短編66話  数ある私の想像の向こうへ

帝王Tsuyamasama

短編66話  数ある私の想像の向こうへ

『平均寿命は八十歳を超え、健康寿命も七十歳を超え』……


『還暦(六十歳)・古希(七十歳)・喜寿(七十七歳)・傘寿さんじゅ(八十歳)・米寿(八十八歳)』……


『百歳になってもまだまだ元気! 健康の秘訣は食にあり!』……


 私は前髪をちょっと直しながら、『健康元気! ハッツラツ人生! ~米寿なんて序の口っ!~』の本を閉じた。

 私、小平井こびらい 雪穂ゆきほは図書委員。今日はお昼休みに当番の日。

 今、図書室図書閲覧室には、私以外に五人の学生がいる。学生服の男の子が一人。セーラー服の女の子が四人。他にも貸し出しに男の子が一人来たので、その手続きもした。

 明日、この学校の創立八十八周年記念ということで、記念写真が撮影される……のだけど、これ実は毎年恒例。

 毎年四月の終わりごろに、ヘリコプターからの撮影と、屋上からの撮影がある。

 どちらも私たちはグラウンドに集まるけど、ヘリコプターからの撮影は、今年の西暦や校章、学校名とかをみんなで並んで作る人文字のを。

 屋上からのは、ひとクラス横一列、前から一年二年三年後ろに先生~と、全員の顔が見えるくらいの位置で、並んでの撮影。

 そしてこの写真は、下敷きの表と裏になって、学生たちに配られる。という恒例行事。

 ……私はまだ中学三年生なので、還暦なんてう~んと先。

 今年は八十八周年なので、人文字のところで『米寿』っていう文字も作ることに。

 図書委員をしながら明日のことを考えていたら、なんとなく米寿のことを読もうと思ったので、貸し出しの人が来るまでの時間に、そんな本をカウンターで読んでいた。

 ……実はその。ほんとは気になることが他にもあって。

 明日の撮影は、出席番号順で並ぶのだけれど…………


 休み時間が終わって、掃除の時間。今週、私たちの班は中庭。

「ゆ~きほっ」

麻理香まりかちゃん」

 灰色の掃除用具入れから竹ぼうきを取るときに、戸須川とすかわ 麻理香まりかちゃんから、肩ちょっと当てられちゃった。

 麻理香ちゃんはソフトボール部。私よりも身長おっきぃ。髪も首が見えるくらいの短さ。

 小学校のころからの友達だけど……その……

「今日は休み時間、佐兼さかねとしゃべった?!」

「図書委員だったよぅ」

「あ! そいえば言ってたね! めんごめんごっ」

 顔を合わせたら、すぐ佐兼さかね 誠太せいたくんとのことを聞いてくる。麻理香ちゃんは左手を立ててめんごしてるけど、私掃除始めちゃうよっ。はきはき。

「ね~雪穂~。早く告白しちゃおうよ~」

「ま、麻理香ちゃんっ、聞こえちゃうよぉ……」

「ちゃんと小声にしてるじゃんーっ」

 ……言わない方がよかったかなぁ……佐兼くんのこと、ちょ、ちょっと気になってるっていうの……。

 春休みが始まる前の三月。二年生がもう終わりだねー三年生はLJCラスト女子中学生だねーなんていうお話があって。最後の一年、思い出作りしなきゃーとか、好きな人のお話ーとかになって……問い詰められちゃったから…………。

「佐兼、かっこいいんだから、早く告白しないと取られちゃうよ!」

「と、とらっ……さ、佐兼くんが、幸せなら……それでも…………」

「だめだよそんなあ! 雪穂が幸せじゃなきゃ世界が幸せじゃないよ!」

「え、えっ……?」

 よくわからないけど……世界の危機?

「春休み、絶好のチャンスだったのに、もう三年生始まっちゃったよ! もう雪穂の幸せLJCは一年切ったんだよ!」

 え、ええっと……うん……?

「言えないものは、言えないもん……」

 佐兼くんは、麻理香ちゃんの言っているように、かっこいい男の子。

 女の子が多い美術部に入っていて、絵が上手で体育祭の応援旗作りのリーダーを務めたり、でもスポーツテストや球技大会、マラソンとかで運動神経がよくって、身長も高くて……お顔も人気みたいだし。

 特に目立ったところのない私なんかが……その……えと…………。

「だぁーいじょうぶだって! 雪穂かわいいんだから! 一緒に図書室で宿題したいでしょ!? 夏祭りに手をつなぎたいでしょ!? ひとつのマフラーを二人で巻きたいでしょ!?」

 ま、麻理香ちゃん近いっ。

「雪穂みたいないいこでかわいいこが幸せにならないと、世界の秩序が崩壊するの! わかるっ?!」

「わ、わからないよぅ」

「ああっ……!」

 麻理香ちゃんは、右手に竹ぼうきは持っているものの、両手をこめかみに押さえながら、空を見上げてる。あの、お掃除……。

「今告白しないと、おばあちゃんまでずっと一人ぼっちだよ!? だったら! いつ告白するの!? 現在でしょっ!」

 両手を前に出して、ポーズをしている。ち、近いよぅっ。 

(……でも、麻理香ちゃんの言うように、ずっと一人ぼっちよりは……うん…………)

