勇者の聖剣は包丁じゃない!

武海 進

勇者の聖剣は包丁じゃない!

 私は異世界から来た勇者様と共に、この世界を破滅させようとしている魔王を倒す為に旅をしている神官のセレーナといいます。


 最初は勇者様のサポート役として旅が出来るなんて、なんと名誉なことなのだろうと思っていました。


 しかし最近は、ある悩みのせいで勇者様との旅を辞めたいと思っています。


 その悩みというのが、勇者様が魔王が生み出した配下の魔物を倒す度に調理をして食べることなのです。


 昨日は倒したデッシュルームと呼ばれる吸えば即死する胞子を出すキノコ型の魔物を使ってドビンムシなる料理を作って食べるし、一昨日は炎を操る牛型の魔獣であるフレイムオックスをローストビーフにして食べました。


 今日もこれからさっき倒した巨大な魚型の魔物のメイルブリームを食べると言い出しています。


 別に私たちは王国から支援を受けているので、お金が無くて食料が買えなくて魔物を食べているのではありません。


「こいつ、ちょっと鯛に似てるけど味も似てるのかな? やっぱり大きいし、味も大味なのか?」


 そう、純粋に勇者様の知的好奇心とお腹を満たす為だけに食べるのです。


「セレーナ、いつものを頼むよ」


「はあ、分かりました。ディスペルポイズン!」


 いつも魔物の身に毒があってはいけないので、こうして私が解毒の魔法を掛けているのですが、私の魔法を毒抜きの為に使う羽目になるとは夢にも思っていませんでした。


「さてと、とりあえず捌くとしますか」


 メイルブリームを倒した時に鞘に納めた聖剣を再び抜いた勇者様は、自分の身の丈の3倍はあるメイルブリームを3枚に下ろし始めました。


 この光景を見たら国王様はもちろん、前の聖剣の持ち主、先代勇者様がどれだけ悲しまれるでことでしょうか。


「勇者様、何度も言いますが聖剣は包丁では無いのですよ」


「そんなこと言われても堅い魔物の皮を切るのに普通の包丁じゃ無理じゃないか」


 何度注意しても勇者様はこんな風に論点のズレた返事をします。


「折角倒したてで新鮮だし刺身で食べてみるか。アイテムクリエイト! 醤油!」


 勇者様は包丁の何倍も大きな聖剣で器用に下ろした身の一部を一口大に切ると、魔法で作った黒い液体に付けると焼かずに生で食べ始めました。


 以前も似たような食べた方をされた時はとても驚きましたが、勇者様の故郷では魚を生で食べる文化があるそうで、珍しい食べ方では無いのだとか。


「うん、美味い。やっぱり見た目通り味も肉質も鯛に似ているな。だったら今日のメインはあれにしようか」


 一人勝手に納得された勇者様はまた魔法を使って調理器具や調味料を作り出し始めました。


 こうなった勇者様を止める術など無く、完成した料理を食べ終わるまで梃子でも動かなくなります。


 仕方なく私は手ごろな石に腰掛け、今日の旅の記録を手帳に書いたり、国王様への報告の手紙をしたためたりと、やらなければいけない事務仕事を済ませることにしました。


 暫く事務仕事に夢中になっていると、鼻孔をくすぐるおいしそうな匂いがしてきました。


 書類から目を上げて勇者様の方を見ると、ドナベなる調理器具で作っていた料理が出来たらしく、鼻歌交じりに中身を混ぜていました。


「さて、こっちも良い感じだな。やっぱりこれだけ大きい身だと串焼きにしがいがあっていいな」


 ドナベから皿に料理を移し終えた勇者様は、串を打って焚火で焼いていた身の方も皿にのせて私の方に近づいてきます。


 私の悩みは実はもう一つあります。


 勇者様が作った料理を私にも食べさせようとすることです。


 最初は必死に拒否していたのですが、おいしいものはみんなで食べたほうがおいしいから一緒に食べて欲しい、と悲しそうな表情で言われてしまい、断り切れなくなって一度食べたが最後、完全に私が魔物を食べることを受け入れたと勘違いした勇者様は料理を作る度に私に食べさせるようになりました。


「はい、今日のメニューはメイルブリームの鯛めし風と串焼きだよ。セレーナには箸よりスプーンの方が食べやすいかな」


 そう言いながらスプーンと共に渡されたのは、メイルブリームの身が混ざった勇者様の故郷の主食であるコメを炊いた物と、こんがりと焼けた魔物の身ということを除けばとてもおいしそうな串焼きです。


 見た目だけならば勇者様の魔物料理は一流のシェフが作った料理の様においしそうなのですが、材料がさっきまで命がけで戦っていた魔物だと思うとなかなか食欲が湧かず、スプーンを持つ手が動きません。


 ですが体は正直なもので、匂いと見た目に騙されたお腹の虫が暴れ始めてしまいました。


 勇者様の方を見るととてもおいしそうに食べていて、それを見ていると余計にお腹が空いてきます。


 どちらにしろこれ以外今日は食べるものも無いので、意を決した私は恐る恐るスプーンを口に運びました。


「おいしい!」


 あまりのおいしさに思わず声が出てしまいました。


 メイルブリームの身から出た旨味を吸ったコメのおいしさにスプーンが止まらなくなり、串焼きの方も香ばしい焼き目とふっくらとした身がたまりません。


 あっという間に完食してしまった私を見た勇者様はお代わりを下さいました。


 いつも最初は食べる気が起きないのですが、一口食べると止まらなくなってしまいます。


 魔物がおいしい、というよりは勇者様が料理上手なのだと私は思っています。


 だからこそ思うのです。


 普通の材料で料理して欲しいと。

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