

「……ぅいぁぁああっぁぅぉおぉんすきなたべものはキノコです……」


 思っていたより斜め上にヤベー奴だった。

 ガイコツに肉の皮とダボッダボの服を貼り付けた様な、めっぽう細いハンガー掛けみたいな、ちょっと飛び出した目玉をそれぞれ別のあらぬ方向に向けている何かが、よろけていた。やけに緩慢な動作だけれど、下顎だけがダイエット器具ばりの振動でカクカクと震えている。


 ソイツは右にフラフラ、左にフラフラ、また右にフラフラ行く、ように見せかけてもっと左によろけ、入場口に何度も肩や頭をぶつけながら闘技場までのろのろと距離を詰めてくる。

 そして闘技場へ辿り着くと同時に、木の枝が倒れるみたいに、ぱたん、とその場へ伏した。


「何だよコイツ!!」


 思わず指差して大声を張り上げる。戦う前に終わったぞ、オイ。

 転がったガイコツは、パスモは、そのまま懐から何か取り出す。それは注射器だ。そして震えているんだか注射器を振っているんだか分からない手で、針を自らの首へ突き刺す。

 途端に痙攣し、のたうち回り、腰を吊り上げられた様に大きく仰け反った。


「んっ、あっ、んんっ……んほぉおっ!!」


 男の喘ぎ声って聞いているだけで吐きそうになるんだなあ。

 イマイチ脳処理が追いつかないままそんな事を考えていると、パスモのガリッガリに痩せ細った四肢が、腕、脚と順繰りに肥大していく。ちょうど風船に空気を入れている時みたいな光景だ。

 小枝の様な腕が、脚が、岩猿もかくやと言わんばかりの筋肉でコーティングされてゆく。丈を余していた服もパッツンパッツンに引き伸ばされ、腹筋は服の上から見事なシックスパックを浮かび上がらせる。

 見る見る間に筋肉質な巨漢となったパスモは、打って変わって落ち着いたバリトンボイスで、ついに篝火イグニスの名を述べる。


「【皆葬列車ラリトレイン】」


 肥大した筋肉が、更に膨れ上がってゆく。

 服が弾け飛ぶ。

 金属色の光沢を帯び、爪先や指先に至るまで全身がメカニックな造形へ変形する。岩猿の岩石巨人ティタノマキアが見劣りする様な、機械的な巨体だ。

 ガシャン、シャキィン、ジャキィン、バァン、とポーズを決めながら完成してゆく姿に目を奪われる。そして電車の先頭車両らしきものが胸部にそびえて、知らずの間に……オレの頬を涙が伝っていた。


「クソかっけぇ……」


 それはまるで電車をモチーフにしている巨大ロボットだ。

 オレは興奮のあまり今にも腰が砕けそうだ。観客席の岩猿も、その場で飛び上がってワケ分からない言葉を叫んでいる。

 因みに岩猿は飛び上がった拍子で、寝転がっているソファを蹴飛ばされた蛭から、思い切りサマーソルトキックを喰らって打ち上がっていた。


「本日はパウダースモーキー鉄道をご利用いただき、誠にありがとう御座います」


 電子的なエフェクトを被せたバリトンボイスの落ち着いた声は、ベテランの車掌を連想させる。

 ハッキリとした呂律で、電車モチーフの巨大ロボは、人差し指を立てて表明した。


「この列車は快速、天国行きです。途中下車は出来ませんので、ご注意下さい」

「コードネーム・炎馬、対コードネーム・パウダースモーキー……略してパスモ! さあさあ皆さん、行くぞっ、レディー……ファイッ!」


 カウボーイ姿の女性レフェリーが告げるなり、巨大ロボは発進した。

 パスモは薬物でドーピングした身体を、更に篝火イグニスで武装して戦う。【皆葬列車ラリトレイン】の権能は、皮膚の肥大と金属化である。

 ただし篝火イグニスは想像力を培い、解釈を拡げる事で、さらなる強さを発揮する。

 いつか酒の席で語っていたけれど、かつて岩猿が、砂粒しか操れなかった様に。

 そしてパスモの想像力は──自身の両手に銃口を、肩はそれぞれミサイル発射台とレーザー砲門を搭載させるに至った。


「なんじゃアレ超かっけぇえぅおおおおおぉわわわっ、わっ、危ねえな馬鹿野郎!」

「照準が定まりませんので、駆け込み乗車はご遠慮ください」


 降り注ぐ弾丸と、迫るミサイルと、地面を焼き抉るレーザーが雨の如く襲来する。

 なんて攻撃の密度と範囲をしていやがる。

 岩猿に並ぶ制圧力は、さすがチャンピオンというべきか。バッドメディスン最強の称号は伊達じゃない。


「だけれど……見切れない程じゃ無いぜ!」


 おそらくオレの反応速度は、しばらくアイツらと居たから、格段に上がっている。

 なあパスモ、お前は、パンドラの不敗神話を……岩猿という男を知っているか。

 オレが阪成に引きずられて初めてパンドラの鉄扉を潜った日も、アイツは闘技場の真ん中で胸を打ち鳴らし、転がる敗者の上で雄叫びを上げていた。乱暴かつ粗野で、品の良さなんてモンはまるで無い。

 けれどオレの目には、まるで自由奔放の象徴みたいに思えたのだ。

 だから、こないだアイツを倒せるかもってなった時は、高揚で打ち震えた。


「遅いなあ、遅い、アイツらに比べれば、全然っ!」


 蛭という少女を知っているか。

 オレの事を縛っていた家守組を、まるでゴミの様に、呆気なく血肉のパーティールームに変えた女だ。雑多な事には目もくれず、歪んだ愛を信ずるまま、紅い海と巨大ノコギリを振りかざすイカれ女である。