 だけどそんな、こんな私だし……。

「もうこうなったら! 明日の撮影、腕組んで既成事実を作るしかないわね!」

「え、えっ?」

「だって出席番号隣でしょ? じゃあ撮影も隣でしょ! かわいい雪穂が腕組んだらいちころよいちころっ!」

「い、言いすぎだよぅ……」

 そう。明日の撮影が頭から離れなかったのは、それ。

 私は『こびらい』で、『さかね』くんとは同じクラスになると、出席番号が隣になることもある。今年はまさにそれ。

 佐兼くんの隣で撮影されて、下敷きとして残る……考えただけでも、てれちゃうというか……。

「よし! 今日はなんとしてでも佐兼引き止めるから、雪穂っ、一緒に帰るように!」

「ええっ? そんな、佐兼くんも、なにか用事があるかもしれないし……」

「かわいい雪穂を見捨てる用事がこの世界にあると思って?!」

「もぉぅ…………」

 麻理香ちゃん、私のことを思ってくれるのはうれしいけど、ちょ、ちょっと過激だよぅ……。


 部活が終わって、げた箱にやってきた私。

 靴をローファーに履き替えて……

(……いるよぉ……)

 玄関ポーチにある白い柱にもたれている佐兼くん。左ひざをちょっと曲げて、腕組みしてる。靴は灰色の運動靴。

 引き止めるって言っていたけど、麻理香ちゃんはいなさそう?

 私はゆっくり、ゆーっくり……学校指定の紺色セカバンセカンドバッグのひもを、両手でぎゅっとして……。

「よっ」

(はわあ、えと、えとっ)

「こ、こんにちはっ」

「ぷはっ! よそよそしすぎっ。帰ろうぜ」

「あ、う、うん……」

 笑顔もすてき。


 佐兼くんも、麻理香ちゃんと同じで、小学校のころからのお友達。

 何回か同じクラスになったから、小学生のときからしゃべったことはあった。

 前からちょっとは気になっていたけど……春休みに入る前に、三年生で使うノートを一緒に買いにいこう、ってなっちゃった日があって。

(あの時も麻理香ちゃんが、おしゃべりに佐兼くんを巻き込んじゃって)

 佐兼くんの提案で、電車に乗って大きいショッピングセンターへ行くことになっちゃって。

 ノートを買い終わっても、ごはんを一緒に食べたり、他のお買い物をしたり、本屋さんとかクレープ屋さんとかも寄っちゃって……。

(じ、実は。麻理香ちゃんには内緒だけど……プリントシール、撮ろうって、勇気を、出し、ました……。ちょっとてれた佐兼くんだったけど、すっごく宝物)

 あの日は朝から一日中、ずーっと佐兼くんといて、すごく楽しかった。やっぱり私、佐兼くんのこと、好きなのかな……って、この時思った。


「小平井も大変だな。戸須川に振り回されてさっ」

 校門を出たとき、ちょっと笑いながら、佐兼くんの優しいお声が届きました。

「えと…………でも、元気は、くれるし……」

 ちょっと過激だけどっ。

「やっぱ小平井、いいやつだな」

 ほめてもらっちゃいました。お顔見ることができません。

「……だからまあ、なんだ、そのー……」

 うん? なんだろう。

「小平井いいやつなんだから、戸須川からじゃなくても、直接……誘ってくれても、いいんだからな?」

「えっ?」

 思わず佐兼くんを見ちゃいました。佐兼くんは……お空見てる?

「……休みの日とかも……さ?」

 ……私は、夢を見ているのでしょうか。

「また電車乗って出かけようぜ。小平井が楽しそうにしてんの見るの、なんか、いいからさ」

(ふぁぁぁ……)

 わ、私そんなにあの日、顔に出てたかな。だって楽しかったんだもん。ひとつひとつの出来事が、なんだか全部特別みたいに感じて……はずかしい~っ。

「……な、なんかしゃべってくれよっ」

「え、あっ、ごめんなさい」

 思わず両手が両ほっぺたに。

「……よしっ! 今日から小平井は、俺にはごめんなさい禁止だ!」

「ええっ?」

 いきなり禁止令が出ちゃっています。

「1ごめんなさいにつき一年延長!」

「え、ええっ?」

 それも延長付き。

「じーさんばーさんになるまで延長されたくなかったら、俺に悪いと思わないで、言いたいことははっきり言ってくれっ」

「そ、そんなあ」

 ああっ、なんでそこで笑っちゃうの?

「……くくっ、だめだっ。小平井って結構表情あって、一緒にいて楽しいなっ」

 何か言い返したかったけど、楽しいって言われちゃってうみゅぅ。

「だから、小平井も俺のこと信用してくれ。俺でできること、小平井になにかしてやりたいんだ」

 ううっ。佐兼くん優しすぎてまぶしすぎるよぅ。

「……だ、だからー……」

 やっぱり佐兼くんのお顔、あんまり見られない。

「……ゆ、雪穂っ」

(わ!)

「また遊んでくれるよな? あれめちゃくちゃ楽しくて、夢に雪穂が出てきたくらいなんだぞ?」

 はわわ……お、お名前……。

「返事はっ」

「え、あの、えとっ、は、はいっ」

「よろしいっ」

 もうなんでそんなに笑っちゃってるのぅ!



 次の日。中学校創立八十八周年記念の撮影が行われた。

 その日からしばらくして、下敷きが出来上がり、みんなに配られた。


(……よ、よかった、見えてない……)

 私と佐兼くんは、やっぱり出席番号のことから隣同士。私はお口がわなわなしちゃってる。右手を顔の近くでピース。

 佐兼くんは爽やかスマイル。左手で前に突き出しながらのピース。

「どうどう雪穂~! 佐兼と一緒に記念撮影ぱしゃり! 腕組みできなかったみたいだけど、肩は近くて、充分国宝級だね!」

「う、うん……?」

 ……そして。前の人で見えていないけど、もう片方の手は…………麻理香ちゃんには内緒。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編66話  数ある私の想像の向こうへ 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