クリエイティブな女

寺澤ななお

クリエイティブにはクリエイティブを

「クリエイティブな人とじゃないと恋愛できないんです」


理沙りさは悪びれもなくそういった。


合コンや街コン、異業種交流会。大学を卒業し、就職。無事に社会人となって1年ぐらいたった後は、出会いを求め様々なイベントに参加した。

いい女と話すことが快感だった。いい女を落とすことが快感だった。それが自信となり、仕事も頑張れた。


その中で俺は理沙と出会った。


気づいたら隣の席となっていた理沙との会話はたわいのない自己紹介から始まり、仕事の話になった。

当時の仕事はIT職。システムの運用状況を顧客に報告するだけの単純でパッとしない仕事であるが、さも高尚な仕事のように伝えた。地味であるがやりがいのある仕事だと強調することも忘れなかった。


プラスにこそならないが、マイナスの要素にもならないと思っていた。


だが、理沙は仕事内容を聞いた後、急にそっけなくなった。10分ほどの会話で惚れたわけではない。連絡先だけ聞いて席を離れるつもりで携帯を胸ポケットから取り出したが、それもやんわりと断られた。


「クリエイティブな人とじゃないと恋愛できないんです」


そう理由を告げた理沙は美術館で展示品の企画選定や資料収集を行うキュレーターだった。


ずいぶんと上から目線の言い方をしてくれる。その時はそう思うだけだった。


次に理沙を思い出したのは2~3か月後。知り合いの知り合いが主催するパーティーイベントで別の女を口説いていた時だ。

聞けば、絵画が好きで別の仕事をしながら美術館で働くための専門学校に通っているのだという。

俺は遊ぶ感覚で職業を偽った。フリーライターをしていると。アート関連の仕事にしなかったのは、知識がなくすぐにばれると思ったからだ。ライターなら適当にごまかせると思ってた。


結果、ごまかせた。俺は彼女の家にお持ち帰られ、やることやって翌日帰った。二度目のを成す前に美術館デートに誘われたので彼女との連絡を絶った。酒を飲まずに素を隠すのは疲れる。そこまでの執着はなかった。


ともかくも味を占めた俺は身バレがしない場ではフリーライターもしくはコピーライターを名乗った。ときには、ウィキペディアで調べた情報をもとにフリーの放送作家を演じた。勝率は予想以上に上昇した。


そんななか、とあるマッチングパーティーで俺と理沙は再会した。初めて会ってからおよそ1年後の冬のことだった。


お決まりのような回転寿司形式の顔合わせタイム。正直なところ、俺は理沙の顔を忘れていた。キュレーターの響きで思い出した。肩甲骨あたりまでまっすぐに伸びた艶やかな黒髪。きめ細かで雪のように白い肌。こんなにも綺麗だったろうかとも思った。俺は特に意識することなく、フリーライターを名乗った。


「転職されたんですね?」


少し驚くように応える彼女に俺は少し動揺した。俺のことを覚えているとは思わなかった。

1週間後の再会にも関わらず笑顔で「はじめまして」と言い放った女がいた。出会いイベントに来る女はそんなもんだと思っていた。


「はい、おかげさまで。あなたのおかげで自分の憧れていた職業につけました」


俺はとっさにそう切り返した。一年でそんな転職が可能とは思えない、さすがに無理がある設定だと冷や汗をかいた。


だが、彼女はその言葉を信じた。そして彼女の家で一夜を共にした。


楽な女だなと思った。苦労して口説いた女ほどヤる時が気持ちいい。馬鹿な女を抱くのは好きじゃなかったが、この時は終始快感を感じていた。声を出さないように耐える理沙が漏らす喘ぎ声を聞くたびに優越感は高まった。


起きた時、理沙は俺の隣ですーすーと寝息を立てていた。昨夜見せた表情とかわいらしい寝顔とのギャップで下半身に血が集まりかけたが、あまりにも気持ちよさそうに寝ているので理性が勝ち、俺はそっとベッドを下りた。まだ陽はのぼってない。


トイレで用を足し、廊下の電気をつけながら寝室へと戻る。その途中で壁に掛けられた絵画に気づく。昨夜は玄関先からを始め、明かりも付けずにベッドへ向かったため、まったく視界に入ってなかった。


真っ白い壁面に3枚の絵画がランダムにかけられており、それぞれに丸ライトの光が当てられている。


俺は一枚の絵に目を奪われた。


洋装に身を包み、シルクハットをかぶった骸骨がいこつが三味線を弾いており、

その前で皿のような何かをかぶった小さな妖怪が踊っている。


なんとも奇天烈な浮世絵だった。

もちろん、印刷された模造品である。だが、何分眺めていたかはわからない。

脳髄から体が熱くなるそんな感覚を覚えた。


「それを気に入りましたか」


気付いたら後ろに立っていた理沙の声でこっちの世界に引き戻される。

おれが魅せられたそれは幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師のものらしい。


理沙が絵の説明をしてくれている間も俺はその絵を見つめていた。彼女の言葉を無視していたわけじゃない。彼女が教えてくれた作者の生い立ちや時代背景を知れば知るほど、絵がより鮮明になっていく。


しばらくして理沙は寝室に戻り、一冊の本を持ってきた。

その浮世絵師の画集である。

俺はダイニングテーブルに座り一時間強ほど画集にのめり込んだ。

理沙はそんな俺の様子を朝食を食べながら静かに見守っていた。


画集を最後までめくり、ふと顔をあげると目の前には優しく笑う理沙がいた。


俺は理沙にキスをし、それから抱いた。溶けるようなセックスをその時知った。




それからの生活は地獄だった。

割り切ってたはずの仕事がやたらつまらなくなった。やがて、つまらなさは虚しさになり、一ヶ月間後、俺は仕事を辞めた。

定年まで30年以上。同じ仕事をやり続けることに恐怖を感じたからだ。あれだけ、しがみついていた仕事なのに、収入がなくなることに不安はなかった。


溜まりに溜まった有給休暇を消化する間は旅に出た。死ぬまでに挑戦したいと思ってたわんこそばも食べに行った。

無職になってから就職活動を始め、一ヶ月が経とうとしたときに、業界紙の記者職に内定した。


内定を受けたとき、理沙と初めて会ったときの会話を思い出した。


「クリエイティブな人とじゃないと恋愛できないんです」


「クリエイティブってそんなに大事?」


「好きなことを貫いていることが大事なんです」


「クリエイティブが好きってこと?」


「はい」


「クリエイティブなことが嫌いな人もいるでしょ。単純な作業が好きな人もいる」


「子供の頃何してました?お絵描きしてませんでした?なんとかマンごっこしませんでした?自分で想像したことをして遊んでませんでした?」


理沙は俺の反応を確かめるように顔を覗き込んで続けた。


「クリエイティブが嫌いな人なんていないんですよ。批判がなければ、無駄にならなければ、生きていければクリエイティブでいつづけたいんです」


「理想だね」


俺は、小馬鹿にするように言った。


「はい。理想です。最高です」


理沙は胸を張って答えていた。



理想を生きるには現実が枷となる。


クリエイティブ


ダサくて恥ずかしいその言葉を


受け止めてくれる人じゃなければ


恋をするにあたいしない。


放送作家として理想を描き続けている俺は

理沙の言葉をそう解釈している。

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クリエイティブな女 寺澤ななお @terasawa-nanao

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