どうせなら割り切れない人生を…

サムライ・ビジョン

若返る爺さん

 小林鉄郎こばやしてつろう、88歳。

ある朝めざめると、彼の身には不可解なことが起きていた。

「ん…おはよう爺さん…ありゃ!?」

夫婦円満の秘訣は、いつまでも同じ布団で眠ること…

妻の豊子とよこはガタのきた体を起き上がらせて、ふと横にいる鉄郎を見て…驚いた。


「婆さん…おりゃ一体、どうなってる…?」


88歳にしては若く聞こえる鉄郎の声。

それもそのはず…

鉄郎は、ふた回りも若返っていたのだ。


「あんた…若い頃の爺さんじゃないか」

婆さんは手鏡を見せた。

「…若いつっても皺はあるけどなぁ…」

皺はある。彼は中年になっていた。

ただ、昨晩と違って髪は黒く、禿げてもいない。確実に若返っている。

「婆さん、ちょいと俺のスマホ取ってくれ」

時代は令和。ジジイとてスマホは標準装備である。


【年寄り 若返る】

化粧水や美顔器しかヒットしない。

【年寄り 朝 若返る】

朝起きてたったの5分するだけで…否。

【朝起きると若返っていた】

漫画じゃない。フィクションではない…!


「ダメだ…さっぱりわからん…」

ガラガラ…

「爺ちゃ〜ん! 婆ちゃ〜ん! 遊びにきたよ〜! …あ、お客さんいたんだ…」

高校生になったばかりの孫がやってきたが、お小遣い目当ての不自然なハイテンションは鉄郎を見て急降下した。


「ちょっと婆ちゃん…」

孫は手招きする。

「あのひと誰? なんでパジャマなの?」

「えっと…信じてもらえるかはわからんが」


豊子は顛末を話した。ついでに若い頃の写真も添えて。

「…確かに昔の爺ちゃんだ。けどなんで?」

「わからん…」

「とりあえず、今日のことはみんなには内緒にするよ」

結局、なんの原因も分からないまま1日が過ぎた。


 次の日…

「婆さん…大変だ…」

鉄郎の声はさらに若返った。声だけでなく、昨日とは違って皺までなくなっている。

二十歳はたちくらいの爺さんにそっくり! 懐かしいねぇ…あたしゃこの頃の爺さんに惚れたんだよ」

「婆さん…照れるじゃねぇの…」

この頃になると、祖母と孫のようにも見えた。


 3日目…

「爺さん…どこまで若返る気だい?」

隣で眠るのは、もう「爺さん」とはとうてい呼べない少年。小学校高学年ほどである。

「婆さん、俺思うんだが…」

「なにか分かったのかい?」

「ひょっとして俺…されてねぇか?」

「割り算?」

豊子はピンときていない。


「ほら。一昨日は中年で、昨日は20代くらいだったろ? 2で割られてるんじゃないかって思うんだ」

鉄郎は指で「2」を表しながら言う。

「だとしたら、一昨日は44歳で、昨日は22歳…今日は11歳ってこと?」

「かもしれん」

「じゃあ、明日はどうなるの? 5歳6ヶ月? そこからさらに若返って…」

豊子は気が気でなかった。

鉄郎も考え込んでいる。


「…明日のことは明日にならにゃわからん。俺は平気だ。もし赤ん坊になっちまったら…申し訳ないが婆さんの世話になる…かも…」

豊子は真顔だったが、ふと微笑んだ。

「そのときはそのときよね! ひと足早くひ孫が生まれたと思ってお世話するわよ!」

「すまんな…」

「爺さんは何も悪くない…悪いのは、爺さんを若返らせようとする『誰か』のせいよ」

鉄郎は豊子にそっと抱きついた。

豊子は鉄郎の頭をそっと撫でた。

その姿は、2人目の孫を愛でる祖母のようであり…

長年連れ添った仲のようにも見えた。




 次の日。

「婆さん…俺…俺は…!」

鉄郎は、22歳に戻っていた。

「…このまま、私と同じ歳まで戻るのかね?」

「だといいなぁ」

「…今の爺さん本当、男前ねぇ」

「爺さんの頃の俺も男前だろぉ?」

「…そうね、あんたはずっと男前だよ」


 次の日、さらに次の日と時間が流れ…

結局、鉄郎は元に戻った。

誰にも原因は分からない。

誰にも何も分からない。

ただひとつ言えることがあるとすれば…


2人の仲は極限まで深まった…というところだろうか。

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