瑠璃色玉の縁 伍

『しかしあの嬢ちゃん、随分と項垂れておったな』

「まさか、あんなに落ち込まれるとは思ってなかったから、なんだか申し訳ない気持ちにはなったかな」

『知らぬが故に、人は好奇心を抱き、探求の心を持つ。俺もその心意気は、尊重したいのだがな』

「こればっかりは、さすがにね」

人には、霊が見えない。それは、霊感のない一般人はもちろん、るい達のような術者であっても、例外ではない。

無論、ごく稀にだが、霊や怨念を視認できるほどの霊力を持った人間もいる。しかし、生憎るいにはそういった知人はいない。

当然るいも、霊を視認することはできない。

 しかしその代わりとして、彼は霊脈を捉える時と同じ方法を用いることで、霊の存在を気配で察知することができ、また陰祷師として妖怪の力を有しているが故に、霊の声を聴き、対話をすることができる。

そのため今回の解決策も、そんなるいだったからこそ可能な策だった。

『それに一般人の嬢ちゃんからすれば、坊主が不審な行動をとる怪しい人物にしか見えんだろうからな』

剛濫のこの言葉には、流石のるいも苦笑いをした。

実際それもあって同行を断ろうと思っていたところがあったので、彼としては何とも言えないところだった。

『ところで説得する手段は、本当にあれでよいのだな?』

「うん。加減具合については、剛濫に任せるよ」

『よかろう。しかし、坊主も容赦がない……』

「経験上、子どもに一番効果的なのは、"実体験"だからね」

と満面の笑みで答えるるいだが、実のところ眼が笑っていない。

『そ、そうか…』と返す剛濫だったが、そんな彼の笑顔からは、何か黒いものが裏に潜んでいる気がしてならなかった。

――これは、修行時代に何かあったな……

と、剛濫は心の中で顔を引き攣らせる。

一方、そんなことなどつゆ知らず、るいは再び瑠璃からもらった地図を確認し、目的地へと歩きだす。

そして数分後。とある交差点に来たところで地図を再度確認し、彼は足を止めた。



「ここだね……」

 るいが脚を止めた場所。そこは、繁華街から少し外れた通りにある交差点だった。

 道路は片側二車線の直進で、この時間帯でも交通量もそれなりに多かった。

 近隣にはマンションも建ち並び、日中は人の行き交いも多いという話だった。だが今は夜も更けてきたせいか、人の気配もほとんどない。

 道路脇には大きな公園もあり、こちらも日中であれば、多くの人で賑わっていたことだろうが、今は闇に覆われて不気味な静寂さが漂っている。

 そしてーーそのすぐ脇の歩道には、お供えと思しき花が一輪、寂しげに手向けられていた。

『やはり、やりきれぬか?』

 内から響く剛濫の声に、るいは静かに首を振った。

 人が、世が、この世に形を成す限り、厄は必ず理不尽に、誰かへと振りかかってゆく。

 事故死したという少年も、きっかけはボールを拾い損ねるという、些細なことだった。それが厄と結ばれてしまった結果、彼はボールを追いかけて車道に跳びだし、車に跳ねられた。

 所詮現世に生きる生命は皆、常に死と隣り合わせ。生と死の巡りがあるからこそ、世は移ろい、流転していく。それが理であり、絶対の摂理だ。

 それでもーー

「こればっかりは、さすがにね……」

 事故現場に添えられた花に手を合わせながら、るいが呟く。

理屈だけでは納得できないやるせなさがないかといえば、嘘になる。

 しかしそれは抗えない、どうしようもないことなのだと、受け入れるしかないのだ。

 だが、それでも納得できないからこそ、霊達もまた未練を残し、現世を彷徨うのだ。

 きっと彼も、同じ気持ちなのだろう。

「……だから君も、まだこの場所に留まり続けているんだね?」

"……すごいね、お兄ちゃん。僕のことがわかるなんて"

「生憎、姿は見えないけれどね。君が今どこにいて、何を伝えようとしているかはわかるよ」

そういってるいは立ち上がると、眼を閉じたまま少年の気配がする方へと振り返った。

「僕はるい。ある人の依頼を受けて、最近ここを通る人たちに、厄の縁を振り撒いているという霊を探しにきたんだけど。それって、君のことだよね?」

その言葉に、少年の目が一瞬細くなった気がした。

”……さあ? 僕は何も知らないよ?”