 そして岩猿と蛭を打ち破った、藤堂紫苑という男を知っているか。

 電光の如く現れた、オレと同い年くらいの男は、思うままに何もかもを薙ぎ払う。オレが信じていた最強も、美味いメシの定義も、パンドラ以外でのヴェリタスも……全部ブチ壊して、楽しそうな方へと向かって躊躇いなく踏み出してゆく。


「オレの裾に穴を空けたけりゃあッ! 【国つ神の槌ギガースハンド】でも【21期60号ヴァンパイア】でも【紫電フルグル】でも持ってきやがれッ!」


 オレ達は決して馴れ合いじゃない。仲間や友達じゃない。

 紫苑の首を狙い合い、それぞれが何かイラッと来れば速攻で暴力を振るい合う。

 互いに信じ合うのは力だけ。

 だからオレは、コイツ如きに敗ける訳にゃあいかない。


「【エルドラド】ッ!」


 ガスマスクのノズルを回す。金色の火炎を吐き出す。

 しかし鉄巨人は腕を振るい、炎を何事もなく払い飛ばす。

 そりゃそうだ。岩猿の時と同じ構図だ。

 勝ち筋があるとすれば、絶え間なく炎を吹き付けて蒸し焼きにしてしまうか。

 それとも鋼鉄の外殻を溶かしてしまうか。いずれにしても時間が必要だ。

 そんなのは恐らくパスモだってすぐに察するだろう。だから早く勝負を決めようと弾幕を厚くするハズだ。それから程なくして本体からの攻撃も併せてくるだろう。


「ほうら来たッ!」


 パスモが背中からジェット噴射を行いながら鉄拳で殴りかかってくる。

 横合いへ転がり込む。すぐ向けられた指先の銃口から弾丸が飛んでくる。

 駆け出して避ける。パスモがまたも追従する。

 今度は避けきれない。鞘から抜いた刀で拳を受ける。

 追撃の上段蹴りが迫る。掻い潜って背後へ回る。

 とにかく奴の死角と背後へ、意識して陣取り続ける。

 反撃の暇もない……だがこれでいい。

 さっさとケリを着けたいのに、ちょこまかと避けられる。

 まだ攻撃手段は致命性を持っていないから警戒しなくて良い。

 そんな相手と対峙した時に、パスモ、お前は何を考えるかな。

 オレには分かるぜ。そろそろ──大技を出して来るんだろう?


「【皆葬列車ラリトレイン】、『ジャガーノート』」


 パスモの姿が変形する。

 金属音が連続して鳴り響き、巨大ロボは電車そのものへと変貌する。ただし車体の横や屋根から銃口だの砲門だのが生えている。


「間もなく終点、天国でございます。六文銭をお忘れなき様ご注意下さいませ」


 低いバリトンボイスの声が響いて、鉄の躯体がエンジンの様な音で唸り始める。

 これを待っていた。さあ大一番だ。

 持っている刀の刃へ炎を吹き付けた。

 刀に金色の火炎を纏わせ、脇構えになり、体重を前に掛ける。


 ──ここで、おさらいだ。

 篝火イグニスは想像力と解釈の拡大によって強くなる。

 それは口で言うほど簡単に出来はしないが、事実だ──。


 けたたましくクラクションの音を掻き鳴らし、前照灯を輝かせ、死の列車が破壊を振り撒きながらオレへと一直線に疾駆する。左右を埋め尽くすは弾丸とレーザーの嵐で、逃げ場は無い。


 ──紫電フルグルを帯びたワイヤーは、岩を溶断していた。

 同じ事が、今のオレなら出来る筈だ──。


 岩猿戦では刃も炎も通らないと思い込んで居たから、使わなかった。

 これがオレの剣技だ。

 暴力的な質量が迫る。死の雨がしとど降り注ぐ。

 よく目を凝らしてその隙間を見据える。

 踏み込むべきは車体の真横だ。

 パスモがオレを轢き殺す寸前まで。

 その刹那まで極限までコイツを引き付ける。

 生と死を分かつ一瞬は、今か、今か、まだ、今か、まだ……──今だ。

 大きく踏み出す。

 刀を逆袈裟に振り抜く──……。


「【エルドラド】ッ! 『炎纏剣えんてんけん灼煌しゃっこう』ッ!」


 ……──オレの真横で通過する殺人列車を、炎の剣閃で斬り裂く。

 列車は吹っ飛んで横転しつつ観客席へと突っ込む。

 破壊音と悲鳴とクラクションの音をブチまけて、金属製の巨体はみるみるしぼむ。大量に転がる犠牲者と血痕の真ん中で、元通り貧相な身体のパスモが、全裸で脇腹を裂かれたまま動かない。


「悪いが天国にゃあ行けねえよ。何せオレ達も、お前も……」


 刀の切っ先を振り、火を消し払う。そして言い捨てた。


「……行き着く先は、地獄だけだ」

「しょ、勝負……あり! 勝者、コードネーム炎馬っ!」


 レフェリーが告げた後に、せき止めていた濁流が溢れる様に、怒涛の歓声が湧く。

 勝利の実感が遅れてオレに染み込む。口の端が自然と上がり身震いしたので、拳を握り締め、それをスタジアムの天井に向かって勢い良く突き上げた。

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