第9話【継母と掃除】

 土曜日。

 お昼ご飯を食べ終えた頃、セレンさんはようやく起きてきた。

 昨日は夜遅い時間の仕事があったらしく、帰ってきたのは終電時間ギリギリ。

 またこの前みたいなことがあるといけないので、俺はセレンさんを駅まで迎えに行った。


 セレンさんがいったい何の仕事をしているのか。


 実のところ俺は全く何も知らない。

 共同生活初日に訊いてみると。


「それは......ヒミツです。時が来たらお話ししますね」


 右手の人差し指を唇の真ん中にそっとおき、軽く微笑んでそのまま流されてしまった。

 揃って息子に仕事を公表しない両親がどこにいる? 前代未聞だろ。

 まさかセレンさんまで人には言えない仕事ではないだろうが、あの光一と結婚したくらいだ。可能性は否定できない。


 遅い朝食兼昼食をセレンさんが食べ終わり、着替えるのに自分の部屋に戻ると思っていたのだが。


「私に掃除を教えてください」


 リビングのソファーでくつろいでいる俺に土下座をしてきた。

 それはもう見事に綺麗なエルフの土下座で。


「急にどうしたの?」

「知ってのとおり私、家事が苦手でして......」


 うん、知ってる。この前お米を洗剤で洗った時点で確信したよ。


「いつまでも晴人はるとさんに甘えているわけにはいきませんし、少しでも母親らしくなりたいのです」

「で、手始めに掃除の仕方をと」

「......ダメでしょうか?」


 純粋に、早く幸村家の一員になりたいと行動しようとしているセレンさんの想いを、断れるわけがない。


「いいよ。セレンさんがいた世界と比べてこっちは機械がある分、全然楽だから」

「本当ですか? 私にも扱えますでしょうか?」

「大丈夫だって。使い方さえ間違えなければ全然問題ないよ」


 とまぁ、セレンさんの母の威厳アップの協力の為に、急遽我が家の掃除が開始された。  





 夕方。

 ほぼ全ての部屋の掃除を終えた頃にはこんな時間になってしまった。

 

「晴人さん、どうぞ」


 ソファーでぐったりしている俺の下へ、セレンさんがコーヒーのいい香りと共にやってきた。

 いくら彼女の料理の腕がヤバくてもコーヒーくらいは淹れられる。文明の力をなめるなよ。

 

「ありがと。セレンさんのおかげで、いつもより掃除が早く終わったよ」

「そんな......足を引っ張っていなかったか終始不安でした」

大袈裟おおげさだなぁ。もう一人で家の掃除任せてもいいレベルだから安心して」


 ほっとしった表情でウサギのイラストが描かれたマグカップに口をつける。

 これはお世辞ではなく本心ではあるが、だからと言ってこんな広い家の掃除をこれからはセレンさんだけにやらせるほど俺は鬼ではない。

 

 セレンさんは物覚えのいいタイプのようで、一度教えたことを完璧にこなしていた。

 なので調子にのってしまった俺は彼女に、どちらがより多くの部屋を綺麗にできるか競争しよう、なんて子供じみた提案をしてしまった。


「それにしてもこの家、部屋が沢山あるのですね。光一こういち様と晴人さんしか住んでいないのに」

「まぁ、ほとんどの部屋が物置としてしか機能してないけどね」


 確かに。とにかく無駄に部屋数だけは多い。


 光一が異世界での大仕事の報酬で建てたという、二世帯家族が余裕で住めそうなこの一軒家。

 俺と客間だったセレンさんの部屋以外は、光一の異世界土産置き場、通称『混沌カオス』になっている。


「石でできた吸血鬼の顔みたいな仮面に、年代物っぽい弓と矢とか......捨てるにしてもそもそも可燃なのか不燃、あるいは粗大ゴミ扱いなのか......って迷ってるうちに、ついあんな量に......」

「処分なんてとんでもございません。私がいた世界ではかなりの価値のある物ばかりですよ」

「マジ?」


 星のマークが入った球とか天高くまで伸びる棒とかも?

 俺からしてみたら全部呪いのアイテムにしか見えないんだけど。 


「光一様も何か目的があって家に持ち帰られているのかもしれません。なので勝手に処分されるのは、例え身内でもいかがなものかと」

「......うちの家を宝物庫にしたいだけだったりしてな」


 セレンさんの言うことにも一理ある。

 処分は今度あいつが帰ってきた時に責任を持ってやってもらうか。

 今後家族がまた増える可能性も考慮して、早いうちに準備しておいて損はない。


「宝物庫繋がりで思い出したのですが、晴人様の部屋も掃除しておきましたので」


 ......な に ?


 意識が先か、身体が先か。 

 俺は光の速さ(体感)で自分の部屋へとダッシュした。

 扉を開けて目に映ったものは、机の上に丁寧に積まれていた我が薄い本達。


「ア゛ァァァァァァァー!」 


 ベッドの下に隠していたこいつらが何故!


「どうかされました? 母親が息子の部屋の掃除をするのは当然ではございませんか」


 くずおれた俺の背後に、無自覚の悪意を働かせたセレンさんが遅れて現れる。


「晴人さんは『あのズバ』の頭のおかしいロリっ子魔法使いが好みなのですね」


 傷口に塩を投げつけるように話題を振ったセレンさんに、俺は黙秘するしか手段がなかった。


 『あのズバ』とは、ラノベが原作で、二度のテレビアニメに劇場版も公開された超人気・異世界転生物語。

 そのメインキャラクターで人気ナンバーワン・ヒロインの魔法使いが今の俺の嫁の一人だ。


 厨二病で貧乳にツンデレロリっ子要素......最高じゃないか!


「黙秘するのであれば構いません。息子の性癖に文句を言うようなことはあまりしたくないのですが......これだけは言わせてください」


 優しい空気が一転して突如、張り詰めた空気へ変わった。


「――もしも晴人さんがこんな魔法使いを家に連れてきたら、その時は............わかりますね?」


 セレンさんは微笑む。

 が、周囲の大気が震えているのが一般男子高校生の俺でも目視できる。

 ただならぬ雰囲気を前に、母親に己の性癖がバレたショックは跡形もなく消え去った。


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