スナックカンナ(米寿)

倉沢トモエ

スナックカンナ(米寿)

 大学二年目の冬休みに帰省した。


 俺の実家は最寄り駅の周りに田んぼしかないようなところだ。冬なので、見渡す限りはだかの田んぼで、寒々としている。

 駅前に、地元に残った友達がクルマで迎えに来てくれていた。


「おかえり」

「ただいま」


 クルマの礼を兼ね、駅で買った土産を渡す。

 隣の家の、タダシだ。高校を卒業してからは地元の自動車整備学校に通っている。


「どうよ、大都会(笑)」


 大学は東京ではなく、同じ県内の都市部にあるのだが、大都会(笑)扱いなので微妙だが仕方ない。


「まあまあ、そんな変わらないよ」


 高校の時だって、よく遊びに行っていたじゃないかね。君もな。


「さびれゆく地元を、どう思うよ」


 さびれゆく、のかどうかはわからないが、たしかに大型スーパーくらいしか店がない。それと大型酒店とホームセンター。


「でも、やってるじゃないの、〈すずらん美容室〉」


 タダシの従姉が働いている昔からの美容室だ。


「おう」


 ちょうどクルマがその横を通っていった。となると、じきに実家だ。


「……」


 そこで唐突に、俺はかねてからの疑問があったことを思い出した。


「あのさ、〈スナックカンナ〉って、どうなってるのよ」

「あ?」


〈すずらん美容室〉は、二階建ての建物の二階にある。

 一階にあるのは〈スナックカンナ〉だ。

 開いているところを、子供の頃から一度も見たことがない。

 その割には、閉店後放置されて、荒れ果てている、というかんじでもない。看板は埃もなくこぎれいだ。


「あれか?」


 夏に帰ったときはタイヘイの家がやってる居酒屋に集まったし、そもそも〈スナック〉って。ただでさえ入りづらいかんじがする。常連しかいなさそうな。


「あれは、オオサキさんちの婆ちゃんの店だよ」

「婆ちゃん?」


 オオサキさんは、このあたりでも大きいほうの米農家だ。このあたりの小学生はみな、田植え体験でお世話になっている。なので婆ちゃんの顔も、みんな知っている。

 あ、そうか。カンナ婆ちゃんだ。


「婆ちゃん、カラオケ好きでな」

「カラオケ」

「農閑期に歌いたいから、て、建てた店だって」


 ……富農はすごいな。


「上が美容室で、家賃収入もあるから、いいんじゃねえの」

「なるほどなー」


 酒が飲める歳になるタイミングで地元を半分離れたので、子供の頃の疑問がいくつか宙ぶらりんになっている。こっちで大人になる奴と、ならない奴の差をうっすら感じ、さみしいような、へんな気分だ。


「ありがとうね、タダシくん。

 おかえり」


 家に着くと、母が出迎えてくれた。

 タダシは、また明日な、と、帰って行った。


 * *


「〈スナックカンナ〉? 行くか?」


 さっきまでタダシとそんな話をしていた、と、軽く話していたら、親父がビールを注ぎながらそんなことを言い出した。


「行ったことあるの?」

「あるある。隣のササキさんと」


 タダシの父ちゃんじゃねえか。

 というか、人気店なのか。


「ありがたいのよー、バレーボールの打ち上げで使わせてもらったし」


 母ちゃんまで。


「ただ、料理持ち込まないと乾きものしか出ないからな」

「乾きもの」

「乾きものしか出ない」


 妙な部分をきっぱり言われた。


 * *


「なんだこれは……」


 俺とタダシは、タンバリンとマラカスを持たされ、〈スナックカンナ〉の片隅に座らされている。


「あら、若い人がいて、嬉しいわー」


 ゆうべ両親に〈スナックカンナ〉の話をしただけで、これだ。


「お婆ちゃん、米寿なのよー、祝ってあげてねー」


 全く知らなかったのだが、今日、カンナ婆ちゃんは親戚一同と町内会で米寿のお祝いをし、二次会として〈スナックカンナ〉に集い、カラオケ仲間とめでたさをわかち合う、そういう流れだったそうなのだ。

 そのお祝いにうちの両親が呼ばれていたので、何となくの流れで俺が呼ばれ、タダシも巻き込まれた。


「おめでとうございます」

「ありがとうな」


 カンナ婆ちゃん、俺のこともタダシのことも、そんなに覚えてないんじゃないか。髪色が知らない間に紫になってたし。

 しかし、婆ちゃんは言った。


「町の子は、みんな孫みてえなもの。

 さ、食べて行ってな」


 米寿。88歳ともなれば、小さいことなどめでたさで吹き飛ばせるのだろう。ありがとう。そして、おめでとう。

 テーブルには寿司桶が3つと、おそらく山田菜々美の家(中華料理屋)で準備したオードブルの大皿も3皿ある。


「タダシ、」


 タダシは、この状況をどう見ているか。


「ああ。公民館のカラオケ教室のメンバーだな」


 年に一度、公民館でミラーボールを回し、発表会があるのだという。


「いつの間にそんな教室が」

「カンナ婆ちゃんが、呼んだって噂だよ」


 行動力あるな、婆ちゃん。


「まあ、町を離れる奴も、残る奴もいるけど、それなりにやってるのさ」


「みなさん、」


 青いスパンコールのジャケットを着た〈すずらん美容室〉のオヤジが司会者だった。


「長く、町に貢献してきたカンナさん、堂々の88歳、まことに、おめでとうございます」


 大きな拍手が起こり、俺とタダシも鳴り物を鳴らす。


「では、早速歌っていただきましょう。

『南国土佐を後にして』」


 この話には、とくにオチはなくて、俺とタダシは鳴り物を鳴らし、カラオケ教室仲間たちはカンナ婆ちゃんと大合唱になり、まあまあ、盛り上がってよい感じだった、という、二十歳の冬の思い出であることだった。

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スナックカンナ(米寿) 倉沢トモエ @kisaragi_01

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