第15話「借りひとつ!」

 リュウが出撃した後……


 その場には、メーリとベリアルが残された。

 何故か、ゾンビ共は襲って来ない。

 というか、近くに居たゾンビ共は、恐れをなして逃げ去って行く……


 回復したベリアルが……

 メーリを見て逃げ去るゾンビ共を見て、端正な顔を皮肉っぽく歪める。


「メーリ課長」


「何?」


「俺……貴女の正体が分かりましたよ」


 前振りのない、ベリアルの指摘。

 だが、メーリは全く動じず、逆に切り返す。


「私の? あら? ルイ隊長から聞いてないの?」


「ええ、教えてくれませんでした。リュウも知りませんよ、多分」


「へぇ! パパには私、ミステリアスな女なんだ、うれすぃ~」


 自分の正体を、リュウが知らない。

 嬉しそうに、ひとり盛り上がるメーリへ、ベリアルは言い放つ。


「……メーリ課長、貴女、高貴なる4界王のひとり、地界王アマイモンの娘でしょう?」


 ぱん!


 瞬間、ベリアルの頬が鳴った。

 みるみるうちに、打たれた部分が赤く染まって行く。


 メーリの表情が一変していた。

 それまでは、あどけない幼女のような無邪気さだったのに。

 今の厳しい表情はまるで、怒れる鬼神である。


有罪ギルティ! D級神の分際で、父上を呼び捨てにするなど、私が許しませんっ」


「…………」


 ベリアルの質問に対し、結局、メーリの具体的な答えはなかった。

 しかし、今の『行為』がはっきりと物語っている。


 ちなみに、高貴なる4界王とは……

 いわゆる4大元素を司る精霊を、更に統括する上級精霊だ。


 火の精霊サラマンダーを統括する火界王パイモン。

 水の精霊ウンディーネを統括する水界王アリトン。

 風の精霊シルフを統括する空気界王オリエンス。


 そして、土の精霊ノームを統括する地界王アマイモンの計4精霊を指す。

 ベリアルの指摘通り……

 女神メーリは逞しい男の姿をした上級精霊……地界王アマイモンの愛娘なのである。


 打たれて赤くなった頬をそのままにし、ベリアルは言う。


「メーリ課長、俺は以前、噂で聞いた事があります」


「あらそう? 私って有名?」


「はい! ……大地を支配する地界王の愛娘である貴女は、土に還るべき不浄な奴等がひどく怖れる存在。そしてお父上に良く似たリュウを……親しみを込めてパパと呼ぶ……のでしょう?」


 ベリアルの推測は、ほぼ当たっていた。

 怒っていたメーリも一転、また幼女のように微笑む。


「へぇ、事情通の上、結構な洞察力ね、さすがは元魔王」


「ふふ、それほどでも……」

 

「うん! 確かにリュウは、父上みたいに逞しくて、すご~く素敵じゃない?」


「ははぁ、ファザコンって、奴ですか? 課長」


 ぱん!

 調子に乗って皮肉を言ったベリアルの頬が、また鳴った。


「ホント、下種ね、君は」


「下種ですか? 元魔王にとっては、超が付くお褒めの言葉だと受け取っておきますよ」


「お褒めって、あはは、何、それ? 馬鹿じゃないの? 助けて貰っておいて、まだ分からない? とんだ勘違い野郎ね、君は」


「勘違い?」


「君みたいなのを、下種で馬鹿、薄っぺらなだけのイケメンって言うのね」


「くっ!」


 下種で馬鹿、薄っぺらなだけのイケメン……

 歯に衣着せぬメーリの物言いである。

 急所に剛球を投げ込まれ、ベリアルは苦しそうに呻いた。


「違うの、パパは逞しいだけじゃない……」


「…………」


「違うのよ」


「え?」


 「ぽつり」と呟いたメーリのひと言。

 謎めいた否定の言葉を聞き、ベリアルはひどく気になった。


 そんな元魔王の疑問に答えるべく、メーリは言葉を繋いだ。


「私やグンヒルドがパパを好きなのは、雰囲気が父上に似ているとか、逞しいから……だけじゃないの」


「…………」


「好き放題に、500年生きて来た君と違って、パパは優しいの……働き過ぎて、家族の為に死んだの……だから気に入ってるのよ」


「な、それは!」


 ベリアルは驚いた。


 初めて聞くリュウの過去……

 元は転生した人間だと、ルイからは聞いていたが……


「そして死んでもね、パパは……おおっと! ヤバイ、後は内緒」


「そんなぁ!」


 可愛い女子ではなく、どうでも良い、ムサイおっさんの過去など……

 ベリアルには関係ない筈だったのに……


 今のベリアルには、リュウの事がとても気になるのだ。


「うふふ、君だって」


「え?」


「凄く気になってるでしょ? あんなに頼れる『兄貴』が居れば良いなって、今、思ったでしょ?」


「…………」


 核心を突かれ、思わず無言のベリアル。

 微妙な顔つきの元魔王を見た、幼女女神は悪戯っぽく笑う。


「あれぇ」


「ノ、ノーコメントっす」


「ふうん……まあ良いか。ところでベリアル君、君はもう、店仕舞いよ」


「…………」


 店仕舞い……

 確かにメーリの言う通りだ。

 この、ゾンビ苦手体質が改善されない限り、戦えない。

 今、無理をして、戦いへ赴いても、また身体が硬直する。

 戦闘不能に陥るのは明らかであった。


「安心して……神としての等級が上がれば、弱点は改善されるわ。多分だけど……」


「成る程っす」


 ベリアルには何となく分かる。

 神として実績を積めば、天界から、信頼度と共に元の能力も戻して貰えると。

 現在の能力制限は、魔王として、大きな罪を犯したペナルティだと悟ったのだ。


 敬語を使わないベリアルに対し、メーリは怒りもしない。

 却って、面白そうに笑う。


「お、軽いノリが戻ったね。その方が君らしいよ」


「もう大丈夫っす」


「暫く、ゾンビが出ない他の依頼で経験値を稼いで、地道に等級を上げていけば良いわ」


「納得っす。先輩、アドバイス、ありがとうございまっす」


 おっさん、今日は、借りひとつ! ……だぞ。

 いずれ、絶対に返すからな!


 メーリに「びしっ」と敬礼をしながら、超イケメンの元魔王は固く固く誓っていたのである。

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