温かい背中

三城 谷

昔も、今も……そしてこれからも

 盆栽が並んだ庭を眺めながら、お茶を啜る祖父。弱々しく、曲がった背中は既に見慣れている。そんな祖父の隣に並ぶのが幼い頃からの恒例だ。

 縁側に座り込み、いつものように祖父の隣に並ぶ。


 「おぉ……今年も来たか」


 並んで座った所で、祖父はそう言って笑みを浮かべる。少し見ない間に、また老けてしまっただろうか。当然だろう。毎年こうして隣に並んでいるが、僕が誕生日を迎えれば祖父も歳を取るのは必然だ。

 至極当然の自然の流れ。だがしかし、ふと思う時がある。


 ……祖父は、何歳まで生きていられるだろうかと。


 こうして長い間一緒に過ごす事が多くなったけれど、僕も初めからそうだった訳じゃない。祖父が居る親の実家に行く事はあっても、幼い頃は遊びたい盛りで面倒に思う時もあった。

 小学校、中学校、高校と上がって、年に一度の挨拶も行くのは恒例行事と化している。そこに僕の意思は少なくて、ただお年玉を貰いに行きたいが為に遊びに行っていた時期もあったぐらいだ。

 祖父について詳しく知らない。けれど、祖母が亡くなってしまった頃だろうか。元気に見えていても、何処かふわふわし始めて、力なく笑みを浮かべ始めたのは。

 

 「じいちゃん、今日は盆栽はやらんの?」

 「今日は良い天気だけどな、昨日やったばかりだ。それに、ちとのんびりしたい気分だな」

 「そっか」


 交わされる言葉は少しだけ。けれど、隣に居る時間がとても心地良い。だが、この時間がいつか終わるのかもしれないって思うと、途端に寂しく感じてしまう。


 「そう気に病むな」

 「っ」


 そんな事を考えていると、頭に祖父の手が乗ってきた。撫でるもなく、ただ乗せるだけの行為。だが、心の底から心配という感情が込み上げてしまう。

 祖母が亡くなってから、祖父は元気が無かったのは確かなのだ。それに毎年来ていると言っても、やはり僕が居ない間は祖父が一人で暮らしている。縁側がある後ろには、六畳の和室があって、その中心にいつも布団が敷かれている。

 その和室の角には、線香が焚かれている祖母の仏壇が置いてある。布団と距離が近いせいだろうか、ふとした時に頭の中に過ぎってしまうのだ。いつか、祖父が目の前の布団の上で……もう起きなくなってしまうんじゃないか。

 それを中心に僕等家族が、落ち込んでいる景色が過ぎってしまう。そんな不安を抱えている事がバレているのか、祖父は手を乗せたまま笑みを浮かべた。


 「安心せい。わしはまだまだ逝かんよ。ばあさんに頼まれちまったからなぁ」

 「な、何を?」

 「お前さんの成長を見届ける事だよ。わしにとっても、ばあさんにとっても、お前は立派な孫で、誇りだからなぁ。なんたって、わしとばあさんの息子が産んだ子だ。自慢じゃない訳がないだろう?」

 「……!」

 「毎年毎年、わしはこの時間を楽しみにしとる。ばあさんが逝っちまってから、わしもいつかはと考えた事もある。だけどな、お前さんの顔を見るこの時間が近くなって、ふとお前さんや息子の顔が見れると思ったら……楽しみで逆に眠れんわい」

 「そっか……そっか」

 「お、そうだそうだ。お前さんが来た時の為に、用意してたものがあったんだ。ちと待っとれな」

 

 祖父の手が離れ、少しだけ涼しくなった。暑い季節になってきたが、まだこれから暑くなるのだろう。こんな場所にずっと居たら、逆に熱中症とかになってしまわないか心配だ。

 こんな事を考え続けていたら、ある時、両親から「お前は過保護だな」と言われた。だって仕方ないだろう。立ち上がるのがのんびりしてて、歩くのも少し遅い。けど、たまに見せてくれるようになった無邪気さが大好きなのだから。


 「そうそう、これだこれだ。一度は孫とやってみたい事の一つだ。どれか選べ」

 「これは……」

 

 祖父が持って来たのは、将棋と囲碁と花札だった。わざわざ買ったのか、玩具売り場に売っている小さいバージョンの奴だ。花札は年季が入っていて、祖父か祖母の私物だという事が良く分かる。

 幼少の頃は分からなくて断ってしまったが、成長した今ならある程度のルールも知っているつもりだ。


 「いいよ、やろうか」

 「おぉ、そうこなくちゃなぁ……ではどれからやる?」

 「全部」

 「ほ?」

 「全部やろう。じいちゃんが誘ったゲームだし、これは僕と勝負するって事でしょ?」

 「ふ、はは……そうじゃな、全部やるかぁ」


 祖父は嬉しそうに笑った。一緒に準備をし始めてから数分、目の前に並べられた将棋盤へ視線を落とす。ルールは知っているが、経験は一切ない僕。しかし、祖父は「良いか?」と歯を見せて穏やかに問い掛けて来た。

 それに頷いた僕は、祖父に教えられつつも将棋を始めた。局面が動く度、感心したような溜息が祖父から漏れる。しかし、すぐに悪戯な笑みを浮かべて僕の隙を狙ってきた。

 そんな勝負の最中、祖父は穏やかな口調で言うのであった。


 「またばあさんに土産話が増えちまったなぁ。わしの夢も一個叶っちまった。……また来年も、わしの相手をしてくれるか?」

 「あぁっ、望むところだ!」

 「孫の腕がどこまで上るか、楽しみになったなぁ。ま、わしも負けんがなぁ」


 来年も勝負しよう。そんな事を言われたのは初めてだ。それが嬉しくて、勝負しながら僕は心の中で願い続ける。


 「(じいちゃん、これからも元気で居てくれ。縁側に座っているじいちゃんの背中を見た時、また来たんだって思うのが楽しみなんだからさ)」

 「(あぁ、知っとる。よう、知っとる。またいつでも来なさい、待っとるぞ)」


 ――月日が経ち、また一年。


 ――また一年……。


 どんどん小さくなってるように見えるが、縁側でお茶を飲む祖父の背中に声を掛ける。

 

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