第30話【ニ○アサは何歳になってもワクワクするもの】

 日曜日の朝。

 空腹の胃袋を刺激する、味噌汁のいい匂いに釣られて目が覚めた。


「あ、おはようございます。起こしてしまいましたか」


 布団から身体を起こし、カウンターキッチンの方に視線を向ければ、そこにはエプロン姿のセレンさん。


「もう少々お時間かかりますので、まだおやすみになっていても大丈夫ですよ」


 今はしゃけを焼いているらしく、手には菜箸が握らていてる。


 セレンさんのお言葉に甘えて完成まで惰眠だみんをむさぼりたいところだが、目撃してしまった以上はそういうわけにもいかない。 

 それに焼き魚というのは慣れていないと焼き加減の判断が難しいので、一応俺も横についておいた方がいいだろう。


「俺も手伝うよ」

「そんな、いつも晴人はるとさんが朝食を作ってくださるので、今朝くらいは私が」

「いいから手伝わせて――これからは一緒に立ち向かっていきましょうって、昨日セレンさんが言ったばかりだよね?」


 昨晩、というか今日の真夜中の出来事を思い出して、自分で言って恥ずかしくなってくる。


 セレンさんに抱きしめられたあと、俺はどうやら泣き疲れてそのまま眠りについてしまったようだ。

 何か夢を見たような気がするが、どうにも頭の中に高濃度のモヤモヤがかかっていて全く思い出せない。

 ただ漠然と幸せな夢、だったという余韻のみが残されていた。


「ありがとうございます。でも朝食くらいで大袈裟な気もしますが」


 俺の言葉に一瞬目を丸くしたセレンさんは、すぐに優しくにこりと微笑んだ。


「セレンさん、焼き魚をナメてると痛い目をみるよ。小さい子と一緒で、ちょっと目を離すとすぐに焦げ目がつくんだから......て、言ってるそばから焦げてない?」

「ああああああ!? もう、晴人さんが嬉しいこと言うからですよ!?」


 指摘されて急いでグリルを開ければ、なかなか見事に焦げた状態の焼き鮭がジュージューと音を立てている。

 頬を膨らませて抗議するセレンさんがあまりに可愛くて、俺はつい鼻を鳴らして笑ってしまった。


「自分のミスを息子のせいにするなんて悲しいな~」


 からかい半分でそう言う俺に、セレンさんは「ぐぬぬ」という表情を露わにする。


「コラ! 手伝うのでしたらいいから早く顔を洗ってきなさい!」

「了解しました!」


 可愛くぷりぷり怒るセレンさんに追い出されるように、俺は洗面所へと向かった。


 ......ヤバイ、セレンさんからかうの、癖になりそう......。


 リビングに戻ってきた頃には時刻は8時半。

 みんな大好き『ニ〇アサ』の時間だ。

 テレビに視線を向ければ、小さい女の子たちだけでなく、大きい子供たちにも大人気のアニメが放送されている。


 俺はハムエッグを焼いているフライパンに水を入れて蓋をし、横目でセレンさんをちらと見れば、鼻歌交じりにサラダ用のレタスをちぎっていた。

 基本朝の弱いセレンさんがこの時間から元気だなんて、何かいいことでもあったのだろう。


「あのさ、セレンさん」

「なんでしょうか?」

 

 視線は変えず、セレンさんはお皿にちぎったレタスを盛りつけていく。

 

「......何の取り柄もない、空っぽの俺に何ができるかわからないけど、これからは自分の将来について、もっと真剣に考えてみるよ。だからいろいろとさ......人生の大先輩、母親として相談に乗ってくれる?」


 セレンさんの瞳がパっと明るく輝き、満面の笑みで俺を見つめた。


「当たり前じゃないですか、もちろんです。それに晴人さんは自分に取り柄が無いと思われているようですが、それはご謙遜けんそんかと」

「じゃあ俺の取り柄が何か言ってみて?」

「アニメが詳しい」

「そりゃあ、セレンさんよりかはね」

「漫画も詳しい」

「そこまでではないかな」

「フィーネの純愛でほぼ毎週読まれている常連メール職人」

「まさか一ヶ月も連続採用だなんて驚きだよね――ハァッ!?」


 不意打ちな発言のあまり、俺はセレンさんを二度見してしまった。


「何で知って......」

「実は私も最近フィーネの純愛を聴いていまして。とても純粋でいい娘ですよね、フィーネさん」


 驚愕し、ハトが豆鉄砲くらった状態の俺に対し、先程のお返しと言わんばかりに可愛らしく舌をペロっと出すセレンさん。

 ハムエッグの焼ける音とテレビの音が妙に大きく聞こえて、動揺に拍車をかける。


 なんだか変な汗もかいてきたぞ。


「おはよう。朝っぱらから何二人でイチャついてんの?」

「紫音さん、おはようござ......ぷっ! ......どうしたのですかその顔は」


 リビングにやってきた寝起きの紫音しおんの顔を見るなり、朝の挨拶を言い終わる前に俺とセレンさんは撃沈し、お互い口元に手を当ててゲラゲラと笑い始めた。


 頬には左右共に三本の線、鼻の頭は黒く塗られ、額には大きく『猫』の文字。


 そういや昨夜の腹いせにこいつの顔にラクガキしたこと、すっかり忘れてた。 


「晴人――お前の仕業か」


 鏡で自身の顔を確認した紫音の声がいつもより低いのは怒っている証拠。

 風も吹いていないのに、紫音の赤茶色の髪がざわざわと揺れている錯覚が見える。

 

「安心しろ。油性マジックで書くほど俺は鬼畜ではない」

「うるさい!」

「ぐふっ!?」


 カウンターキッチンから俺を引っ張り出した紫音は、テレビの中のプ〇キュアに負けず劣らずの綺麗な飛び蹴りを俺に浴びせた。


「ふふ、二人共朝から仲がよろしいですね。まるで兄妹みたい」

「「どこが!!」」

 

 仮に100歩譲って俺と紫音が兄妹だとしたら、絶対俺の方が兄貴だろ。

 こんな気まぐれで面倒くさい姉貴、死んでも御免だ。


 朝食前の軽い準備運動を済ませた俺たちを、セレンさんは慈しむような目で眺めていた。


          ◇

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