るいの悩み事

 翌日、午前九時前。

 早朝から多くの人が行き交う駅前の広場には、眠そうに欠伸をするるいの姿があった。

 今日は休日の上に、天候も快晴ときている。

 油断していたら、空から差し込む温かな陽気に負けて、眠ってしまいそうだ。

『眠そうだな、坊主』

「うん……」

 そういって、るいは再び小さく欠伸をした。

 いつもであれば、この時間帯はまだ寝ていることが多い。そのため、眠気が中々取れないのも、正直無理はない。

 ではなぜ、彼がこんな時間から、わざわざ駅前に足を運んだのか。

 事の発端は、昨日にまで遡る――



 それは、るいがお礼のクッキーを堪能し終え、美空と何気ない雑談をしていた時だった。

「そういえば、るい君って年はいくつなの?」

「年って、年齢のこと?」

 美空は頷いた。以前から何気なく気になってはいたのだが、この機会に思い切って聞いてみることにしたのだ。

 ところが、るいから返ってきたのは、意外な言葉だった。

「年か……。十四くらい、だったかな」

「十四か……。え、"多分"?」

 思わぬ返答に、美空は思わず聞き返してしまった。

 恐らく、十四というのは確かなのだろう。

 しかし、“多分”や“くらい”という単語が使われたことが、妙に気になる。

 一方で当の本人は自覚がないのか、美空の反応にただ首を傾げいる。

 まるで、『何か変なことでも言ったのかな?』と言わんばかりの表情だ。

 ――るい君って、やっぱり変わってるな……

 という思いが、一瞬過ってしまった。

「まあ、良いや。となると、私の二つ下だから……中学生、ってことだよね?」

「ええと、世間的にはそうなるのかな。僕、学校には行っていないから」

「そうだったの?!」

 驚く美空に、るいは頷く。

「仕事や用事でなんかで、外出することが多いから。だから父さんも、『両立が難しいなら、無理に通わなくても良い』って言ってくれたんだ。勉強なんかも、鈴香さんが時々見てくれるから」

「そうだったんだ……。両立させるのも、意外と大変なんだね」

「まあ、ね」

 本当のことをいえば、るいが学校に通わない理由は他にもある。

 しかし敢えて今、それを話す必要もない。

 幸い美空は一つ目の理由で納得してくれたようなので、今はこれ以上話題にしないでおこうとるいは思った。

 そんな彼の最近の悩みはというと……

「あのさ、美空さん。こんなことを聞くのは、おかしいかもしれないけど。ひとつ、聞いて良いかな?」

「何?」

「その、僕と同じくらいの年代の人達って、普段はどんなことをして過ごしているのかな?」

「どんなって、例えばどこに遊びに行ってるのか、とか?」

「うん……」

 るいは陰祷師としての仕事上、どうしても年上の人達と関わることが多く、学校に通っていないこともあってか、同年代の人達と関わることが少ない。

 るいは正直、それで構わないと思っているが、そんな彼を心配したのか、剛濫に『もう少し、同年代の人間と交流を持ったらどうだ』と言われてしまったのだ。

「だから僕も、少しは交流を持ってみようかなと思ったんだけど……」

「いざやろうとしても、具体的にどうすれば良いのか分からなかった、という訳か……」

 話を聞き終え、美空は思考を巡らせた。

 交友関係のきっかけを作ること自体は、そう難しくはない。互いが共感できる共通の話題を見つければ良いのだ。

 しかしこれまでの経験で分かったが、るいは普通の人と比べて境遇があまりに違う。

 無理矢理話題作りをするという手もあるにはあるが、その後関係が継続できるかと言われたら、まだ彼のことをあまり知らない美空でも、正直心配なところがある。

 できるなら、力になってあげたいが……。

 ――きっかけ、何かきっかけになることは……。ん?

 その瞬間、美空は閃いた。

 そうだ、いるではないか。るいも話せる共通の話題を持っていて、彼とも年が近い、打ってつけの人材が。

 年は二つ違うので、完全な同年代とはいかないが、それくらい十分誤差の範囲である。

 そうと決まれば、善は急げだ。

「ねえるい君、明日って暇?」

「え? うん。特に予定は入っていないけど……」

「じゃあ決まり! そうと決まれば、明日の朝九時、駅前に集合ね」

「ええ?!」

 何の前触れもなく進む話に、状況の理解が全く追いつかないるい。

 そんな中、辛うじて「何処へ行くのか」とるいが訊ねると、美空はニヤリと笑い、こう呟いたのだった。


「同年代の子達が行くところだよ」と――



 そして、現在に至る。

『しかし、昨日の嬢ちゃんの勢いは凄まじかったな』

「本当にね」

 何というか、断る暇もなかった。

 発端は、確かにるい自身だった。しかし気がつくと、彼女の勢いに押されるまま、あれよあれよと話が進んでしまっていたのだ。

 もしや美空は、かなり積極的な性格なのではないだろうか。

 そう思うと、思わず苦笑いが溢れた。

『しかしあれだ、良い機会だったんじゃないか? 同年代の人間が送る普通の暮らし、坊主も気にはなっていたんだろう?』

「まあ、ね」

 るいは恥ずかしそうにしながらも、小さく頷いた。

 るいには、そういう事を尋ねられる相手が、鈴香くらいしかいない。

 無論、陰陽師や祈祷師の中には、るいと同年代の子達もいる。

 しかし彼らのほとんどは、るいとは違い日中学校へ通っている。

 加えてるいは陰祷師だ。彼らの中には、妖怪の力に手を出した陰陽師だと、避けたがる者も少なからず居る。

 そのため、剛濫に『知りたいなら交流を持て』と言われても、今までそういう機会を持つことも、持とうとする勇気もなかったのだ。

『折角の機会だ。今日は坊主も、存分に楽しんでやれ』

「そうだね。美空さんの折角の厚意だし、今日は色々と勉強させてもらうことにするよ。楽しく、前向きにね」

『おう。その意気だ』

 明るく背中を押してくれる剛濫の言葉に、るいは笑みを浮かべる。

 同年代の人達との、初めての外出。

 今日はこれから、何を経験することができるのだろう。

 るいの心は、そんな期待に、自然と胸が膨らむのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る