転生適齢期なお年頃

維 黎

老霊と天使

 それほど大きくもなく装飾もどちらかと云えば質素なそれ――死者を祀る祭壇。

 芸能人のテレビ中継で見るような豪華で盛大な物でもなく、冠婚葬祭のパンフレットに載っているような綺麗で整えられた、それでいて華やかな物でもなく、まさしく家族葬の見本とも云うべき祭壇。

 白い棺覆ひつぎおおいに包まれた棺の周りにプリザーブドフラワー。その後方には故人の写真と枕飾り。

 祭場を借りてではなく故人の生家で執り行われた葬儀の為、集まった者は家族のみ。


「――お義父さんも大往生と云えるわよねぇ」

 

 50代半ばとおぼしき女性が湯呑片手にしみじみと呟く。


「そうだなぁ。最後は眠るように逝ったし、先月米寿の祝いも出来たし。本人も特に不満もなかったんじゃないか。まぁ俺としては親父オヤジは100歳まで生きるとは思ってたんだけどな」


 同年代と思われる頭髪の大部分が白くなった男性もまた、両手に湯呑を包み込むようにして持ちながら、苦笑にも似た笑みを浮かべている。


「俺にとってのじーちゃんはヒーローだったけどな。小学校んときと中学の時に一回ずつ、トラックに撥ねられそうになった子犬と女の子を、漫画みたいに抱きかかえて助けるとこ見たし。カッコ良かったよなぁ、マジで」

「私のお爺ちゃんの印象はエロじじい一択ね。孫娘の顔見るたびに『もんじゃろ~~~』とか叫んで、ゾンビみたいに胸目掛けて突進してくるんだもん。中学の時は本気でうざいって思ってた」


 おそらく兄妹と思われる若い男女。

 全員が喪服を着てテーブルを囲んでの座談。

 葬儀という場にあっては、縁者の死を哀しんで悼むというよりは親愛をもって見送るといった様子。


「――」


 故人の人柄について楽し気に語り合う家族のその様子を文字通り俯瞰している者が一人。いや、正確に云えばが正しいか。

 頭に三角頭巾を巻き、白装束に身を包んだその身は半透明。体つきからしてかなりの高齢だと思われるその顔は、祭壇の写真と同一のそれ。


「――ずいぶんと慕われていたようですわね。貴方」


 突如として語りかけられたその声に、老霊は緩慢な動きでゆっくりと声の主に振り向く。


「まぁ、わたくしが参った時点で徳の高い方確定なのですけれど」

「――」

「さて。状況をご説明いたしましょうか――って、あら? もし? もし?」


 無反応。


「――あら、嫌だわ。離魂がうまくいかなかったのかしら?」


 人差し指を頬に当て首を傾げる。

 

「はぁ。生命力が高い人間がたまになるのでしたかしら。自らの死を受け入れられず理解出来なくて、魂の自意識――魂格だけが亡骸に取り残される――だったわね」


 老霊の正面に回り込んでみる。


「もし? もし? もしもしもしもし?」


 手を振ってみるが反応無し。

 何か――焦点があっていない様子。まさしく魂格こころここにあらず。

 眼前で指を鳴らしてみる。いわゆる指パッチン。三度。

 すると両眼に理解の感情が見受けられた。


「よかったわ。貴方、今の状況がわかりま――」

「もんじゃろ~~~~!!!!」

「はぁ!?」


 まさしく神速の動き。

 防ぐことも避けることも出来なかった。ぽゆん、ぽゆんと二揉みされてしまう。


「このこぼれんばかりの果実が如き!! なんつーチチしとるんじゃ! この世の者とは思えん! わっしゃぁ……わっしゃぁ……生きててよかったぞッ!!」

「何さらしとんじゃ、ワレぇ!! ワレ、とっくに死んどんじゃボケぇ!」


 老霊の頬目掛けて突き出された拳。

 衝撃インパクトの瞬間、手首から肘、肩へと内側へ捻るようにして打ち込むことにより、威力を各段に上げる技。

 熟練者が使えば必殺ともなる一撃は、コークスクリュー・ブロー。

 めり込む拳。

 ひしゃげる顔面かお

 衝撃と共に霊体が吹っ飛び、部屋の壁へと激突してポテッと畳床に落ちる。

 本来、霊体は現世の物理に干渉しない為、壁にぶつかったり床に落ちたりはしないのだが。


「おおおぉ。な、なにをするんじゃいきなり」


 老霊は畳に胡坐をかくと、カクカクと顎の様子を探って位置を調整する。


「それはこちらのセリフですッ! あ、あなた……わ、わ、わたくしの胸を――」


 怒りか羞恥か。顔を赤く染めた後にセリフが続かない。


「おぉ、いた。死ぬかと思ったわい。いくら爆乳びじんでも、ちと年寄りを労わらんかい。――で? お主は誰じゃ? その恰好からしてというやつかの? ワシの孫娘がやっとるのとはちと違うようじゃが」

