2110の語り部

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

第1話

 さて本日は過去の戦争を振り返っていきたいと思います。

 ゲストはこの方。ゲーム業界の生ける伝説。

 この若々しい姿と名前を多くの人に伝えてください陸生天冷さんです。

 御年なんと八十八歳。

 若々しくて髪の毛も黒くてふさふさ。肌の張りも見事で若々しい。とても米寿を迎えたとは思えませんね。

 さて早速インタビューを始めさせていただきます。


 若さの秘訣は?


「適切な運動と栄養バランスの取れた食事。あとはあまり外に出ないことですかね」


 やはり太陽の下に出るのは間違いと?


「時代が時代ですからね。家でできることは家でする。今では当たり前のことですけど、過去にしがみついて無理して倒れる人をたくさん見てきましたから」


 天冷さんが幼少の頃はまだ自然派……失礼、外出したがる人が多かったんですね?


「ええ。その頃はまだ世界が正常に機能していましたから。ただ当時から私はインドア派でしたけどね」


 当時は今よりも不便だったと思いますが何をなさっていたんですか?


「ディスプレイ型のゲームが中心ですね」


 やはりゲーム! しかもディスプレイ型とはレトロですね。


「現在では骨董品ですからね。当時の電子機器はその後の戦争による電磁波攻撃でほぼ壊滅してしまい、稼働可能な現存機は億単位の値が付くとか」


 ディスプレイ型は一部の富豪の道楽ですからね。


「仮想空間内で疑似的なレトロゲームもできるので本当に道楽ですね」


 全て懐かしい思い出の中に。

 仮想空間の発展と現実の消失の歴史を見てきた天冷さんにとって仮想空間とはどういうモノでしょうか?


「これでも半世紀以上仮想空間の住人ですからね。生活の場としか言いようがないですね。昔は不便なところもありましたが現在は本当に便利です」


 ふむふむ。では現実とは?


「……失われたモノが多すぎました。私の生まれる少し前にウイルス兵器の雛形と言われるコロナが流行りました。私の名前の天冷も実は疫病封じの妖怪に由来しているんです。そういう時代だった。そして私の生まれた年に第三次世界大戦の先駆けとなるロシアによるウクライナ侵攻が始まり世界が変革した」


 人類史のターニングポイントとなる二零二二年の生まれですからね。


「ええ。これは親から聞いた話ですが当時はまだ呑気なものでした。第三次世界大戦の危機感はあったが、ウクライナ侵攻が鎮静化した油断があったのでしょうね。第二次冷戦の始まりだと甘く見ていた。脅威とされていた核ミサイルによる都市部への攻撃はなかった。徐々にミサイル施設が解体されて世界は健全化に向けて歩んでいると勘違いした。核兵器の拡散と小型核兵器を搭載したドローンによる都市部でのテロを現実と受け止められなかった人が多くいました」


 ……ずいぶんと凄惨な状況だったらしいですね。


「思い出したくもないですね。脅威は核兵器だけではなかった。今なお人類を覆うコンタクトフォビア。その原因となったジェノサイドウイルスによるバイオハザードが深刻でしたから」


 接触恐怖症。人類の繋がりを絶つ悪魔のウイルスですね。


「コロナの改悪版との噂がありましたが今も真偽が定かではありません。無症状キャリアに一年以上も潜伏。活性化すれば致死率九割。わずか一週間で数千人に感染する。恐怖による暴動で無差別の殺し合いもあれば、無症状キャリアだとわかった人が自責の念で自殺するのも後を絶たない。人類を半減させて、人と人との直接の繋がりを完全に絶った悪魔のウイルスの流行。ばら撒いたとされる国も制御不能に陥って、人類は誰とも接触せず核を恐れて地下に潜ることを選択することになりました」


 そこに至ったのが今からちょうど半世紀前の二零六十年でしたか。


「私が三十八歳の時ですね。コンタクトフォビアの蔓延の暗黒期。同時にダイブ型仮想空間の完成し、普及した時代ですね。人類が繋がりを求めて仮想空間に逃げた時代です」


 それが現在の暮らしの始まりですね。


「ええ。それ以外に選択肢がなかった時代です。今も地上波核汚染の灰が振りますし、知らない人がどんなウイルスを潜伏させているかわからない。当時は人と直接会うのに命がけでしたから」


 そこからの五十年はいかがでしたでしょうか。


「……平和な時代でしょうか。恋愛という概念がなくなり、精子や卵子を国に提出して最適化された遺伝子配合により子供が生まれる。人口の管理も容易になる。当時は批判も多く地上に逃げる人が続出したなどの混乱もありました。でも懐古に耽らなければ安全で娯楽もある幸せな世界です。各国が争う体力も消失したあとの平和ですけどね」


 本日はありがとうございました。


「こちらこそ老人の想い出話に付き合ってくれてありがとう。米寿の良い記念になったよ。直接誰かと会って話すのが本当に懐かしかった。その相手がコミュニケーション用に開発されたアンドロイドでもね。……いや安心して話せたのはアンドロイドだからか。私もコンタクトフォビアに陥ったままだからな」


 天冷さんは自嘲気味に笑い部屋を出て行った。

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