第10話【待ち合わせ場所には最低でも5分前に到着するのがマナー】

 腹が減った。

 待ち合わせ場所の駅前までやってきて俺は軽く後悔した。

 目の前にはラーメン店、横の道路を挟んで回転寿司のチェーン店。

 約束がなければこいつらの放つ匂いの挑発にのっていただろう。

 この後の戦いに備えて、今日はまだ固形物の栄養補給を一切していない俺。

 それには深い理由がある――後ほど説明しよう。


 日曜日、俺はセレンさんを紫音しおんの実家の喫茶店に連れて行く予定だったのだが。

 午前中にどうしても仕事先に顔を出さなければいけないようで、慌てて家を飛び出して行ってしまった。

 幸い時間はそうかからないらしいので、じゃあ終わり次第、駅前で待ち合わせして向かおうという流れに。


 相変わらず何の仕事をしているのか教えてくれないので、俺は暇潰しに自分なりにセレンさんの職業を推理してみた。

  

 まず仕事に行く時間帯がかなり不規則。

 朝早い時もあれば、夕方に出かけて帰りが日付が変わった深夜になったことも。

 まさか夜の職業では? と当初は疑うものの、新婚ほやほやで自慢じゃないが我が家はそれなりに裕福だ。

 なので生活に困ってやっているという線はかなり薄い。


 他に時間帯が不規則な職業......いろいろありすぎて絞りきれない。


 ただ、ひとつ気になる点が。


 それは服装・身だしなみがしっかりしていること。

 セレンさんの清楚系な性格を考えるとつい当たり前だと捉えてしまう。

 にしても着ていく服が絶妙に余所行き用の雰囲気で、それでいて動きやすそうな靴を履いていて.........うん、さっぱりわからん。


 セレンさんが以前言っていた『この世界でやってみたいこと』に何か関係があるのだろうか?


 未成年で社会経験も無い男子高校生の頭ではこの辺りが限界のようだ。

 変にカロリーを消費したのかますます空腹感が増してきた。

 極論、セレンさんがやりたいことに繋がる仕事ならいいや。以上。


「――大変お待たせいたしました。遅れてしまって申し訳ございません」


 到着予定の時刻より3分程過ぎた頃、セレンさんはぱたぱたと小走りで改札を抜け、俺

の元へとやってきた。

 肩で息をしていて、なんだか出会った時のことを思い出して自然と口角が上がる。


「いや、大丈夫だよ。俺もついさっき着いたばかりだから。仕事の打ち合わせの方はもういいの?」

「はい。私のサイズチェックを直接したかっただけのようで」


 ......サイズチェック? 何の?


 俺は若干首を傾けながらも無理矢理頷き、わかったふりをして合わせ。


「その服、似合ってるね」

 

 と、適当に話題を変えた。


「あ、ありがとうございます」


 青のワンピースに彩られたセレンさんは少し照れた様子でニッコリ微笑んだ。


 耳には外出する際には必ず身につけているイヤリング。

 ......実はこのイヤリングには、周囲の人間にセレンさんの特徴的なエルフ耳を人間の耳に見せる効果がある。

 セレンさんが我が家にやってきた次の日に届いた代物で、光一が少しでも彼女の負担を軽減しようと送ったプレゼントだった。

 しかも驚くことに身内、俺と光一には効かないという都合良すぎ機能搭載。


「ところで今日はもよおし物か何かあるのでしょうか? 普段以上に電車の中が多くの家族連れで賑わっていたもので......」


 辺りをきょろきょろと見渡すセレンさんに釣られて視線を移動する。

 言われてみれば待っているまでの間、やたらとスーツケースを引いている人を見かけた気が。


「多分ゴールデンウィーク、長期のお休みのせいだよ。早い人は昨日から始まってる人もいるっていうから」

「それはとても強そうなお名前の催し物ですね」


 なるほどといった表情でセレンさんは頷いた。

 このエルフ継母さん、ゴールデンウィークは知らなくてママチャリの恋人乗りは知ってるとか、日本の文化に偏りありすぎだろ。


「家に引きこもって趣味に没頭したり、家族でどこかに旅行に行ったり......て、そういえば俺と光一で旅行に行ったこと一度もないな」

「そうなのですか?」

「別に行きたいとも思ったことなかったし、何が悲しくてあんな陽気なおっさんと二人で旅行に行かなきゃいけないんだか」

「では今度、光一様が長いお休みを取れましたら家族旅行に行きましょう」


 まぁ......セレンさんが一緒なら行ってもいいか。


 日曜日の快晴の陽の光を浴びて微笑むセレンさんに、俺は素直にそう思ったが。


「............考えとくよ」


 『家族旅行』というワードに思わず過去の出来事を思い出してしまい、言葉を濁してしまった。

 

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