「誰がコスプレですか。わたくしは正真正銘、本物の天使ですわ。地球担当の女神事務所日本支部に勤める天使ものです。あなたを迎えに参ったのですよ」

「天使じゃと? ――ふむ。エロ天使か」

「云うに事欠いて貴方、エロ天使って!? そんな不純な天使そんざいがいますかっ!! 普通に天使です! エンジェルですわッ!」


 胸元まで流れるようになブラウンの髪。頭部にはカチューシャに天使たる所以の光輝く輪。背には小さな対の羽。胸元の大きく開いたレース地のトップスにミニのパニエスカート。そのすべてが純白。

 だがしかし。老霊の云う通りエロくもある。


「――ワシは死んだのか」

「――えぇ」


 天使が老霊ではなく部屋の前方を見つめながら返事を返したので、老霊も首をそちらに向ける。

 と、そこには息子夫婦と孫二人の姿と奥には棺と祭壇。その祭壇には自分の遺影が置かれている。

 老霊と天使が派手にドタバタしていたにも関わらず、何の反応も示していないことから、どうやら家族には老霊と天使が視えていないようだった。


「そうか。100までは生きるつもりじゃったがのぉ。まぁ、悔いは残るが未練はないわい。で? わしゃ、どうなるんじゃ? このまま成仏するんかいの?」

「輪廻転生という言葉は知っていますか? 生物がその寿命を全うした時、別の生物に生まれ変わることがあるのです。霊長類にんげんはその霊質から転生させるにはいろいろな諸条件があるのですが、その一つに徳の高さがあり、貴方はその徳の高さゆえに輪廻転生が女神様より許されたのです」

「――」


 神の啓示を告げるがごとく、目を閉じ胸前むなさきで手を組んで語る天使の言葉に無反応を示す老霊。

 目を開けてみればコックリ、コックリと船を漕ぐ姿。


「寝るんじゃねぇぇぇぇ!! 天使ひとのありがたい言葉を訊けや、ボケジジィィッ!!!」


 微かに畳をかすらせた這うような軌道の拳が老霊の顎を捉えると同時に、体全体を使って伸びあがる見事なアッパーカット。

 強烈な一撃で胡坐座から無理やり天井まで突き上げられ、したたか頭を打つ老霊。


「おぶッ!?」


 今度は地に落ちることなくふわりと宙を漂う。


「おひたたた。痛いのぉ。天使の嬢ちゃんや。もう少し加減をしてもばちが当たらんじゃろうに」

「天使の言葉を訊かないってだけで、十分に罰当たりですわッ! ――まったく、どうして女神様はこんな人間に……」


 言葉の後半はブツブツと独り言に変わる。

 もちろん、事前にこの老霊の資料は読み込んではいる。

 その生涯において人間の命を二回、他の動物の命を八回救って来た。

 実例として警察から感謝状を三度授与されている。

 命に関してのその行為には十分な輪廻転生の資格があると判断された。

 まぁ、その善行の数倍、セクハラ行為による注意警告があるにはあるが、他者の命に係わることではないのでその悪行に関しては考慮されない。人間界の法やモラルは関係ないのである。


「――それでは改めて。人間が輪廻転生するときは必ず高次元の霊体、主に霊長類や動物に生まれ変わることになります。しかしながら88歳の年齢で死亡した者に関しては、再び人間として転生することが決まっています」

「ほう。それはなんとも嬉しい限りじゃの。しかし、88っちゅー歳だけ特別なんかの?」

「そうです。88はエンジェルナンバーでは、過去の行動や功績により一層の評価が得られるとの意味合いを持っていますの。よって88歳で死亡した貴方は、その徳の高さから人間に生まれ変わることが出来るのですわ」


 天使はそう説明すると、光の円で縁どられた輪――輪廻の輪を空間に生み出した。その内側は虹色に輝いている。

 天使の言葉を訊きしばらく考え込んでいた老霊は、天使に確認を取る。


「前世の――今のわしの記憶はどうなるんじゃ? 持ったままなのかの?」

「いえ。基本的に記憶はありませんわ。全くの別人として新たに生涯せいをまっとうすることになるのです」


 時折、既視感デジャヴとして感じることがあるかもしれないと付け加える。


「そうか。仕方がないの。記憶がないのであれば死ぬのと大差ないということじゃな?」

「――ええ。生命いのちとは尽きるものなのですわ。生まれることはあっても引き継がれることはありません」

「了解じゃ」


 老霊は輪廻の輪を両手で掴むと一度、自らの家族を振り返る。


「――じゃあの。達者でやれや」

「あ、お待ちなさい。転生の儀を執り行ってからでないと――」


 天使の言葉が云い終わる前に、老霊は輪廻の輪に飛び込んでいった。


「ウソッ!? あり得ないですわッ! 儀式を執り行っていない霊体の身で輪廻の輪をくぐることなんて!」


 目の前でなんの抵抗もなく消えた老霊に愕然とする天使。


「――そういえば……。ただの霊体でありながら超高次元体であるわたくし、あの方……」 


 呆然と呟きながら頭の片隅に『女神様への報告案件』と記して、天使は次の担当にんげんの下へと移動した。







 剣と魔法、そして魑魅魍魎の魔物が跋扈する世界セルーフィア。そのとある村に一人の赤子が産声を上げた。

 今はまだ名もなきその赤子が、前世の記憶と共に世界を旅することになるのだが、それはまた別のお題の話である。



               ――了――

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