「そう……。けれど、今ここには君しかいない。だったら、君がその犯人だと疑われるのは、自然な流れだよね」

”そんなことを言われても、僕はただ、ここで遊んでいただけなんだけどなあ”

 そういいながら、少年は手をかざした。

 すると、まるでその行動に呼応するかのように、複数の糸のようなものが、彼の手に引き寄せられていく。

 視覚では捉えられない、けれども確実にそこに在る、穢れを帯びた負の縁。

 それは、瑠璃に絡みついていたものと同じ。紛れもなく、厄の縁そのものだった。

"どう? すごいでしょ。こうやって手をかざすと、自然と集まってくるんだ。でね、これを通り過ぎる人達に結び付けると、その人に不幸なことがたくさん起きるんだよ”

「……たとえば、どんなことがあったんだい?」

”色々あったよ? カバンを盗まれたり、車同士がぶつかりそうになったり、扉に挟まれそうになったり。この前なんて、看板が落ちてきて、危うく当たりそうになったり、なんてこともあったな。その時の皆の反応ときたら……、ふふふ”

 当時の光景を思い出しては、少年霊は楽しそうに笑ってみせる。

 そこには悪びれた様子など全くなく、あくまで本人は悪戯感覚で行っていたことが伺えた。

 やはり推測通り、この霊は自分の行っている悪事を、『悪い事』だとは認識していないのだろう。

 純粋無垢故に侵す過ち。その果てに待つものを知らず、気づいたときには引き返すこともできなくなってしまう。

 子ども霊の事案には発生しやすい、最悪の末路。

 陰祷師として、そんな結末を見過ごすことなど、断じて出来はしない。そのためにも――

 彼には申し訳ないが、多少の荒療治は受けてもらうとしよう。

「……何が楽しいんだい?」

”へ?”

「そうやって人に厄を振りまいて、君は何が楽しいんだい?」

 るいはあえて低い声を出して、威圧するように少年へ言葉を向けた。

 その突然の変貌に、少年は一瞬気圧され、身震いする。

「そうやって、誰かに厄を振りまいて、君は何が楽しいんだい? 君だって事故に遭いその命を散らせた、結ばれた厄の犠牲になったひとりのはずだ。だったら、もたらされる苦しみや悲しみがどれほど辛いことか、君には理解できるはずだよ」

"そ、そんなの知らないよ! だって、誰にも僕の姿は見えていない。いたずらをしても怒られない。誰にも僕がやったなんて、わからないじゃないか!”

「……たとえそうだとしても、それが誰かに厄を結び付けても良い、という理由にはならないよ」

その言葉に、少年霊は声を荒げた。

"そんなの、僕には関係ないよ! だいたい、お兄ちゃんは生きていて、僕の存在がわかるから、そんなことがいえるんだ!

誰にも気づいてもらえない、誰にも相手にしてもらえない。それがどれだけ寂しくて悲しいか、お兄ちゃんにはわかるっていうの? 今ものうのうと生きている、生者であるお兄ちゃんが!!"

 るいへの怒りに呼応して、少年の声が次第に禍々しい、異形のものへと変わっていく。

 生者を妬む死者の怨みが、少年を悪しきものへと変化させ始めている証拠だ。

”それでも! こうして遊んでいる時は、そんな気持ちも忘れられる。心が満たされていくんだ。

だから僕は縁を結ぶ。たくさん結んで、たくさん遊んで、無くしたものを埋めるために!

 

だから、僕の邪魔をしないで!”

 

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