第45話 また、死ねなかったな

 数ヶ月前。月面日本基地の整備上。


「また、死ねなかったな……」


 そう言う朝更の前で、女性エンジニアの松本がオオクニヌシのラジエーターを外し、オーバーホールしながら表情に影を落とす。


「そんな事言わないで、前に言ったよね? あたし達エンジニアは、自分が整備した機体に乗って兵士が帰ってくるのが一番嬉しいって。朝更くんが帰ってくるたびに、あたしがどれだけ嬉しいか解る?」


「……すいません」


 朝更はイスに腰をかけ、うつろな瞳で専用機であるオオクニヌシを眺めた。


「朝更君……変わったわね……」


 寂しそうな口調の松本に、朝更は自分でも信じられないくらい穏やかな顔で口を開いた。


「言葉にしにくいです……今の俺を表現する日本語がなくて……人を殺す事には、わりとすぐ慣れました。むしろ仲間と撃墜数を競い合いました。でも仲間がどんどん死んで、その度に泣いて、俺が殺した人達の仲間もみんな同じ気持ちなのかと考えて、毎日敵と味方の両方が死んで、どうしてこういう状況になっているんだろうって感じるようになりました」


 松本は、何も言わず聞いてくれる。


「感じるだけで、敵を殺すのに抵抗があるわけじゃないんですよ。今でも戦場では敵機を発見次第殺しています。スパッと躊躇いなく、後味は何も残りません。行動は変わっていません。戦果はむしろ上がっています。なのに燃えるものがないんです……俺も、この戦争の事は知っています」


「月の資源ね……」


「はい、いつも通り、資源を奪い合った陣取り合戦。世界は二十一世紀、北極圏を取り合って戦争をしました。二十二世紀は、遺伝子改造の是非を問う戦争と混ざりましたが、太平洋を取り合って戦争をしました」


 俺は大きく息を吐きだして、天井を見上げる。


「そして二十三世紀の今は、月を取り合っています。どこの国も同じです。今世界はどの国も資源を取り合って戦争をして、国益の為に人を殺しています。国を豊かにして国民を幸せにする為に国民である兵士が死んでいます。自分の国を豊かにする為に、他国の兵士を殺しています。幸せになる為に頑張っているのに、敵の兵士に殺されます。彼らは幸せだったでしょうか?」


「朝更君……あたしは……」


 松本の言葉は続かなかった。


「いつからかは漠然として解りません。でもいつからか、自然に思う様になったんです。みんなが『今日も生き残れた』って思う中、俺だけ『今日も生き残ったのか』って。死んだ連中以上に戦っているのに何故か死なないんですよね俺」


 それはとても不思議な感覚だった。

 自虐的になるでも鬱になるでもない。

 涙を流すのでも震えるのでもない。

 死にたい訳じゃない。苦しみたい訳じゃない。不幸になりたい訳じゃない。

 生活にも変化は無い。


 味覚は正常で好みの食事を注文しておいしいと思いながら食べているし、お菓子などの嗜好品もたしなむ。


 大きな戦果を上げた仲間がいれば一緒に喜んだし、新兵がいれば激励した。

 どうすれば強くなれるか教えを請われれば、惜しみなく教えたし模擬戦にも付き合った。


 五感を持った人間らしく怒るし笑うし喜ぶ、なのに出撃すると、何故戦っているのかわからないまま戦い、最後にまた生き残ったのかと思い、帰るとこうして自問する。


「ねぇ朝更君……この戦争はいつになったら、いや、どうなったら終わるの?」


 松本の問いに、朝更は淡々と答える。


「そうですね、やっぱり各国が納得するパワーバランスになったらでしょうか。今、月面は世界中の先進国が軍を送り込んで次々土地を管理下に置いています。そして管理領域が触れ合ったり、欲しい土地が重なると戦闘が始まります。既に管理下にある土地に一方的に攻め込むのも多いですが。とにかくそうやって月面全部が人類の管理下に入ったら、もう新しい土地が無いので、他国へ攻め込み続ける事になります」


「じゃあ、どこかの国が月面を征服したら終わるの?」


「いえ、戦争には国力を消費します。長い戦闘で国や軍が疲弊して、これ以上の侵攻は無理だと判断した国は防衛一遍に回ります。本当はもっと土地は欲しいけれど、これ以上は広げられないからやめる。それに余力を残す必要もあります」


「なんの為に?」


「侵攻に全戦力を使うと、広げた土地を守る力がありません。戦力が果てれば限界まで広げた土地は全て奪われますから。国力が一定値まで下がると、残りは今の土地を死守するのに使おう、そして諦めてくれるまで防衛戦を張り続けようというわけです。この防衛戦をする余力が必要なんです。最後はパワーバランス。複雑な国際事情上、各国が手に入れた土地を見て、みんなが妥協すれば平和条約が結ばれるはずです」


「それはいつ?」


 松本の切実な問いに、朝更は冷静に頭を回した。


「……二年以内には、きっと。それに日本、アメリカ、ドイツ、フランス、イタリアは既に同盟を結んでいます。同盟の輪が広がれば少数派は従わざるを得なくなって、全員が同盟に入れば自動的に終戦です」


「そっか、じゃあ」


 松本はやわらかい笑みを浮かべて、朝更を温かい眼差しで包む。


「早くそうなるといいね」

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